耳を開く
クエストの、夏のイベント「響・鼓動」のワークショップが大盛況のうちに終わりました。
何度もお伝えしているように、今回は、八ヶ岳在住のアーティスト長屋和也さんをお招きして、アートセラピーと音楽のコラボレーションアートを体験です。
予定の60名を超え、一人ひとりが表現するアートのすばらしさに、長屋さんもとても感動していました。
ワークショップに先立って、前日に、打ち合わせを兼ねて夕食を一緒に食べました。
千桂子先生と、マッキーとそしてボク。
4人で、たわいもない話や真剣な話を何時間も・・・大いに笑いそして、お互いを理解しながらすごしました。
この時間が、長屋さんにとっても、ボクたちにとっても、今回のワークショップに向けてとても有意義なひと時になったようです。
初日は音楽の刺激を受けながらのアートワークをたっぷりと体験し、夕方から長屋さんのコンサート。
長屋さんも、参加者のアートワークに刺激されたのか、自分からアートに取り組んでいました。
アート作品に囲まれながら、その一人一人のアートワークの波動を受けながら、長屋さんが奏でる響きを体験しました。
そう、長屋さんの音楽は、「聴く」というよりも、「体験する」といったほうがボクにはぴったり。
ボクたちはみな夢のような時間をすごすことができました。
二日目は長屋さんのワークショップ。
シンギングボールや、おりん、チベッタンベルなどを参加者が奏でていきます。
はじめは、「自分」の音を主張してしまうことで、全体の調和がなかなか取れません。
長屋さんが、こんなことを分かち合ってくれました。
「耳はからだの中でも最も受動的な器官なんですよね。
見たくないものがあれば目を閉じることはできるけれども、聞きたくないものも耳という器官はいつでも開いているんです。
騒音の街中を歩くとき、否が応でも耳に入ってきてしまう乱雑な音はすべて聞こえてしまうんです。
そうすると、ボクたちは何をするかというと、目のようには閉じられない耳を心で閉ざすことによって、聞こえないようにしてしまうんです。
とても便利なんだけれども、いつしか、大切な音や声まで聞こえなくなってしまうんです。
でも、ボクたちは、愛する人の言葉は必死に聞こうとします。受動的な耳を思い切り能動的に使って、全身で聞こうとするんです。
今ここで、耳を開くということは、その対象を愛するということなんですよ。
自分の音を響かせるんじゃなくて、誰かの音を、いとおしく想い、愛する音として聞いてみてください。」
その後の、参加者全員で奏でる響きは、まるで天使たちの歌声のように清らかでそしてやさしい音色でした。
誰かの響きに耳を傾けること。
それは、その対象を愛すること。
耳を開くことは、自分のこころを開くこと。
自分の心が開くと、世界が開いていく。
何年か前のグロースセミナーでのこと。
休憩がてら、山登りの途中にネイチャーゲームを体験します。
山の中の森で、おしゃべりをしないで目を閉じます。
森の中でいろんな音が聞こえてきます。
手のひらを広げて、何か音が聞こえるたびに指を折っていきます。
大体5つか6つは聞こえます。
ところが、ある子どもが、指を折り続けています。
10本の指が折れ、さらに続きます。
ボクは、「えっ?いったい何が聞こえるの?」と興味しんしんでした。
しばらくしてから、子どもたちに目を開けてもらい、何が聞こえたのか聞いてみます。
風が木々を揺らす音
小鳥のさえずり
虫の羽音
遠くで聞こえる人の声
フムフム、それならボクも聞こえた。
「隣の人の息が聞こえた」
これには、ボクもびっくりでした。
そしてさらに、
「心臓の音」
外の音を聞こう聞こうとしてたボクには、とても衝撃だったことを覚えています。
自分に耳を開く。
自分のことも、もっともっと愛してあげなきゃね。
大切なことを思い出しました。
長屋さんありがとうございました。
打ち上げも、驚くほどの盛り上がり。
「オイ、ナガヤ!スコシノリスギダロ!」
と、ボクの心が叫ぼうとするほどに、やんちゃなカズヤ君でした。
酔っ払って帰るときに、「なんだか寂しいなぁ」とつぶやきながら帰っていく長屋さんが印象的でした。
そういえば、長屋さんの自宅、八ヶ岳で、彼は野菜作りやベーコン作りも楽しんでいます。
来年は、田んぼも予定しているようです。
今は、自宅に帰るとその時のための「開墾作業」だそうです。
ボランティア募集中だそうですよ。
土と触れ合いながら、自分を見つめていくのも素敵です。
本気で考えてみよっかな!という方は、いつでも連絡してください。
作業の後のうまいビールを長屋さんと一緒にいかがでしょうか?
クエストの夏のイベントは、大成功でした。
ワークショップについては、千桂子先生も
マッキーもブログに書いています。
写真ものっています。どうぞご覧ください。
クエストの、夏のイベント「響・鼓動」のワークショップが大盛況のうちに終わりました。
何度もお伝えしているように、今回は、八ヶ岳在住のアーティスト長屋和也さんをお招きして、アートセラピーと音楽のコラボレーションアートを体験です。
予定の60名を超え、一人ひとりが表現するアートのすばらしさに、長屋さんもとても感動していました。
ワークショップに先立って、前日に、打ち合わせを兼ねて夕食を一緒に食べました。
千桂子先生と、マッキーとそしてボク。
4人で、たわいもない話や真剣な話を何時間も・・・大いに笑いそして、お互いを理解しながらすごしました。
この時間が、長屋さんにとっても、ボクたちにとっても、今回のワークショップに向けてとても有意義なひと時になったようです。
初日は音楽の刺激を受けながらのアートワークをたっぷりと体験し、夕方から長屋さんのコンサート。
長屋さんも、参加者のアートワークに刺激されたのか、自分からアートに取り組んでいました。
アート作品に囲まれながら、その一人一人のアートワークの波動を受けながら、長屋さんが奏でる響きを体験しました。
そう、長屋さんの音楽は、「聴く」というよりも、「体験する」といったほうがボクにはぴったり。
ボクたちはみな夢のような時間をすごすことができました。
二日目は長屋さんのワークショップ。
シンギングボールや、おりん、チベッタンベルなどを参加者が奏でていきます。
はじめは、「自分」の音を主張してしまうことで、全体の調和がなかなか取れません。
長屋さんが、こんなことを分かち合ってくれました。
「耳はからだの中でも最も受動的な器官なんですよね。
見たくないものがあれば目を閉じることはできるけれども、聞きたくないものも耳という器官はいつでも開いているんです。
騒音の街中を歩くとき、否が応でも耳に入ってきてしまう乱雑な音はすべて聞こえてしまうんです。
そうすると、ボクたちは何をするかというと、目のようには閉じられない耳を心で閉ざすことによって、聞こえないようにしてしまうんです。
とても便利なんだけれども、いつしか、大切な音や声まで聞こえなくなってしまうんです。
でも、ボクたちは、愛する人の言葉は必死に聞こうとします。受動的な耳を思い切り能動的に使って、全身で聞こうとするんです。
今ここで、耳を開くということは、その対象を愛するということなんですよ。
自分の音を響かせるんじゃなくて、誰かの音を、いとおしく想い、愛する音として聞いてみてください。」
その後の、参加者全員で奏でる響きは、まるで天使たちの歌声のように清らかでそしてやさしい音色でした。
誰かの響きに耳を傾けること。
それは、その対象を愛すること。
耳を開くことは、自分のこころを開くこと。
自分の心が開くと、世界が開いていく。
何年か前のグロースセミナーでのこと。
休憩がてら、山登りの途中にネイチャーゲームを体験します。
山の中の森で、おしゃべりをしないで目を閉じます。
森の中でいろんな音が聞こえてきます。
手のひらを広げて、何か音が聞こえるたびに指を折っていきます。
大体5つか6つは聞こえます。
ところが、ある子どもが、指を折り続けています。
10本の指が折れ、さらに続きます。
ボクは、「えっ?いったい何が聞こえるの?」と興味しんしんでした。
しばらくしてから、子どもたちに目を開けてもらい、何が聞こえたのか聞いてみます。
風が木々を揺らす音
小鳥のさえずり
虫の羽音
遠くで聞こえる人の声
フムフム、それならボクも聞こえた。
「隣の人の息が聞こえた」
これには、ボクもびっくりでした。
そしてさらに、
「心臓の音」
外の音を聞こう聞こうとしてたボクには、とても衝撃だったことを覚えています。
自分に耳を開く。
自分のことも、もっともっと愛してあげなきゃね。
大切なことを思い出しました。
長屋さんありがとうございました。
打ち上げも、驚くほどの盛り上がり。
「オイ、ナガヤ!スコシノリスギダロ!」
と、ボクの心が叫ぼうとするほどに、やんちゃなカズヤ君でした。
酔っ払って帰るときに、「なんだか寂しいなぁ」とつぶやきながら帰っていく長屋さんが印象的でした。
そういえば、長屋さんの自宅、八ヶ岳で、彼は野菜作りやベーコン作りも楽しんでいます。
来年は、田んぼも予定しているようです。
今は、自宅に帰るとその時のための「開墾作業」だそうです。
ボランティア募集中だそうですよ。
土と触れ合いながら、自分を見つめていくのも素敵です。
本気で考えてみよっかな!という方は、いつでも連絡してください。
作業の後のうまいビールを長屋さんと一緒にいかがでしょうか?
クエストの夏のイベントは、大成功でした。
ワークショップについては、千桂子先生も
マッキーもブログに書いています。
写真ものっています。どうぞご覧ください。
たくさんの出来事があったと思います。
ブログに書ききれないとは思いますが、その中のほんの少しのぞくことはできませんか?
ありがとうございます。
確かに書ききれません。
でも・・・書きます。
一人ひとりの冒険は、彼らのこれからの人生を輝かせる種になるはずです。
ボクの目を通してみた、子どもたちの物語を少しずつ紹介していきます。
しばしお待ちを!