少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

宇宙を解くパズル

2022-11-26 07:00:00 | 読書ブログ
宇宙を解くパズル(カムラン・バッファ/講談社)

講談社のBLUE BACKSの一冊。

パズルを解くことによって、対称性や対称性の破れ、双対性など、物理学を導く原理を理解させようとする試みで、ハーバード大学の1年生を対象とするセミナーの内容を本にしたもの。

私でも解ける問題(決して多くない)から、手に負えないものまで、全部で63のパズルがある。パズルの本ではあるが、合間に物理学の解説が挿入されており、ちょっとした超弦理論の解説書にもなっている。大栗博司氏が監訳をしているのも、即買いした理由のひとつ。

「真理」は直観に反している、という副題がついている。相対性理論や量子力学をはじめ、物理学が明らかにする真理は、人間の素朴な直観に反するものが多い、と強調しており、それを理解させるためのパズルも掲載されている。

超弦理論は間違ってすらいない、という批判があることは知っていたが、今年読んだ新書にその旨の記述があって、そんな本をうっかり買ってしまった自分にがっかりした。本書では、超弦理論は「双対性」の概念をテコに大きく発展し、数学にも重要な影響を及ぼす、と主張している。

なお、脚注に面白い記述があったので引用しておく。

物理学者が「確立された結果」と呼ぶものを、数学者は「物理学者による予想」と呼ぶことが多い。

ベルリンは晴れているか

2022-11-19 07:00:00 | 読書ブログ
ベルリンは晴れているか(深緑野分/筑摩書房)

1945年7月、ベルリンを舞台とする物語。ということは、ナチス・ドイツの敗戦直後、米ソ英仏の4か国統治下、ということになる。

主人公は17歳の少女。アメリカ軍の食堂で働いているが、ある日、ソ連の警察に呼び出しを受け、戦時中の恩人が毒入りの歯磨き粉で死んだと知らされる。

それから、ジェットコースター的展開、とまではいわないが、少女の小旅行がテンポよく描かれる。目的地は、恩人の甥がいるらしい映画村。旅の道連れは、道化師のように陽気な泥棒。

それがメインの物語で、幕間に主人公の過去のエピソードが語られる。それは必然的に、ナチス・ドイツが勃興し、戦争とユダヤ人虐殺につきすすむ歴史と重なる。

恩人の死をテーマとするミステリー仕立てになっているが、謎の解明が主眼ではない。少なくとも、読者にとっての謎と、主人公にとっての謎は異なる。その二重構造が一気に明らかにされる終盤は圧巻。

この時代の、この場所でしかあり得ない特殊な状況を素材にして、どの時代の、誰にでもかかわる深いテーマを描いた作品、といえばよいのか。これまで読んだどの本とも似ていない。内容は全く異なるが、読後感が一番近いのは、グレアム・グリーンの『情事の終わり』かもしれない(個人の感想です)。

いずれにしても、読むべき一冊としてお勧めしたい。

13歳からの地政学

2022-11-12 07:00:00 | 読書ブログ
13歳からの地政学(田中孝幸/東洋経済新報社)

高校生・中学生の兄妹と、二人に「カイゾク」とあだ名された骨董屋の男との会話を通じて、世界で紛争や利害の衝突がなくならない理由や、アフリカ諸国がいつまでたっても貧しい理由など、世界情勢を分かりやすく説明した本。

著者について調べると、国際政治記者という肩書がついていた。いちおう国際法という法律はあるけれど、それを守らせる警察がいないという国際社会の本質を押さえていることや、地政学の著作にありがちな、極端な主張を抑えている点で、好感が持てた。

また、核兵器の本格的な運用には原子力潜水艦が不可欠だということは理解していたが、その効果を確実にするためには自由に航行できる深い海が必要で、だからこそ中国は東シナ海に異様に執着するのだ、という指摘は新鮮だった。

地政学になじむと、世界は力と力の対決で、どっちもどっち、という考えに傾く傾向があり、それは一面の真実でもある。しかし、古今東西の権力に妥当する普遍的な原理を忘れてはいけない。

権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。

民主主義のもとでも腐敗は生じるが、強権的な国家の方が、はるかに腐敗しやすい。そして、腐敗した権力は、必ず人を不幸にする。

〈磯貝探偵事務所〉からの御挨拶

2022-11-05 07:00:00 | 読書ブログ
〈磯貝探偵事務所〉からの御挨拶(小路幸也/光文社)

図書館で装丁とタイトルがちょっと気になって借りてみた本。

読みだすと、謎の提示と解明のための手順が、過不足のない端正な文章で軽快に進められる、その心地よさに魅せられた。元刑事の探偵と大学生の助手という2つの視点からの叙述が交互に現れるが、その趣向が物語の展開に生かされているのもよかった。

作中でしばしば1年前の火災についての言及があるが、そのてん末は、前作『〈銀の鰊亭〉の御挨拶』で描かれていることがわかる。つまりこの本はシリーズ物で、私は読む順番を間違えたらしい。

しかし、こちらを先に読んでも特段の支障はなかった、と思う。すぐに前作も読んだが、やはりこちらを紹介することにした。読後感が、こちらのほうが少しよかったかな。

2つの作品に共通するのは、すべての状況を理解したうえで、つきつめて考えていくと、必然的にこういう結論にいたる、というタイプの謎解きであること。すべての状況、というのは、証拠や動機やアリバイだけではなく、探偵役や容疑者の人間関係や性格なども含むので、事件が解決してすべてよし、ではなく、主人公たちもその余波を大きく受けることになる。

だからシリーズ化は難しかろうと思うのだが、2冊出たということは、3冊目を期待してもよいのだろうか。