少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

教皇のスパイ

2023-12-29 20:33:31 | 読書ブログ
教皇のスパイ(ダニエル・シルヴァ/ハーパーBOOKS)

本屋で見かけた題名が気になって、いつかは読むことになるだろうと思っていた一冊。

ローマ教皇が逝去したが、その死に不審をいだいた個人秘書に、イスラエル諜報機関の長官が呼び出されて・・・という物語。教皇と個人秘書と長官の3人が昔からの友人、という設定はいくらかご都合主義のような気もするが、手がかりとなる細い糸を追うストーリーは一本道で読みやすく、諜報機関のあらゆる資源を使っての作戦行動は痛快でもある。また、主人公の会話に独特のユーモア感覚があることも、見逃せないポイントだ。

大きなテーマとして、キリスト教の聖典福音書から導かれる反ユダヤ主義の問題が取り上げられている。巻末の「著者ノート」を読むと、物語の都合で便宜的に取り扱っているのではなく、相当な根拠があることがうかがえる。

この作品は、ガブリエル・アロンを主人公とするシリーズ中の一作のようだ。面白そうな作品を物色してみたい。

余談。教皇の死から始まる物語だから、当然、コンクラーベが描かれることになる。コンクラーベの結末は・・・
また、作中に不思議な神父が登場するが、この人は・・・
いずれも作者は、読者にも予測可能な収め方をしている、と思う。

画像は、書影とは関係のない、ヴァチカン市国の国旗。

時間は逆戻りするのか 

2023-12-22 21:17:41 | 読書ブログ
時間は逆戻りするのか(高水裕一/BLUE BACKS)

物理学は、対称性というものに非常に大きな意味を置いている。というよりは、自然は対称性に基づいて設計されている、というほうが正しいのかもしれない。しかし、時間はなぜか、一方向にしか流れない(ように見える)。多くの重要な方程式は、時間の反転を許しているのに。

この本は、時間が逆戻りする可能性について、あらゆる物理学を動員して論じている。相対性理論、量子力学、エントロピー(熱力学)、重力量子理論としての超弦理論とループ量子重力理論、さらにはサイクリック宇宙やホーキング博士の虚時間宇宙、そして人間原理まで。

この本の存在を知ったいきさつ。超弦理論とループ量子重力理論についてネットで調べているときに、両者の関係を簡潔にまとめた記事があり、その中で自著として紹介されていたのがこの本だった。奇しくも先月紹介した『宇宙人と出会う前に読む本』と同じ著者だった、という次第。

結局この本は、時間は逆戻りするのか、という興味深いテーマを設定したうえで、最先端物理学のあれこれを紹介する、一種の入門書を企図しているのだろう。

とはいえ、ロヴェッリが『時間は存在しない』で示した「時間は人間の錯覚にすぎない」という主張を理解するのに役立つかもしれない、という私の期待は、ある程度は満たされた。少なくともこの著者は、ロヴェッリの理論をかなり評価しているように思われる。

画像は、書影とは関係のないイメージ。

アボカドの種

2023-12-15 21:45:57 | 読書ブログ
アボカドの種(俵万智/角川書店)

俵万智氏の最新歌集。

この方のエッセイを紹介しようと思ったこともあるが、なぜか言葉がうまくまとまらず、私の手には負えない、と思った。

歌集ならば、自分の好きな歌を選んで、少しばかりの感想を並べることができるかもしれない、という魂胆である。

まずは過去の歌集からいくつか。

愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う(『サラダ記念日』)

後に恋愛歌人と呼ばれるこの方の、若き日の恋愛観の一端か。

四国路の旅の終わりの松山の夜の「梅錦」ひやでください(『かぜのてのひら』)

いかにもお酒の好きそうな方。梅錦は、お隣の愛媛県が誇る銘酒。

地ビールの泡(バブル)やさしき秋の夜ひゃくねんたったらだあれもいない(『チョコレート革命』)

この歌にもお酒が出てくるが、この歌が特に好きなのは、下の句。「それにつけても金の欲しさよ」と同じく、かなり幅広い上の句に合いそうだ。

そして、表題の歌集からはこの一句を。

「知らんけど」はツッコミ防御するための便利な言葉です、知らんけど

コメントは特にない。

画像は、書影とは関係のないイメージ。

着物始末暦

2023-12-08 21:39:59 | 読書ブログ
着物始末暦(中島要/ハルキ文庫)

中島要氏の着物始末暦。10巻まで読み終わった。

9月に紹介した3冊をのぞいた残りの7冊は次のとおり。
4 雪とけ柳
5 なみだ縮緬
6 錦の松
7 なでしこ日和
8 異国の花
9 白に染まる
10 結び布

主要登場人物の余一、お糸、綾太郎、お玉、おみつのほか、吉原のおいらんの唐橋、陰間上がりの千吉。そして、敵役である井筒屋の店主、愁介も含めて、それぞれの宿命的な「つらさ」が、物語が進むにつれて、少しづつ解きほぐされていく。そして、主人公のさまざまな着物始末の工夫が、解決の糸口になっていく。

巻が進むにつれて、章ごとに視点が変わるというスタイルが、物語を多層的に語る効果を深めていく。

髙田郁氏の『みをつくし料理帖』は、全10巻で、職人としての生き方が描かれている、という共通点がある。(終盤で花魁の引退が取り上げられる点も。)料理帖はドラマのほか、漫画や映画にもなったが、私の印象としては、上質な漫画のような作品かと。(もちろん、誉め言葉として使っています。)

こちらの作品も、ドラマ化くらいされてもいいのに、と思うが、料理に比べて、着物の始末は映像化しにくいのだろうか。

いずれにしても、時代小説の中では、圧倒的に私好み。

画像は、版元ドットコムで「利用可」となっていたものから。

すごい物理学入門

2023-12-01 20:35:10 | 読書ブログ
すごい物理学入門(カルロ・ロヴェッリ/河出文庫)

この人の本は、ハードカバーで『すごい物理学講義』、『時間は存在しない』、『世界は「関係」でできている』の3冊を持っている。

この種類の本は、図書館に収蔵されず、文庫化もされないおそれが高いから、少し値段が高くても買うことが多いのだ。

先日、本屋で『すごい物理学講義』の文庫版が出ているのを見つけて、おお、と思ったが、その横にこの本があった。2015年に『世の中ががらりと変わって見える物理の本』として出版されたのを、改題して文庫化した、とのこと。

内容は、全7回の講義で物理学の概要を説明したもの。きわめて平易な言葉で、ごく短くまとめられている。最初に、簡単すぎる入門書かなと感じたが、読み進めるうちに、これはすごい本かもしれない、と思った。確かに、冒頭で紹介した3冊を読むよりは、著者の主張が簡単に理解できる。(というか、理解したような気持ちになれる。)

現在、物理学最大の課題は、相対性理論と量子力学の統一を図ること。あるいは、重力を量子化すること、といってもいい。

その解決を目指す理論は、超弦理論と、ループ量子重力理論の2つで、著者は、後者を代表する研究者だから、本書もその立場で書かれている。

どちらが正しいかは私の手に負える問題ではないが、研究者は超弦理論の方が圧倒的に多い。

しかし、時間や空間にも最小単位がある、とか、時間は錯覚である、世界は関係のネットワークである、などの知見は、量子力学の理解を深めるようにも見えるし、2つの理論のどちらかが一方的に間違っている、ということもないのかな、と思っている。

画像は、書影とは関係のないイメージ。