久しぶりに土曜日が休みだった。二度寝をして起きると、玄関には郵便物が来ていて、そのなかに「未来」の新しい号がある。それで、午前中に締め切りが迫っている先月の「未来」の月旦の原稿をなんとか書きあげて、そのあと、気になっていた江田さんの歌集をもう一度、前より丁寧に読んだ。けれども、その前に松木秀の歌集のことを書いておこうと思っていたので、昼を食べてから、それを書こうと思っていたのだが、最近研究している戦時中の画家についての雑誌の特集のバックナンバーを読んで、畳に寝転がっているうちに、うとうとしてしまった。起きるともう三時近い。それから、この頃趣味にしている手持ちの版画の額装をはじめて、アシュケナージのベートーヴェンのソナタ全集のうちから二枚つづけてかけながら、吸湿紙を切ったりしているうちに時間がたち、夕方になったら喉がかわいてビールを飲んでしまった。これでは、きちんとした文章はもう書けない。
先週は今井美樹の古いアルバムのうちのひとつのナンバーのギター演奏のさわりが、一日中頭の中に鳴っていて弱ったので、それを打ち消すために、今日は、「今井美樹フロム1986」という二枚組のCDをかけたら、これはそれに対する打消し効果がありそうなので、よかった。「プライド」を歌うと、どこの店の女の子もだいたいよろこぶので、繰り返しているうちに定番になってしまったという次第。
昔の雑誌を見ていると、いまは書けないようなことがけっこう書いてあることがわかる。ネットは便利だけれども、その分かえって自主規制のコードがきつくなっている。自由なようでいて、言論というよりも、知識の面での、禁忌の領域が拡大している。そういうことは、古いものを読まないとわからない。戦争や性にまつわる事柄が、特にそうである。
もう一度休んで、書けたら書こうと思う。
先週は今井美樹の古いアルバムのうちのひとつのナンバーのギター演奏のさわりが、一日中頭の中に鳴っていて弱ったので、それを打ち消すために、今日は、「今井美樹フロム1986」という二枚組のCDをかけたら、これはそれに対する打消し効果がありそうなので、よかった。「プライド」を歌うと、どこの店の女の子もだいたいよろこぶので、繰り返しているうちに定番になってしまったという次第。
昔の雑誌を見ていると、いまは書けないようなことがけっこう書いてあることがわかる。ネットは便利だけれども、その分かえって自主規制のコードがきつくなっている。自由なようでいて、言論というよりも、知識の面での、禁忌の領域が拡大している。そういうことは、古いものを読まないとわからない。戦争や性にまつわる事柄が、特にそうである。
もう一度休んで、書けたら書こうと思う。