少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

狙われた英国の薔薇

2024-11-29 13:00:13 | 読書ブログ
狙われた英国の薔薇(ジェフリー・アーチャー/ハーパーBOOKS)

ジェフリー・アーチャーの警察小説の第5作。今作では、警視として王室警護を担うことに。

主人公ウィリアム・ウォーウィックのチームは、特命により王室警護本部に配属され、内部にはびこる不正を暴くよう求められる。時を同じくして、元囮捜査官のロス・ホーガン警部補は、ダイアナ皇太子妃の専属身辺警護員に任命される。

これまでの作品を通じての仇敵である絵画泥棒(マイルズ・フォークナー)は刑務所の中だが、刑期を短縮するために、あれこれと画策する。そして、フォークナーの妻クリスティーナ、悪徳弁護士ブース・ワトソンも、それぞれ独自の思惑で行動する。(この3人は、話の流れから次作以降も登場するのは間違いない。)

そうこうするうちにテロの兆候があきらかになり、タイトルが示唆するとおり、ダイアナ妃にも危険が迫る。

感想を少し。

ダイアナ妃の行動にはハラハラさせられるが、作者によれば、本物の彼女らしく描けた、とのこと。

これまで、原題はすべて慣用句だったが、今回の原題は
NEXT IN LINE  直訳すれば「次の順番」
次の王妃になる人、という意味合いなのか? 

テンポよく、気軽に楽しめる作品。本国ではすでに第6作、第7作が刊行され、作者は第8作を執筆中、とのこと。(訳者の奮闘を期待したい。)

いまだ成らず

2024-11-22 14:24:35 | 読書ブログ
いまだ成らず(鈴木忠平/文藝春秋)

久しぶりの将棋本。以前に紹介した『証言 羽生世代』とは別の視点で、羽生善治さんに焦点を当てて記述された、棋士たちの群像。

羽生さんにとって節目となる対局、特に、藤井聡太さんとの王将戦を取り上げつつ、羽生さんとかかわった人々の思いを描いている。

棋士として取り上げられているのは、藤井さんのほか、次の方々。(敬称略)
米長邦雄 豊島将之 斎藤慎太郎 谷川浩司 森内俊之 先崎学 室岡克彦 佐藤康光 深浦康市 渡辺明

そのほか、新聞社学芸部の記者、カメラマン、将棋道場の経営者、元奨励会員の観戦記者(後に競馬記者)、関西将棋会館職員、記録係の奨励会員も登場する。

文章は一貫して登場人物たちの視点で、その内面も含めて語られる。いわゆる「神の視点」だが、ノンフィクションでそれが成立するためには、関係者の了解と、深い取材が求められるはずだ。

多数の登場人物を通して描かれるのは、さっそうと将棋界に現れ、七冠を制覇して将棋界の幾多の記録を塗り替える活躍をした後、藤井さんとの王将戦に敗れた後までの、羽生さんの棋士としての生き方と、その間の将棋界の動向。

羽生さんについての理解を深めるだけでなく、さまざまな立場で将棋に関わる人々の、さまざまな想いを描き出す内容になっている。

いわゆる「読む将」として、読み応えのある作品。

処刑台広場の女

2024-11-15 13:09:23 | 読書ブログ
処刑台広場の女(マーティン・エドワーズ/ハヤカワ・ミステリ文庫)

舞台は1930年代のロンドン。若くて美人で謎めいた素人探偵、という設定の貴婦人は、殺人犯を追い詰め、死に追いやっているように見えるが・・・

もうひとりの舞台回し役は、若手の新聞記者。そこそこ有能で正義感もあるが、少し空回りするところもある。彼女に関心を持って調べているが、逆にうまく利用されているようでもある。

連続殺人事件が起こり、二人が行動するにつれて、事態がすこしずつ明らかになっていく。そして、すべての謎は処刑台広場につながっている・・・

幕間に、子供時代の主人公を憎む少女の日記が挿入される。それを読むと、やはり主人公は性格の破綻した悪人のようだが・・・

翻訳小説でよくあるように、登場人物を何度も確認する必要があり、ストーリーの見通しも悪いから、序盤は忍耐を強いられることになると思う。

だが、謎解きが主眼のミステリ、というよりは、いったい何が起こっているのか、話の展開を楽しむ作品のようで、中盤以降はぐいぐいと惹きこまれていく。

続編がすでに出版されており、近いうちに読むことになると思う。

地雷グリコ

2024-11-08 13:47:48 | 読書ブログ
地雷グリコ(青崎有吾/角川書店)

最近、読み始めた作家。読んだのは短編ばかりだが、HOWとWHYを分担する二人組の探偵ものや、会話を通じて何が起こっているか(WHAT)が明らかになっていく青春作品など、くっきりとした輪郭を持つ作品、というイメージ。

で、この作品だが、高校生を主人公として、あるものをかけてゲームをする、という話の連続。選ばれたゲームは、グリコ、坊主めくり、じゃんけん、だるまさんがころんだ、ポーカーの5つだが、独自のルールが付け加えられている。そのゲームにいかにして勝つか。(謎の解明ではないが、究極のHOWの物語。)

少しルールを変えるだけで、単純なゲームが極めて複雑になる。時間をかければ、ゲームを解く(必勝法を解明する)ことができそうな気もする(作者も相当研究したと思われる)が、この本の面白さはそこにとどまらない。

ルールは絶対だが、その枠内であれば何でもあり、という条件のもと、心理戦や裏技、イカサマ的な工夫も駆使して、勝つ方法を編み出す。その理詰めのプロセスがこの本の魅力だ。

全体として、ギャンブラーの話ではなく高校生の友情物語か。そこそこ厚みのあるページ数を一気に読ませるだけの面白さは、十分にある。

宇宙と物質の起源

2024-11-01 12:09:49 | 読書ブログ
宇宙と物質の起源
(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所編/BLUE BACKS)

素粒子の標準理論と現時点での標準的な宇宙論に基づき、宇宙のなりたちについて解説した本。

この分野の本は何度か取り上げているが、改めて紹介しようと思ったのは、KEKの研究者たちが執筆しているから。(KEKは、クォークの「CP対称性の破れ」を確認する実験を行い、小林・益川理論を実証したことで有名。)

理論物理学では、ブレーンワールドや多元宇宙など、実験では確認できそうにない理論が提唱されているが、実験物理学者たちは物理学の現状をどのようにみているのだろうか。

本書を読むと、LHCはヒッグス粒子を発見した後も、ヒッグス粒子が1種類だけなのか、どのような性質を持つのかについて研究し、KEKでもニュートリノの「CP対称性の破れ」を調べる研究を続けるなど、標準理論を精緻にし、あるいは大統一理論につながる実験が行われていることが分かる。

また、ビッグバン、インフレーション、ダークマターとダークエネルギーによる宇宙の大規模構造は、宇宙論の成果として認知されているものの、たとえばインフレーションを実証する実験や観測は、まだこれからのようだ。

感想を少し。

質量の起源はヒッグス機構によるものだけでなく、クォークにはそれ自体のエネルギーに基づく質量がある、と別の本で読んだことがあるが、その説明は本書のほうが分かりやすかった。

手詰まり感のある実験物理学を前進させるために、次世代加速器としてILC(国際リニアコライダー:日本に建設される可能性がある。)が構想されているが、具体的な進展がない状況が続いている。(国を偉大にするのは、移民の排斥や、他国への侵略・威嚇ではなく、科学への貢献であってほしいと思う。)