少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

3月のライオン

2022-01-29 07:00:00 | 読書ブログ
3月のライオン(羽海野チカ/白水社)

現在、唯一購読を続けている漫画を紹介したい。まあ、紹介するまでもなく有名だが。

この作品は私が読んでいない漫画雑誌に連載されているが、私はコミックスで読んでいる。9年前に、県内のダム付近にある感じの良いカフェで初めて読んで、当時出ていた8巻までを大人買いした。以後、ほぼ1年に1冊のペースで買い続け、これが最新刊の16巻である。

主人公は17歳の将棋のプロ棋士で、実は中学生でプロになった、という設定。リアル5人目の藤井聡太4冠が世に出ていない時期に始まっている。内容は、主人公の棋士の苦悩と成長や、和菓子屋の3姉妹との交流を中心に、様々なタイプの棋士が描かれている。天才が現れて、すごい勢いで勝ち進んでいく、というタイプの漫画ではない。(だから、リアル5人目が出現した後も、変わらないペースで続いている。)

3姉妹の真ん中の娘との関係がストーリーの主軸をなすのだが、この巻では、身辺がかなり落ち着いた主人公が将棋に深く没入し、あろうことか原始中飛車に惹かれていく様子が描かれている。まあ、角換わりや相掛かりの最先端はハードルが高いだろう。

作者は有名らしい『ハチミツとクローバー』という少女漫画を描いた人だが、もちろんそちらは読んでいない。将棋監修が先崎学九段で、合間に彼のコラムが掲載されているのもうれしい。

世界は「関係」でできている

2022-01-22 07:00:00 | 読書ブログ
世界は「関係」でできている(カルロ・ロヴェッリ/NHK出版)

この人の本は、これまでに2冊読んでいる。

『すごい物理学講義』は、この人の専門である「ループ量子重力理論」の一般向け解説書。ループ理論では、物理量として最小単位があるのは体積と面積。そして、超対称性粒子は必要ないらしい。書いてあることはさっぱり理解できないのに、とても読みやすい本だった。

このブログで2019年10月に紹介した『時間は存在しない』では、過去と未来を分かつ「時間の矢」は、熱力学第二法則にしか根拠を持たず、時間とは、「意識」が細部を識別できないことから生じる一種の錯覚だと説く。

そして本書では、量子力学最大の謎に挑む。

シュレディンガーの猫や量子もつれに代表される観測問題は、いまだにすっきりと解明されず、たいていの物理学者は近寄らないようにしている。多世界解釈(SF的な平行宇宙を根拠づける説)という、およそ科学とは考えられない説も、あながち否定されていない、というやっかいなしろもの。

この本ではこう説明している。箱の外にいる人にとっては、箱の中には生きた猫と死んだ猫の重ね合わせの状態が存在するが、箱の中にいる人にとっては、生きた猫か死んだ猫のいずれかしか存在しない。箱の外にいる人にとっての現実が、箱の中にいる人にとっても現実とは限らない。対象物の属性は相互作用の瞬間にのみ存在する。世界は関係のネットワークでしかなく、全体を俯瞰して揺るぎない真実を認識する視点など存在しえない。

別の対象物を設定せずに、速度という概念は成立しない。特殊相対性理論では、時間や空間のあり方が速度により変化する。科学の進展は、我々に常識とは大きく異なる世界像を示してきたが、量子力学もまた同じ、と本書は主張している。

本書の内容を分かりやすく要約することは私の能力を超えているので、興味のある方は自分で読んでほしいが、どうもこの解釈は決定版のような気がする。なお、先々週に紹介した『時間の終わりまで』と共通のキーワードは「情報」と「進化」。

破滅の王

2022-01-15 07:00:00 | 読書ブログ
破滅の王(上田早夕里/双葉社)

ブログを拝見している方がお勧めしている作家さんが気になって、図書館で探してみた作品。いくつかある中で、一番新しそうなのを選んだ。

第二次世界大戦前から終戦までの、主に上海を舞台とする物語。上海自然科学研究所に勤務する主人公の周辺は、日中間の争いの本格化に伴い、不穏の様相を深めていく。同僚の研究者が殺されたり、行方不明になったり。当時の上海の様子や世相が丁寧に描かれるが、この物語の核心である「破滅の王」、つまり治療方法のない細菌兵器が登場すると、一気に加速して、主人公はその事態への対処に翻弄される。

この作者は、SFでデビューしたようだが、この作品は、サイエンスに関連するフィクションではあるが、一般にいうSFとは異なるようだ。むしろ、国際謀略小説(スパイ小説より範囲の広い、例えばフレデリック・フォーサイスのような作品)に近い印象を受けた。殺人事件が起こり、その犯人探しという趣向も織り込んで、ある意味で非常に重いテーマを、端正にまとめ上げた作品、と呼ぼうか。

(そういえば、日本語で書かれた国際謀略小説を、ほとんど読んでいない。)

料理に関連する作品なども書いている、作風の広い人のようなので、気に入った作品が見つかれば、また紹介することがあるかもしれない。


時間の終わりまで

2022-01-08 01:13:45 | 読書ブログ
時間の終わりまで(ブライアン・グリーン/講談社)

私の好きなブライアン・グリーンの本が出た。

『エレガントな宇宙』は超弦理論の解説書だが、自伝的要素もあり読み物としても優れていた。『宇宙を織りなすもの』では、空間と時間について、あまたの類書の及ばない深い理解を示し、『隠れていた宇宙』では、最先端の宇宙論・量子力学の分野に現れた様々なバージョンの多元宇宙を論じた。

今回は、最も確からしい科学的成果である、熱力学第二法則をテコに、宇宙の始まりから終わりまでの悠久の時間の流れをたどろうとするもの。ビッグバンとインフレーションの後、星が生まれ、星が燃えることで生物の材料となる元素が生まれ、物質進化の果てに生物が生まれる。その過程で、局所的には秩序(=低エントロピー)が出現するが、トータルではエントロピーが増加して帳尻を合わせる。

その後もエントロピーは増加し続け、最後にはすべての物質が崩壊して、時間の概念そのものが消滅するが、著者は特に「生命」と「心」の進化に多くのページを割いている。

ある意味で、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』と同じような試みを、宇宙全体についてやっているという印象を受けるが、著者の意図はそこにはないのかもしれない。宇宙の終わりまでの時間からみれば、生命や心が存在する期間は、ほんの一瞬に過ぎないが、だからこそ、その輝きは非常に尊い、というのが、この本の主眼なのだろう。

なお、終盤で、インフレーション理論の対抗馬「サイクリック宇宙論」にも言及している。どちらが正しいかは、重力波の測定で判別できるらしい。余命の長い人は、いつかそのニュースを聞けるかもしれない。

プレゼント

2022-01-01 07:00:00 | 読書ブログ
プレゼント(若竹七海/中公文庫)

あけましておめでとうございます。今年も週一のペースで少し趣味の偏った読書日記をお届けします。週に4~5冊読んだ中でこれは、と思うものを紹介しているので、ペースをあげるのは難しいことをご理解ください。(まだフルタイムの仕事もしているので。)

この人の名前は20年以上前から知っていたが、推理ものは避ける、という方針から読まずにいた。最近は、推理ものを完全に避けるのは難しく、むしろ上質な短編推理を探すようになってきて、この人に行き着いた。

ドラマはほとんど見ないが、NHKで放送された「葉村晶」はよかった。図書館で見つけた短編集も気に入った。で、この文庫本を見かけて買ってみた。という流れだ。初版は1998年。11刷で2020年の発行。葉村晶シリーズの、最初の1冊。

主人公は、探偵というよりはフリーター。トラブルがかってに押しかける、運の悪い女性だが、まあ、ハードボイルド、といえなくもない。推理ものをそれほど読み込んでいないので見当違いなら申し訳ないが、個人的には、「都築道夫氏のような短編推理」にかなり近いのではないかと思う。まあ、昔からのファンにはいまさら、かもしれないが。