少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

箱の中の宇宙

2024-09-27 12:26:41 | 読書ブログ
箱の中の宇宙(アンドリュー・ポンチェン/ダイヤモンド社)

宇宙論学者が書いた、シミュレーションによる宇宙の歴史の解明に関する著作。

量子物理学あるいは宇宙論に関する本に、しばしば登場する「ダークマター」と「ダークエネルギー」。

ダークマターは、銀河が高速で回転している事実から、その存在は理解しやすい。

一方、ダークエネルギーは、スカラー場の一種であり一般相対性理論の宇宙項に該当するもの、と説明されるがその実態は不明。なのに、ほぼ全ての物理学者が異論なく受け入れているようにみえることに、違和感があった。

本書を読むと、宇宙が現在の形で存在するためには、物質を集める核となるダークマターだけでなく、空間を引き延ばす力も不可欠だった、ということがよく理解できる。

気象学におけるシミュレーションの進歩から説き起こし、それが宇宙論に適用され、観測結果をよく説明するとともに、シミュレーションによる予測が観測によって確認される。そのようにしてシミュレーションは宇宙論と量子力学にとって大きな意味を持つようになった。

終盤では、機械学習やシミュレーション仮説にも言及している。(著者は、この宇宙が超越的存在によるシミュレーションである、という考えには懐疑的だが、この宇宙そのものが巨大なコンピュータでありこの世界をシミュレーションと考えることもできる、という考え方に対しては、認識論として、あり、と考えているようだ。)

専門知識がなくても読めるように、段階を追って必要なことを説明している手際の良さだけでなく、全体として、サイエンスに客観的に向き合おうとする姿勢が非常に印象的な一冊だった。





かなりいいかげんな略歴

2024-09-20 15:47:01 | 読書ブログ
かなりいいかげんな略歴(佐藤正午/岩波現代文庫)

この人の作品は、2021年11月に『小説の読み書き』を紹介して以来。

「エッセイ・コレクションⅠ」とあり、これまでのエッセイを3冊にまとめて出版する企画の1冊目、のようだ。

という訳で、本作には、発売後、短期間で消えた初エッセイ集『私の犬まで愛してほしい』(もちろん未読)が、ほぼまるまる収められている、とのこと。

いくつかの感想。

『ありのすさび』、『象を洗う』、『豚を盗む』を読んだのがいつだったか、ブログ以前の読書日記を調べても確認できなかったが、今でも、強く印象に残ったエッセイといえば、この3作品を思い出す。その面白さを、久しぶりに味わうことができた。

デビュー直後から数年間のエッセイだから、若さゆえの未熟、気負い、勢いを感じる作品もあるが、それも含めて、この作者らしい味わいのある文章だった。

エッセイだって、所詮はフィクションだ、という開き直り。

もうひとつ、この作者に覚える共感には、年齢が近い、つまり生きてきた時代が重なる、という要因もあるのかもしれない。生徒に平気で暴力をふるう教師。まともに授業なんて受けていられない大学生活。などなど。

今でも、最高傑作とされる『鳩の撃退法』を読む予定はない。(仮に読んでも、ここでは紹介しないだろう。)

文化の脱走兵

2024-09-13 13:14:35 | 読書ブログ
文化の脱走兵(奈倉有里/講談社)

ロシア文学研究者、翻訳者のエッセイ。

ロシア在住経験もある著者が、2022年から2024年にかけて執筆した文章だから、当然、ロシアのウクライナ侵攻に関する言及がある。

「国や政府とは、その行政単位に暮らす人々や、その国にかかわる人の人権を守るためだけに存在する最低限の必要悪であるべき」

これは、2014年秋(クリミア併合後)の、ロシア人の言葉として紹介されている。

また、「書きたいことを好きなように書いた」というとおり、さまざまな話題が取り上げられている。

例えば、12歳のとき、「かわいいおばあちゃんになりたい」と思った、という話がある。(17歳のときに同じ言葉を発した同級生を想い出した。)

という具合に、さまざまなことを想起させる、奥行きのある文章。

文化が「人と人がわかりあうために紡ぎ出されてきた様式」であるとするならば、この人の文章は、文化の力への信頼にあふれている。

ガーナに消えた男

2024-09-06 14:50:05 | 読書ブログ
ガーナに消えた男(クワイ・クワーティ/早川書房)

ガーナを舞台とするミステリ。

国際ロマンス詐欺に遭ったアメリカ人が、ガーナに乗り込んで犯人を捜している途中で失踪する。息子が探偵事務所に捜索を依頼し、警察を退職したばかりの若い女性探偵が担当することになる。

時系列をバラして並び替え、真相が次第に明らかになる記述には惹き込まれ、すらすらと読めるのだが、冷静に考えると、「そんな偶然があるだろうか」という面があるのも確か。ミステリとしての出来映えよりは、探偵物語として事件の顛末を楽しむ作品かと。

作品中、探偵事務所の所長と、権力の不正を暴くジャーナリストの存在が印象的。解説によれば、ジャーナリストには現実のモデルがいる、とのこと。

なお、アフリカを舞台とする作品は、10年ほど前に読んだ『追跡者たち』(デオン・メイヤー/ハヤカワ文庫)以来、2作目。アフリカのことはよく知らないので、食文化などを含めてガーナの実情がよく描かれていることも評価ポイント。

続編が出ているようだが、日本語訳に関する情報は、まだないようだ。