少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

宇宙の果てまで離れていても、つながっている

2020-09-27 18:40:10 | 読書ブログ
宇宙の果てまで離れていても、つながっている(ジョージ・マッサー/インターシフト)

アインシュタインが、量子力学の胡散くささを示すために提示した量子もつれ(EPRパラドックス)は、今や、教室で再現できるレベルの実験で実証されている。つまり、宇宙の果てまで離れている2つの粒子が干渉しあうのならば、距離=空間は、本質的な物理的存在とはいえないのではないか。

という例をはじめ、物理学の最前線では、物質が存在する前提となる空間の安定性が、もはや信じられていない。その例として著者は、ループ量子重力理論や超弦理論における空間の理解、ホログラフィー理論、Ads/CFT対応などを列挙してみせる。

本書の主張は、空間はこの世界の根源に存在するのではない、という点につきる。多くの物理学者が、超高エネルギー状態からの相転移の結果、「もの」のネットワークとして空間が立ち現れる、と考えているらしい。

それでは宇宙の根源は何か。「もの」でも「時空」でもなく、「数学」である、という考えが、徐々に強まっているような気がする。

パンデミックの文明論(ヤマザキマリ・中野信子)

2020-09-20 18:46:32 | 読書ブログ
パンデミックの文明論(ヤマザキマリ・中野信子/文春新書)

漫画家のヤマザキマリと、「ほんまでっか」出演の脳科学者、中野信子の対談。

新型コロナウイルスをめぐる日本と世界の騒ぎについて、ヤマザキマリは古代ローマに詳しい海外在住者の観点から、中野信子は脳科学者の観点から、それぞれ思うところを語り合う、という内容。

文明論というのは日本人にウケるのか、新書のタイトルでときおり見かける。日本人論や、女性論とも読める。自粛警察の脳科学的説明や、疫病がローマの歴史に及ぼした影響など、読みどころは多い。軽い読み物として楽しみました。

21Lessons(ユヴァル・ノア・ハラリ)

2020-09-13 19:12:28 | 読書ブログ
『サピエンス全史』で人類の歴史を大胆に要約し、『ホモ・デウス』で人類の未来をかなり悲観的に描いてみせたノア・ハラリ。
今作では、『ホモ・デウス』で示された懸念を中心に、21の論点について、より詳細に分析してみせる。

日本での発売直後の昨年12月に購入していたが、読了まで時間がかかったのは、その間の個人的な諸事情もさることながら、内容の重さのせいもある。特に政治面の分析では、主要国の指導者がそろって信頼できない現状を考えると、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

それでも著者は、人々がすぐに行動を起こせば、事態をよいほうに動かせる可能性を否定せず、その方向性を歴史学者として丁寧に説明する。そこに知識人の責任を果たそうとする意思が明確に表われていることが、本書のセールスポイントだ。

読書の対象としてだけ評価すれば、本書は前2作に及ばない。しかし、作者の心情が最もよく現れているのもまた本書だと思う。この人の主張を、世界中がもっと重く受け止めてほしい。

うつ病九段

2020-09-03 18:53:42 | 読書ブログ
うつ病九段(先崎学/文春文庫)

先崎学は文章がうまい。谷川浩二は自身の観戦記がうまかったが、執筆期間は長くない。羽生善治は多くの本を書いているが、文章がうまい、というよりは、余人には感得できない知を言語化する能力にたけている、という印象がある。将棋界で先崎学を超える文才を、私はまだ知らない。

将棋監修を務める『三月のライオン』の映画化などから、極端に多忙になり、気が付いたらうつ病になっていた、という体験をつづったもの。兄が精神科医で、その本音ベースのアドバイスに従いながらの闘病生活。

本書では、うつ病は心の病気ではなく脳の病気、自殺させないことが医師の最大の仕事、という兄の言葉が強く印象に残り、先崎の文才を感じる部分は少ない。しかし、稀有の体験記を残したことそのものが、先崎の力量なのかもしれない。

ゲイトウエイへの旅

2020-09-01 16:10:33 | 読書ブログ
ゲイトウエイへの旅(フレデリック・ポール/ハヤカワ文庫)

アシモフ、ハインラインとともに御三家とも称されるアメリカのSFの巨匠。代表作のゲイトウエイシリーズの番外編を読み残していたので、30年ぶりに読んでみる。

シリーズ全体は、ヒーチー人が残した高度すぎる文明の遺産を利用して、行き先不明の宇宙船に乗り込む冒険から始まる物語だが、やがて生命の限界を超えた人格の保存=人工知能がメインテーマになる。この作品は、金星を舞台としたゲートウエイ冒険家の生態をメインとしつつ、ヒーチー人と人類の係わりを俯瞰する内容。

シリーズでは、確か微細構造定数が重要なカギのように取り上げられていたと思うが、そのあたりの作品は全て処分してしまった。結局、すべてのことを失い、忘れながら老いていくのが人の定めということか。だからこそ、ある意味で誰も死ぬことのないこのシリーズが、その無邪気さにもかかわらず、今なお魅力を保っているのか。