少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

国を救った数学少女

2022-03-26 07:00:00 | 読書ブログ

国を救った数学少女(ヨナス・ヨナソン/西村書店)

原題は ”The Girl Who Saved the King of Sweden”。

直訳すれば、『スエーデンの王を救った少女』。先週、紹介する本の悪口はできるだけ控える、と書いたが、タイトルにつっこみを入れるのは許していただきたい。

タイトルにかかわらず、この本は、ほとんど数学と関係がない。(物理学とは、ある程度、関係がある。)しかし、数年前、この本を本屋で見かけたとき、数学書のコーナーに置いてあった気がする。

さて、冒頭にある言葉の引用。

1970年代に南アフリカのソウェト地区で育った読み書きのできない子供が、ある日スウェーデンの王と首相といっしょに、じゃがいもトラックに閉じ込められてしまう統計的確率は、457億6621万2810分の1である。

この状況に至るまでの長い物語。クセの強い登場人物が何人も登場するが、読み終えてみると、すべて物語に必要なコマだということが理解できる。ドタバタ劇が嫌いな人には向かないが、私は圧倒的なストーリーテリングは大好きだ。

この作者には、他に2冊、作品があるようだ。いずれも、本書と同様、実在の政治家が登場するらしい。今後、読む機会があるかもしれない。


はぐれ者が進化をつくる

2022-03-19 07:00:00 | 読書ブログ

はぐれ者が進化をつくる(稲垣栄洋/ちくまプリマ―新書)

6週前に紹介した『植物はなぜ動かないのか』と同じ著者。その記事にコメントを寄せていただいた方が記事にされていたので、私も読んでみた。

同じ場所、同じ条件で勝負すれば、強いものが必ず勝つ。それが生物界の鉄則。だから弱いものは、別の場所、別の条件で自らの居場所(ニッチ)を探す。生物はそのようにして進化してきたのだ、というのが本書のメインテーマ。生物の世界では、ナンバーワンかオンリーワンかではなく、ナンバーワンになるためにオンリーワンになるのだ。

それを人の生き方に当てはめることについて賛否はあるだろうが、著者がこの本を、特に若い人へのエールとして書いているのであれば、よけいな口出しはしないでおこう。(取り上げた以上、その本の悪口は、できるだけ控えることにしている。)

この本で特に印象に残ったこと。私たちはみな、親から生まれる。単性生殖や、分裂による増殖も含めて、親をずっとたどっていけば、すべての生物は、動物も植物も含めて、最初の小さな単細胞生物にたどりつく。少し考えれば当たり前のことだが、ふだん、そのことを意識することはめったにない。その共通祖先は「ルカ」と呼ばれているそうだ。


たまごの旅人

2022-03-12 07:00:00 | 読書ブログ

たまごの旅人(近藤史恵/実業之日本社)

好きな作家の近著。海外旅行の添乗員を主人公とする連作短編集。図書館で迷いなく借りました。

アイスランド、スベロニア、パリ、西安。それぞれのツアーで出会う小さな謎や、わがままな客への対応を軸に話が進んでいく。

今回、改めて気付いたのは、この作者はよく旅を描いていること。以前に紹介した『ときどき旅に出るカフェ』もそうだし、『スーツケースの半分は』も、直接、旅をテーマにしている。

もうひとつ。コロナ禍のせいで飲食店は大変な状況だが、海外旅行の添乗員は、それ以上にひどい目にあっているはずだ。ということに、この本を読むまで、思いがいたらなかった。ほかにもそういう人たちが、たくさんいるのだと思う。

とはいえ、読後感は決して悪くないし、きっと作者は、実際に行ったことがあるはずだ、と思わせるほど、それぞれの旅もいきいきと描かれている。(早く、気兼ねなく旅ができるようになりますように。)

タイトルの意味合いは、それほどの謎でもないが、まあ、書かないでおこうと思う。


理不尽な進化

2022-03-05 07:00:00 | 読書ブログ

理不尽な進化(吉川浩満/ちくま文庫)

本屋で見かけて、一目、面白そうだと思った。サブタイトルに、「遺伝子と運のあいだ」とあるから、ネオダーウィズムに対して若干の異議申し立てを行う趣旨の本かと思っていたら、とてもそんな代物ではなかった。

まず、これまで地球に現れた生物のうち、99.9%がすでに絶滅していることが強調される。次に、学問としての進化論と、一般に認識されている進化論には根本的な断絶がある、と説く。世間に流布しているのは、今もなお、古い社会進化論のままであり、それは学問の世界では過去の遺物に過ぎない。

さらに、進化論の大家であるグールドとドーキンスの論争を取り上げ、ドーキンスが勝利することによって到達した進化論の現在を克明に記述する。

しかし、本書独特の魅力は、その先にある。グールドの蹉跌の原因を深く分析しながら、「説明」と「理解」、あるいは「方法」と「真理」、さらにいえば、アートとサイエンスの関係の今日的意義を描写してみせる。

この作品は、学術書ではなく、筆者が主張するとおり、進化論を題材にしたエッセーだ。その意図は、歴史と自己に対する私たちの認識のあり方を問うものだ。見開きページの左端にある筆者の注記は、膨大な推奨読書リストになっている。

もちろん、その中に私が読んだことのあるものはなかったし、これからも多分ないだろう。