少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

数学的な宇宙

2025-01-17 12:15:43 | 読書ブログ
数学的な宇宙(マックス・テグマーク/講談社)

先々週に続いての宇宙論読書。今回は、昨年末に紹介した『不完全性定理とは何か』で言及されていた「数学宇宙仮説」に関する本。著者はその提唱者で、宇宙背景放射の解析などで実績のある宇宙論研究者。

「究極の実在の姿を求めて」というサブタイトルのついた本書では、4つのレベルの多宇宙が紹介される。

レベル1 我々の宇宙を含む無限大の宇宙。無限大の広さゆえに、観測可能な宇宙とそっくりな宇宙を無限に含む。
レベル2 インフレーションが永続することによって生成される無限の泡宇宙。物理法則は共通だがパラメータは宇宙ごとに異なる。
レベル3 量子力学的多宇宙。量子力学の波動関数は収束せず、ヒルベルト空間内に無限の並行宇宙が展開する。
レベル4 著者が主張する最も広義の多宇宙。数学的構造ごとに、それに対応する宇宙が存在する。(当然、物理法則はバラバラ)

日本語訳は2016年とかなり古いが、著者の個人的な体験に即して「実在とは何か」という探求の歴史を顧みる、というスタイルのため、これまで曖昧だったことが明らかになる、という効果が大きかった。

いくつかの感想。

暗黒物質、暗黒エネルギーは、宇宙の大規模構造のシミュレーションから必須とされるのだと思っていたが、宇宙背景放射の観測と分析からも同じ結論が得られている。

インフレーションの結果、我々の宇宙がとてつもなく広くなったことは知っていたが、それが必然的に無限大になることは理解していなかった。

レベル2までの多宇宙は、これまでの読書経験から納得していたが、レベル3の多宇宙、いわゆる量子力学の多世界解釈については信用していなかった。しかし、レベル3多宇宙は、結局、レベル1多宇宙と同等の意味合いだという著者の説明を読んで、少なくとも「そういう見方もあるのか」と思えるようにはなった。

レベル4多宇宙の真偽については私の理解の及ぶところではないが、著者は、ヘーゲルの不完全性定理を踏まえて、それを計算可能宇宙に限定している。

(最後に、しろうとの勝手な意見。著者は、多宇宙がシミュレーションであることに対して否定的だが、レベル2多宇宙≒超弦理論がもたらす多宇宙は、物理的に可能な宇宙をすべて生み出す、という意味でシミュレーションと呼んでしかるべきだと思うのだが。(もちろん、シミュレートする超越的な主体が存在するわけではない。))

いずれにしても、最先端物理学はほぼ哲学の領域に近づき、それを厭わない学者が増えているのは確かなようだ。




償いのフェルメール

2025-01-10 14:48:37 | 読書ブログ
償いのフェルメール(ダニエル・シルヴァ/ハーパーBOOKS)

美術修復師ガブリエル・アロン シリーズの最新作。1年ほど前、2作品を紹介したが、今回、本屋で見かけてタイトルに惹かれて買ってみた。

美術修復師で、修復のみならず、模写や何なら贋作も思いのまま、という主人公。前作『謀略のキャンバス』に続いての名画をめぐる事件。

最初の依頼は、ゴッホの《耳に包帯をした自画像》の真贋鑑定だった。それがフェルメールの《合奏》(盗難絵画では最も高額とされる作品)の行方探しへと発展する。

防諜組織の長官を引退した身ではあるが、これまでの人脈や経験を生かした捜索の手腕は水際立っており、このあたりの展開はある意味、お約束のようなところがあるが、それでも読者を退屈させないのは、絵画の盗難が思いもよらない陰謀へと結びつき、事態の解決がより困難になっていく・・・。

このシリーズは近年、同時代を舞台にほぼ1年に1冊刊行され、日本語版も翌年には出版されている。本作の舞台は2023年秋。(次作では、イスラエル・ガザ戦争が出てくるかどうか。また、どのように描かれるのか。)

いずれにしても、質の良い国際謀略小説に出会う機会が少なくなった時代に、オアシスのような作品かと。


宇宙を解き明かす9つの数

2025-01-03 13:48:31 | 読書ブログ
宇宙を解き明かす9つの数(アントニオ・パディーヤ/早川書房)

年初に当たり、少し重めの一冊を。

物理学の中に現れる特徴的な数について解説しつつ、相対性理論、量子力学、宇宙論の現在地を独自の視点で語る一冊。

取り上げられる数字と話題は次のとおり。

1 ウサイン・ボルトと相対性理論
2 グーゴルとエントロピー
3 グーゴルコンプレックスとインフレーション多宇宙
4 グラハム数と加速度的に膨張する宇宙
5 TREE(3)とホログラフィック原理
6 0と対称性
7 ヒッグス粒子の予想外の軽さと大統一理論
8 宇宙定数の理論値と観測値の途方もない乖離と人間原理
9 無限と繰り込みと超弦理論

上記のまとめは私の独断で、正しく内容を反映している自信はない。多彩な知識に独特の例えも交えて、数学と物理学のさまざまなトピックにふれながら、軽やかにステップを踏んでいく。

感想を少し。

大きな数としての「グーゴル」は聞いたことがあったが、それ以上の数については初見だった。「ポアンカレの回帰定理」という言葉も初めて聞いた。また、ホログラフィック原理については類書でも見かけたが、この本が一番詳しかった。

宇宙論、量子力学で焦点となっている問題を取り上げ、著名な物理学者に関して個人的なエピソードを紹介するなど、物理学の解説書としては面白すぎる内容になっている。

なお、著者は明確に超弦理論の側に立っており、ループ量子重力理論に対しては否定的な意見を持っているようだ。

不完全性定理とはなにか<完全版>

2024-12-27 13:28:01 | 読書ブログ
不完全性定理とはなにか<完全版>(竹内薫/BLUE BACKS)

竹内薫氏が不完全性定理について解説したブルー・バックス。

2013年に同じタイトルで出版されたものを修正し、完全版としたもの。内容は、ゲーデルの不完全性定理と、それと同等の意味を持つチューリングの停止問題について、その証明を要約したもの。読者の見通しをよくするため、論理の道筋をいくつかのステップに分けて説明するなど、さまざまな工夫をしている。また、別の理論に基づく簡潔な証明も紹介している。

しかし、そのためにこれまでより理解が進んだ、とは思えない。著者がいうように、完全な理解のためには、より詳しい本を精読するしかないのだろう。個人的には、不完全性定理については次のことを承知していれば十分だと思っている。
1 特定の形式体系においては決定不能な命題が存在する。
2 その証明は一種の対角線論法である。
3 不完全性定理は、確実に正しいことなど何もないという意味ではない。

すでに何冊か類書を読んでいるが、あえてこの本を読もうと思ったのは、「数学宇宙仮説」について言及した部分があると知ったから。

この宇宙そのものが一種のコンピュータ、あるいはシミュレーションではないか、という考えがあるが、さらに進んで、宇宙は数学そのものだ、という議論もある。

著者はブライアン・グリーンの『隠れていた宇宙』を引用しつつ、宇宙のシミュレーションと不完全性定理の関係について私見を述べている。(考察というよりは感想レベル)

私は既読の『隠れていた宇宙』の第10章と第11章を読み返した。インフレーション多宇宙、ブレーン多宇宙、ランドスケープ多宇宙などさまざまな多宇宙の先に、存在する可能性のある宇宙はすべて実在する、という究極の多宇宙が示されており、その中で、不完全性定理との関係も記述されていた。(10年以上前に読んだが、よく理解できないまま忘れていた。)

今回の教訓。
十分に理解できない本は、時に再読する必要がある。

明智恭介の奔走

2024-12-20 14:36:14 | 読書ブログ
明智恭介の奔走(今村昌弘/東京創元社)

この作者は『屍人荘の殺人』シリーズで有名な方だが、私は未読。まずは、短編集から試してみることにした。

主人公は『屍人荘の殺人』に登場するらしい明智恭介。それ以前の活躍を描く、という趣向のようだ。

主人公は探偵にあこがれる大学生で、探偵事務所でバイトしたり、探偵愛好会会長の名刺を配り歩いている。そのような中で出会った5つの事件を描いており、犯罪に該当する事件がないわけではないが、どちらかといえば日常の謎。探偵としての修業時代、という感じか。

短編集としては少し謎が複雑かなと思ったが、全体としては軽くすいすいと読むことができ、期待どおりだった。

五編のうち1作は、他作品と少し風合いが異なるが、読んでみると、かつて若竹七海氏が提供したリドル・ストーリーへの回答になっていることに気づいた。(これを読んですぐに事情が分かる人にとっては、ネタバレかもしれません。すみません。)

第一弾、とあるから、このシリーズの続編は読んでみたい。が、『屍人荘の殺人』のほうは、私の偏った好み(ホラーは読まない、悲惨な話は嫌い)には、あまり合っていないような気がする。

余談だが、今回は5週前に紹介した『処刑台広場の女』の続編である『モルグ館の客人』(マーティン・エドワーズ/ハヤカワ・ミステリ文庫)を紹介する予定だった。

前作と同様、若くて美人で金持ちでミステリアスな女性を主人公とするサスペンス・スリラーとして、十分に楽しめる作品。

しかし、ある事情で、この作品を取り上げようとすれば、巻末に掲載された「手がかり探し」に言及せざるを得ず、成り行き上、どうしても深刻なネタバレを避けることができない。

ということで、読了の報告にとどめておきたい。あしからず。