Nonsection Radical

撮影と本の空間

藪の中

2014年09月12日 | Weblog
朝日新聞の記事は「誤報」という事になったのだけど、それを他の新聞社はコドモのケンカのように「や~い、や~い」レベルでしか報じていない。
そんな記事を書く暇があったら、各社が独自の取材で「我が社の取材ではこのような結果になった」という記事を書くべきなのだが、記事というのは発表されたものを書くものだという”習慣”になったのか、あるいは朝日のように「誤報」を恐れてか、独自取材というものが出てこない。
「吉田証言」についても、調書が公開されたので、それを元に各社が現場関係者などに取材をして、”検証”をするべきなのだ。
そこで浮かび上がった”事実”と照らし合わせて、事故の実態を探る事が大切なのではないのか。
というのも、原発事故に関する調査というのは政府とか内閣とか複数の機関から発表されていて、それぞれで異なる部分がある。
しかし、その検証というのはされておらず、それぞれがそれぞれの報告をしたままになっている。
なぜそこにマスコミが調査をかけないのか不思議だ。
「吉田調書」を始めとして19人の調書が公開されているが、公開に同意しなかった人も他にいるようだ。
それぞれがそれぞれに当時の状況を語っているのだが、申し合わせを行なったわけではないので、各自が自身の事や周辺の事を述べているので、思い込みや未確認情報、勘違いもあるようだ。
というのも、当時の状況を記した本などを読むと、呆れるぐらいに情報が各所に伝わっていない事がわかるのだ。
吉田所長が菅総理の”言動”に腹を立てたなどという記事を新聞各社が取り上げていたりするが、そこに情報伝達のなさを原因とする齟齬を取り上げる事がないのが不思議である。
そういう部分的な事柄を積み上げて行って、どのような事が行なわれ、どのような問題が見つかったかを報じるのが”マスコミ”の働きであり矜持ではないのか。
そうしないと”次”に何もつながらず、どこに問題があったのか、どうすればいいのか、まったく謎=藪の中となってしまうではないのか。
それが出来ないとすれば、朝日新聞だけではなく日本の新聞社、マスコミは単なる情報伝達業でしかない証明だろう。
朝日を笑うものは、次は自分の番だと思った方がイイと思うよ。




昭和通り商店街 2
静岡県焼津市本町3,4丁目
撮影 2014年8月14日 木曜日 13時15分
コメント
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