少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

煙の殺意

2022-06-25 07:00:00 | 読書ブログ
煙の殺意(泡坂妻夫/創元推理文庫)

ちょっと(かなり?)古いが、短編推理の名作のひとつとされる作品。この作者も、名前を聞いたことはあるが、最近まで読んだことがなかった。

集録された作品は8つ。連作ではなく、探偵が主人公でもない。全体的な特色は、「思いがけない謎の解明」。なぜ、盗まれたはずの絵(東洋画)が入れ替わったのか。なぜ、公園で起こった事件が大事にならずに平穏が続くのか。なぜ、殺人を自首してきた犯人は犯行時刻を偽装したのか。なぜ、橋の開通式の日に15年前の迷宮入り事件が再現されたのか。「日常の謎」ではなく、何かしらの事件がらみではあるが、犯人は誰か、が主眼ではない。

作者は奇術師としても有名らしいが、鮮やかな奇術の種明かしをするような作品、といえばよいだろうか。

この作者は、短編推理や捕物帳も書いており、読みだすとキリがなさそうだ。改めて「推理沼」の深さを感じたので、少し浅いほうに避難しようと思う。

なお、この本も、『米澤屋書店』推奨の1冊。『米澤屋書店』は、読んだことのないミステリが次々に出てくるが、それに耐えて読み進めると、良質の読書エッセーであることがわかる。


「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた

2022-06-18 07:00:00 | 読書ブログ
「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた(グレゴリー・J・グバー/ダイヤモンド社)

「ネコひねり問題」とは、ネコはなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか?という問題。この問題の科学と歴史をひもといた一冊。

物理学者に関するジョークとして、「まずその牛を球だと考えてみよう」というものがあることを、以前、紹介したことがあるが、ネコひねり問題に対する最初の科学的アプローチは、水中に沈めた球の運動に基づいて説明しようとするものだった。(間違っていたけれど。)

その後、写真技術が発達して、猫が落下する鮮明な連続写真が公表されたが、それですぐに問題が解決したわけではなかった。また、物理学の発展に伴い、新たな論点が持ち込まれた。角運動量保存則にもかかわらず、空中の猫が回転できるのはなぜか。また、一般相対性理論(の根本にある等価原理)によれば、落下中のネコは無重量状態にあり、どちらが下かを感知できないはずなのに、正しく地面に着地するのはなぜか、など。

現在のところ、ネコの宙返りを可能にしている要因は4つあって、ひとつだけが正解ではない、ということらしい。現実のネコはそれぞれ、自分なりの最適なバランスを獲得しているのだろう。

終盤に、トポロジーの話がでてくる。猫の宙返りという現象を幾何学的位相としてとらえると、それはフーコーの振り子や偏光と同様、球面を使って表現できる。つまり、ネコを球としてモデル化できる、というオチがついて、本書は完結する。

おまけとして科学者に関する猫エピソードがいくつか紹介されており、ニュートンに関するものが(真実かどうかは怪しいが)面白かった。


不穏な眠り

2022-06-11 07:00:00 | 読書ブログ
不穏な眠り(若竹七海/文春文庫)

3週前に『静かな炎天』を紹介したばかりなので、残り2冊は少し時間を置くつもりだったのだが、『錆びた滑車』が長編だったので(リサーチ不足です。)、短編集がこれ1冊ならば、既刊なのだから早めに終わらせた方がいいのかなと思った。

主人公は何度か住む場所を変えているが、この作品中で、ついにミステリ専門書店の2階に住み込むことになった。アルバイト店員としての収入が減る一方、探偵の依頼は少ない。たまに来る依頼はいわくつきのものばかり、という状況で、以前よりも不運の度合いが強まっているような気がする。また、それぞれの依頼の終わり方が「事件が解決してめでたし」ではないのも、この作者特有の手口なのだが、やはり意表をつかれる。

集録されている4作品のいずれにも、「わたしは葉村晶という。国籍・日本。性別・女。」というフレーズが登場する。これが、シリーズ物としての雰囲気をよく醸し出しているので、これまでの作品ではどうだったかと調べてみると、『依頼人は死んだ』以降、短編集では最初の作品中に、長編では冒頭に書かれていた。

主人公は、発刊された時期に合わせて年齢を重ねているようにみえるので、今後、新たな作品が発表されるのかどうか。50代の葉村晶を見たいような気もするし、怖いような気もするが、出れば読むことになるだろう。

フランクを始末するには

2022-06-04 07:00:00 | 読書ブログ
フランクを始末するには(アントニー・マン/創元推理文庫)

オーストラリアの作家の短編集。

読んでから気がついたのだが、これは、昨年4月と9月に紹介したドアルド・ダール『あなたに似た人』と同じく、「奇妙な味」と呼ばれる作品なのだろう。アメリカで50年以上前に流行した昔の作風かと思っていたら、時代と国境を超え、今なお生息しているらしい。

シニカルな、あるいは、ひねくれた短編、と呼べばすむところを、無理やりミステリの範疇に収めようとするのは、本書のある作品中にあるように、ミステリが「ものすごく活況を呈しているジャンル」だからなのか。

全部で12の短編が収められており、どれが気に入るかは人それぞれだろう。私が気に入ったのは、チェスを題材とした2作品、特に、チェスの必勝法に関する「プレストンの戦法」は、宮内悠介の作品集『盤上の夜』にも通じる趣がある。

(なお、『盤上の夜』はSFのはずだが、米澤穂信の『米澤屋書店』にも掲載されていたから、ミステリでもあるのか。)

いずれにしても、ときどきこういう本に巡り合ってしまうのは、いつもハヤカワ文庫や創元推理文庫を探索しているからだ、とは思う。