少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

規則より思いやりが大事な場所で

2024-01-26 22:29:12 | 読書ブログ
規則より思いやりが大事な場所で(カルロ・ロヴェッリ/NHK出版)

物理学者カルロ・ロヴェッリ氏が、さまざまな新聞に掲載したコラムを集めたもの。

題材は、物理学に関すること、科学と宗教の関係、科学哲学など、科学関連のことにとどまらず、文学、歴史、政治、社会問題など、氏の関心と知識の幅は非常に広い。また、氏の考えは、無神論、民主主義への信頼、多様性と寛容などを基盤としており、共感できる部分が多い。

特に印象に残ったことをいくつか。

アルキメデス、アリストテレス、ニュートン、ダーウィン、アインシュタイン、ルメートル、ペンローズ、ホーキングなど、物理学者に対する言及は、それぞれの科学への貢献に対する評価に説得力がある。

氏の著作『世界は関係でできている』では、量子力学の世界では、モノはお互いに影響を及ぼしたときにのみ存在する、という考えが展開されているが、その思考に影響を及ぼしたのは、ナーガールジュナ(竜樹)の思想だと書かれている。確かに、その本を読んだとき、竜樹の思想を連想したことを思い出した。(私が竜樹の思想に詳しい、とは思わないでほしい。例えば、因果は一瞬一瞬のうちに閉じている、というような断片を覚えているのみである。)

同様に、『時間は存在しない』に書かれているようなことを調べる契機についても記載されているが、それはまあ、ここには書かないでおこう。

いずれにしても、知の巨人と呼ぶにふさわしい知識人の、この世界を見る視線がよくわかる一冊。

画像は、書影とは関係のないイメージ。

ムスコ物語

2024-01-19 20:19:04 | 読書ブログ
ムスコ物語(ヤマザキマリ/幻冬舎)

この人の著作を紹介するのは3冊目。ちょっと面白い読み物を見つけたので。

4年ほど前に、このブログで『ヤマザキマリのリスボン日記』を紹介した。エッセイというよりは、ミクシーに掲載したものを取りまとめたものだったが、勢いのある文章だった。この本は、雑誌の連載を取りまとめたもので、読み物としては格段に仕上がっている。

子育てエッセイ、というよりは、子育てが一段落した後で振り返った回想録という体裁で、子育てに関するさまざまなエピソードを語っているのだが、全体として、著者の半生記にもなっている。型破り、というよりは破天荒としか言いようのない生き方は、失礼ながら、下手な創作よりも面白い。

人さまの子育てに口をはさむつもりもないので、内容については詳述しないが、少しばかりの感想を。

日本の教育(教育機関だけでなく親や社会の態度を含めて)は、厳しい社会の中で生きていく力を身に着けさせる、という面では、少し弱いのかもしれない。もちろん、本書のような育て方は誰にでもできるものではない。が、このように育てられたら、子どもは強くならざるを得ない。

巻末に、その当事者であるコドモ自身によるあとがきがある。実は、この本で最も楽しく読めたのは、この部分だった。

画像は、書影とは関係のないイメージ。

ホライズン・ゲート

2024-01-12 21:16:00 | 読書ブログ
ホライズン・ゲート(矢野アロウ/早川書房)

ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。

設定がすごい。他の宇宙に脱出するために、人工的に作られたらしい超巨大ブラックホール。
その特異点を調査する基地が舞台となる。

キーとなる登場人物は、脳が左右でなく前後に分かれるように進化し、空間方向ではなく時間軸方向に現実を認識する種族、パメラ人の少年。その能力でブラックホールの事象の地平面から情報を読み取ることができる。

そして主人公は、左右の脳を切り離し、右脳に狩りの神様を宿す狙撃手の少女。彼女は、相棒となったパメラ人の少年を、襲いかかる事象から守る役割を担う。

時間とは、細部を識別できないことから生じる錯覚に過ぎない、というのは、イタリアの物理学者ロヴェッリの主張だが、それをかなり強引に取り込んで、ブラックホールとエントロピーの問題にからめていることに驚いた。

巻末に、SF大賞の選考委員の選評が掲載されている。最初、評価が完全に分かれていたが、討議によってこの作品に決まったようだ。上記の内容から推察されるとおり、ひとによって評価が分かれるのはやむを得ないと思う。

しかし、難解で読めない、というほどのことはない。文章は平易でそれほど長くもない。たとえばエルフと人間のような、異種族間のラブロマンスとして読むこともできる。(というか、読み終えて、帯にラブロマンスと書かれていた理由がわかった。)

画像は、書影とは関係のないイメージ。


公孫龍

2024-01-05 22:08:52 | 読書ブログ
公孫龍 巻三 白龍編(宮城谷昌光/新潮社)

宮城谷昌光氏の新シリーズが第三巻を迎えた。

舞台は古代中国。宮城谷氏が最も愛する戦国時代。周の王子が陰謀によって命を狙われ、死を偽装して商人・公孫龍として生き延びる。貴種流離譚の形をとりつつ、楽毅や平原君が活躍した時代を縦横に描いている。

宮城谷氏は、この時代が中国の歴史上、人々が最も自由に思考し、行動することができた時代だと考えている。それを体現するように、主人公は、信義を重んじ情に厚く、ものごとの本質を見抜く目を持っている。商人として成功するだけでなく武力も蓄え、超の王位継承争いで重要な役割を果たし、燕の国力増進に心を砕く。まさにスーパーヒーローとして活躍する様子を、この作者独特の文体で軽快に描いていく。

第一巻や第二巻を読んだ後で紹介することもできたのだが、少し気になっていたのが、この作品で描かれている公孫龍が、諸子百家の一派である名家のイメージとずいぶん違っていたこと。第三巻の巻末にいたって、両者の関係が一応、明らかにされる。

第四巻以降、物語の行方だけでなく、両者の関係がどうなっていくのかも楽しみだ。

画像は、書影とは関係のないイメージ。