少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

量子テレポーテーションのゆくえ

2023-07-28 20:26:42 | 読書ブログ
量子テレポーテーションのゆくえ(アントン・ツァイリンガー/早川書房)

量子力学の本を読んでいると、「EPR論文」や、「ベルの不等式」という言葉を見かけることがある。

「EPR論文」は、神はサイコロをふらない、と信じるアインシュタインが、局所実在論を前提とすると、波動関数によって与えられる量子力学の記述は不完全である、と問題提起したもの。これに対して、それは実験で確かめることができる、と示されたのが「ベルの不等式」。実験の結果、正しかったのは量子力学で、局所実在論ではなかった。

というのが、私のざっくりとした理解だが、ベルの不等式そのものは、難しい数学のようなので深入りしたことはなかった。

この本の著者は、量子力学ではベルの不等式が破れることを実験で示して、昨年、ノーベル物理学賞を受賞した。この本の前半は、ベルの不等式がどういうものであるか、の説明に費やされている。付録として添付されている、双子のたとえによる説明は、専門知識がなくても、十分、理解可能だと思う。

後半では、実験の精密化を通じて「量子もつれ」に関する理解が進み、量子テレポーテーションをはじめ、量子コンピュータや量子通信など、量子情報テクノロジーの発展が期待されている状況が描かれる。

問題は、我々の感覚ではほぼ自明な局所実在論が、なぜ否定されるのか、ということ。間違っているのは、局所性なのか、あるいは実在論なのか。その哲学的な帰結は、まだ明らかになっていないようだ。

いずれにしても、注目すべきは、空間と情報、ということだろうか。

おはようおかえり

2023-07-21 20:46:45 | 読書ブログ
おはようおかえり(近藤史恵/PHP研究所)

この人の作品を紹介するのは、2022年3月の『たまごの旅人』以来。

タイトルは、挨拶をふたつ重ねたものではなく、早く帰ってね、の意を含んだ「いってらっしゃい」。物語の最初と最後に、この言葉がある。

舞台は北大阪の和菓子屋。主人公はその店の二人の姉妹だが、もう一人、重要な役割を果たすのが、創業者である曾祖母。つまりは家族の物語。(この作者でなければ、私が読まない種類の作品。)

この人は、本当にいろいろな作品を発表している。(近著では、江戸時代の心霊ものもあった。)多くの作品に共通する要素が「謎の解明」。この作品では、曾祖母が特異な形で現代に現れて心残りを果たそうとしている、その真相追及が、物語の軸になっている。しかし、謎の解明が目的ではない。物語全体から感じるのは、生きていくための「決意」のようなもの。

老舗ではなく有名店でもない和菓子屋の経営事情。新しい和菓子の着想。近時、北大阪を襲った災害や、この世界の理不尽な偏見。それほど分量のない文章の中に、多くのものが織り込まれている。一見、雑多に配置された小道具ともみえるが、作者が描きたかったものにとって、すべて必要な要素なのだろう。

読後感は、悪くない。

トーキョー・キル

2023-07-14 21:02:04 | 読書ブログ
トーキョー・キル(バリー・ランセット/集英社)

先週と同じ作者による「ジム・ブローディ」シリーズの第二作。

旧日本陸軍の兵士だった老人が主人公の探偵事務所を訪れたとき、すでに死者は8人を数えていた。満州での戦友2人が家族ともども殺されたことに怯え、身辺警護の依頼にきたのだ。

という出だしで始まり、前作と同様、派手なアクションシーンを交えながら、テンポよく物語が進んでいく。

今作では、主人公の美術商としての側面が大きな役割を果たす。実在する禅僧の水墨画や日本刀がキーアイテムになっている。

前作での、大掛かりな陰謀の印象が、今作でも強烈なスパイスのように効いている。中国方面の関係者の描写に、妙なリアリティがある。

さらに全く個人的な感想をひとつ。

おそらく、作者がこの作品で本当に描きたかった部分と思われる、満州での残虐行為。それを読んで、何となく、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にある、拷問の場面を思い出した。

この作品は、タフな主人公が痛い目にあいながら事件の真相に近づいていくエンタテインメントだが、もう少し深いところに達しているのかもしれない。

ジャパンタウン

2023-07-07 21:09:48 | 読書ブログ
ジャパンタウン(バリー・ランセット/集英社)

サンフランシスコのジャパンタウンで、日本人家族5人が惨殺される。主人公は、市警察の警部補から現場に来るように呼び出しを受ける。当地で美術商を営む傍ら、亡父が東京で営んでいた探偵事務所の共同経営者でもある主人公は、市警察に対して、日本に関するアドバイザーを務めている、という設定。(冒頭から、記述のテンポの良さに引き込まれる。)

ストーリーは一人称で進むが、ときおり、敵役の動向が描写される。この敵役の正体を突き止めるのが、この物語の主眼だとわかる。そして舞台は、主人公の(作者にとっても)第二の故郷である日本へ。

いつものように、感想を少し。

日本に関する描写が、いくらかデフォルメされているのかな、とは思う。しかし、的外れというよりは、本質を明らかにする方向に傾いているから、違和感は少ない、というか、苦笑いするしかない。

帯には「ハードボイルド」という言葉が使われている。確かにハードなアクションが描かれているが、冒険小説という印象が強い。私が知る範囲では、ロバート・ラドラムの良作に似ている。

この作品はシリーズ化されていて、第二作はすでに翻訳されているようだ。必ず読むことになると思う。