少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

等々力座殺人事件

2024-05-31 22:04:29 | 読書ブログ
等々力座殺人事件(戸板康二/河出文庫)

この作者のことは、歌舞伎をはじめ演劇に詳しい評論家と認識していた。(エッセイを少し読んだことがあると思うが、定かではない。)この本で初めて、ミステリを書いていることを知った。

創元推理文庫でも作品集が出ているようだが、今回、河出文庫から次の2冊が出版されている。

1 等々力座殺人事件 ~中村雅楽と迷宮舞台~
2 楽屋の蟹 ~中村雅楽と日常の謎~

題名のとおり、1は殺人事件を中心とする作品、2は歴史上の事件の新解釈をはじめ、様々な趣向の謎解き。

探偵役の中村雅楽が年配の歌舞伎役者という設定で、歌舞伎をはじめ演劇界に関する事件や謎を解くのが最大の特徴。歌舞伎の知識があればもっと面白いだろう、とは思うが、知識がなければ読めない、というものでもない。(むしろ肩の凝らない入門書も兼ねた読み物、ともいえる。)何より、雅楽の温厚でチャーミングな人柄が大きな魅力になっている。

「日常の謎」という言葉が、発表当時から一般的だったかどうかは知らないが、ミステリの題材としては、かなり早い時期から取り上げられてきたことも、改めて確認できた。

短編推理という、好みの分野。新たな編集による出版のおかげで、読み逃しを免れた、ということで、今回、紹介させてもらった。(全作品を読むかどうかは、まだ、わからない。時代のギャップを感じる部分は、確かにある。)



中野のお父さんと五つの謎

2024-05-24 15:00:01 | 読書ブログ
中野のお父さんと五つの謎(北村薫/文藝春秋)

2023年3月に紹介した「中野のお父さん」シリーズの第4作。

このシリーズは、主人公が女性編集者であることや、出版時期に合わせて主人公が年齢を重ねるところなど、「円紫師匠と私」シリーズとの共通点も多いが、こちらは、本文中に出てくる「文学探偵」という言葉が示すとおり、文学周辺の謎に特化している。

タイトルのとおり、探偵役は中野のお父さんなのだが、今作では、他の古書好き二人との競演、という色合いが強い。

この作者の文章は、会話がとにかく楽しい。それを受けての地の文章でも、これは、と思うところが随所にある。

また、書かれている内容は、コロナ禍の影響のほか、大谷翔平や元A.B.C-Zの河合くんなども登場し、同時代を感じさせる。(作者の若さも)

冒頭の章は、「I love you」の奥ゆかしい日本語訳をめぐる謎。多くの人が(へえ、そうだったんだ)と思うはず。

冬期限定ボンボンショコラ事件

2024-05-17 15:01:21 | 読書ブログ
冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信/創元推理文庫)

このシリーズ、確かに四季の一部が欠けていたけれど、長い空白期間を経て番外の「巴里マカロン」が出たこともあり、「冬期」が出るとは期待していなかった。

読み終えた後では、シリーズを完結させるために、今作が必要だった。というよりは、これまでの作品すべてが、今作のための準備だった、とさえ思える。

主人公は交通事故にあい、入院する。不自由で退屈な入院生活と、中学生時代に起きた未解決事件の回想が描かれる。その事件を通じて知り合った、小市民を目指す同志であるヒロインは、途中まで、チョコレートボンボンの差し入れと短いメモでだけ登場する。

そして、限られた情報から、3年前の事件と今回の事故の真相が解明される、安楽椅子探偵的なミステリ仕立てになっている。

特記すべき事項。

本シリーズを特徴づける「小市民」という言葉。通常、特殊な意味合いでしか使われない言葉で、ユーモア推理の風味付けかと思っていたが、主人公とヒロインの間では、自戒を込めた特殊な意味合いを持っていたことが明らかになる。

そして、もうひとつのキーワードである「互恵的」関係は、高校生活の終わりと同時に解消し、新たに、「次善」という言葉が特別な意味を持たされる。

いずれにしてもこのシリーズは完結した。仮に続編が書かれるとしても、それはまた別の物語になるだろう。


ビブリア古書堂の事件手帖Ⅳ

2024-05-10 15:45:14 | 読書ブログ
ビブリア古書堂の事件手帖Ⅳ~扉子たちと継がれる道~
(三上延/メディアワークス文庫)

新シリーズの4作目。今作で取り上げられる作家は夏目漱石だが、漱石の初版本を含む「鎌倉文庫」が、今回の大きなテーマ。

そして今作の主眼は、作者がかねて予告していた、栞子の過去が描かれていること。

正直、このシリーズは行き詰まりかけているのではないか、と危惧していた。発行の間隔が長くなり、内容も、扉子よりはむしろ、依然として栞子が中心的な役割を果たしている。

前作から2年後に発行された今作は、そのような懸念をきれいに拭い去ってくれた。

戦後間もない時期に実在した「鎌倉文庫」の貸出本の行方、という謎を軸に、3世代の女性それぞれの17歳の姿が描かれ、物語の枠組みが大きく広がった気がする。

断片的な感想を。

解決編となる栞子の物語が際立っているのは確かだが、これまで、いくらか悪役のように描かれていた人物も、1人の本を愛する女性として丁寧に描かれている。

栞子の夫、大輔の視点で記述される章があるのは従来どおりだが、今回は、それに加えて、栞子の父、篠川登も登場するのが新鮮だった。

今後、例えば栞子の母が家を出るエピソードが語られる、というような展開を期待してもよいのだろうか。

次作もきっと待たされるだろうが、作者の呻吟を想いつつ、楽しみにしたい。

シルバービュー荘にて

2024-05-03 15:10:51 | 読書ブログ
シルバービュー荘にて(ジョン・ル・カレ/早川書房)

21年1月に紹介した『スパイは今も謀略の地に』がジョン・ル・カレの遺作だと思っていたが、その後この本が出版されていることに、最近、気が付いた。

息子による「あとがき」によれば、父との約束に基づき、ほぼ完成形で残された原稿を出版した、とのこと。

2人の人物が交互に描かれる。不審な情報に接した保安機関「サービス」の責任者。競争の厳しい金融業の世界を引退し、書店を始めた男。その関係がよく理解できないうちに話が進み、次第に、ある人物に焦点が当てられていることに気が付く。

いわゆるスパイ小説らしい派手さはない。作品としては、『スパイは今も・・・』や『繊細な真実』に近いものを感じる。

この作品が生前に発表されなかったのは、おそらく息子の推測が的を得ているのだろう。

スパイ小説について語っていると、あの国やこの国の悪口を言いたくなるが、それを我慢して少しだけ感想を。

結局、その男のことを一番理解していたのは娘だった。

書店主は、よいスパイになりそうだが、その物語を書く人はもういない。

なお、息子はニック・ハーカウェイ。(22年7月に紹介した『エンジェルメイカー』の作者)