昨日、うれしいメールが届きました。
実家に帰っていたNMKさんから。
「産まれました。3082gの男の子でしたー」
二人目のBABY。
そして、二人目の男の子です。
2014年に入って、早3か月が過ぎようとしている。
大きな変化はないような気がしていても、こうやって「何か」は確実に変化し成長している。
ボクの日常には、そんなに大きな変化はないけれど、いや、感じていないけれど、確実に時は進み変化は起きているはず。
そう言えば、わずか3か月前にボクは、
「今年は丁寧に生きる」と決めていた。
雑然としているオフィスのデスク、同じようにPCのデスクトップも未整理のまま。
あれも、これも途中でストップしている。
父親の眠る、鶴見にある禅寺の玄関や、トイレに
「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と書いてある。
履物をそろえる、と言う当たり前の事。
でも、心が整っていなければ履物でさえそろえることができない。
自分の部屋の様子が、自分の心そのものである、と言う喩もある。
散らかっていれば、心も散らかっているし、整っていれば、心も整理されているってこと。
今からでも遅くはない。
もう一度仕切り直して、足元を見つめてみることにする。
実家に帰っていたNMKさんから。
「産まれました。3082gの男の子でしたー」
二人目のBABY。
そして、二人目の男の子です。
2014年に入って、早3か月が過ぎようとしている。
大きな変化はないような気がしていても、こうやって「何か」は確実に変化し成長している。
ボクの日常には、そんなに大きな変化はないけれど、いや、感じていないけれど、確実に時は進み変化は起きているはず。
そう言えば、わずか3か月前にボクは、
「今年は丁寧に生きる」と決めていた。
雑然としているオフィスのデスク、同じようにPCのデスクトップも未整理のまま。
あれも、これも途中でストップしている。
父親の眠る、鶴見にある禅寺の玄関や、トイレに
「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と書いてある。
履物をそろえる、と言う当たり前の事。
でも、心が整っていなければ履物でさえそろえることができない。
自分の部屋の様子が、自分の心そのものである、と言う喩もある。
散らかっていれば、心も散らかっているし、整っていれば、心も整理されているってこと。
今からでも遅くはない。
もう一度仕切り直して、足元を見つめてみることにする。
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