少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

最後の鑑定人

2024-07-19 19:35:13 | 読書ブログ
最後の鑑定人(岩井圭也/角川書店)

今年4月に紹介した『横浜ネイバーズ』の作者が気になって、図書館で面白そうな本を探してみた。

ミステリに限らず、幅広い作品があることを知ったが、私が選んだのはこの一冊。

民間の鑑定所が舞台の短編推理。主人公は元科捜研職員で、この人が鑑定できなければ誰にもできない、という意味で「最後の鑑定人」と呼ばれた人物。それぞれ異なる人物の視点で描かれる4つの作品が掲載されている。当然ながら、鑑定が真相究明のカギを握る事件ばかり。

助手を務める女性についても丁寧に描かれており、恋愛には向かいそうにない独特の関係性は、有栖川有栖の描く心霊探偵シリーズの探偵と助手を思わせるところがあった。

10作品ほど揃えば、すぐにドラマ化できそうな出来映え。(そのドラマを見るかどうかは、別の話。)

いずれにしても、続編を期待したい。なお、横浜ネイバーズの新刊が出ているようなので、近く紹介することになると思う。

生物の中の悪魔

2024-07-12 20:12:13 | 読書ブログ
生物の中の悪魔 ~「情報」で生命の謎を解く~
(ポール・デイヴィス/SB Creative)

本書は、生命とは何か、という根源的な問いを解明するためには、情報理論が必須になっている、という生物学の現状を一般向けに解説した本。

7つの章で構成されている。いくつかの抜粋とその概要は次のとおり。

第一章 生命とは何か
生命は物質で構成されているが、それに情報が付加されることで非生命と区別される、という視点の導入。

第二章 悪魔の登場
熱力学の第二法則を出し抜くための思考実験として考えられたマクスウェルの悪魔は、結局、その後の情報理論の発達によって第二法則を破ることはできないことが確認された。しかし生物は、マクスウェルの悪魔並みの巧妙な仕組みで極めて効率的に働く仕組みをいくつも(進化を通じて)発明してきた。

第四章 進化論二・〇
遺伝子がすべて解析されても生物を理解したことにはならない。遺伝子の制御と操作がどのように行われているかが問題であり、進化論は大きく改造されつつある。

第五章 不気味な生命と量子の悪魔
生物は、量子力学がもたらす効果を活用している可能性がある。

などなど。

生命については、現在のような形に進化してきたのは、ほとんど奇跡(地球以外で存在することは考えにくい)という立場と、地球という、わりとありふれた惑星で誕生しているのだから、他にも必ずいるはずだ、という立場があるが、本書は生物学側なので前者の立場に近い。

量子力学や宇宙論だけでなく、生物学においても、情報が重視されるようになってきた、ということがよく理解できた一冊だった。

折れた竜骨

2024-07-05 18:47:02 | 読書ブログ
折れた竜骨(米澤穂信/東京創元社)

米澤穂信の旧著。この本は厚めなので手を出さずにいたが、作者が「この作品は『黒牢城』と同じ根から出た兄弟作だ」と言っているのをみて、読んでみようと思った。

舞台は中世ヨーロッパの、北海に浮かぶ孤島。「剣と魔法」をそのまま体現した世界で、殺人犯を探すミステリ。

ある条件による犯人の限定。魔法の性質から導かれる制約。寄木細工のように組み立てられた推理で犯人を絞り込んでいく。

謎解きの面白さだけでなく、剣と魔法の物語としても読みごたえがあり、事件の解決に伴い、島をめぐる、より大きな謎も解きほぐされていく。

ファンタジーとミステリの心地よい融合、と呼ぶにふさわしい作品で、『黒牢城』の兄弟作、という意味がよく理解できる作品だった。

なお、タイトルの意味が最後にわかる、という趣向も悪くない。

動物たちは何をしゃべっているのか?

2024-06-28 19:00:26 | 読書ブログ
動物たちは何をしゃべっているのか?(山極寿一・鈴木俊貴/集英社)

ゴリラの研究者とシジュウカラの研究者が、動物の言葉について語り合った内容を書籍化したもの。

言葉は人間だけのもの、という定説?に対して、動物たちも鳴き声などを通じてコミュニケーションをとっている、と主張している。それは人間が考える以上に高度で、それを研究することによって、人間の言葉の進化を類推することもできる。

話は発展して、言葉を通じて人類の進化や特性を考察する。例えばこのような論考が語られる。(順不同。要約の文責は私にあり、間違っていたらごめんなさい。)

人類の集団の規模が大きくなるにつれて、脳も大きくなった。

動物たちは、鳴き声だけでなく、文脈や視線、身振り手振りなどを同時に用いて複雑なメッセージをやりとりしている。人間のコミュニケーションは言語に依存している。

戦争は言葉が暴走してしまった例のひとつだ。人間は本質的に戦争が好きなのではなくて、仲間を守るために、あるいは信頼を裏切らないために戦場に行く。

SNSやAIでは言葉だけがやり取りされるようになり、共感によるコミュニケーションが難しくなっている。

しかし、悲観論ばかりではない。最後に、テクノロジーをうまく使えば、言語から切り捨てられる情報と現代社会の利便性を両立させることはできる、という希望が語られる。

それほどの量はなく、読みやすい本です。

新・幕末史

2024-06-21 18:11:10 | 読書ブログ
新・幕末史~グローバル・ヒストリーで読み解く列強VS.日本~
(NHKスペシャル取材班/幻冬舎新書)

2022年にNHKスペシャルで放送された「新・幕末史 グローバル・ヒストリー」の内容をさらに深めて書籍化したものらしい。(放送は見ていない。)

本書は、黒船来航の1853年から戊辰戦争が終結した1869年までを取り上げ、列強諸国(英国、フランス、ロシア、プロイセン、アメリカ)が、新体制への移行、特に戊辰戦争にどのように関わったかを、各国に遺された外交文書の分析を通じて明らかにする、というもの。

帝国主義的な植民地獲得競争の中で、列強の動向によっては、日本が植民地となったり、傀儡政権化するおそれも十分にあった。

また、当時の我が国の課題は、そのまま、その後の発展方向(とその限界)に直結している。歴史に「もし」を持ち込んではいけないといわれるが、さまざまな「もし」が想定し得る時代。

明治維新から150年余り、当時の激動の歴史は、現代と地続きであることを実感した。

そして、当時の各国のむきだしの欲望は、地政学的な観点で見ると、必ずしも過去の遺物として看過できるものではない、とも思った。

読後に考えることが多かった一冊。