気づいてみたら、今年は全くブログを更新していませんでした。
でも、今朝目覚めたら窓越しに満月。
月に一度の、柔らかい光の訪問を受けて、気持ちよく目覚めなぜかふと、ブログを書かなければ、と。。
そういえば、この家に引っ越しをしてきてはや8年。
ボクの部屋の小さな窓に、まるで絵画のように登場する月に、何度も癒されてきました。
言ってみれば、ボクにとっての月との関係は、急ぎすぎる毎日をふと立ち止まらせてくれる大事なもののような気がします。
『こころと脳の対話』という、河合隼雄先生と、茂木健一郎さんの対談の本が新潮文庫から出ています。
河合先生がまだお元気だったころのもので、心理療法にかかわるものとして大変に興味深い本の一つです。
臨床心理学者との科学者の対談は、専門的な言葉ではなくお互いにひとりの人間として語り合っていて、それでいて一つ一つの言葉に深い意味を味わわせてもらえます。
河合先生は、心理療法を 「 あちらでは(欧米のこと)科学にしようとする 」、と言う。
「科学にするということは、原因と結果、つまり因果関係がわかるし、言語化ができて説明も可能だから」、と。
でも日本の文化は関係性の方を大事にする。
因果では語れないものが、必ずそこに現れてくる。
今目の前のクライアントとの間に生まれる関係性によって、常に変化していく。
「なぜ?」ではなく、「それにどんな意味が隠されているのか?」を探していける。
つまり、心理療法は方法論として一つの型に収めてしまうものではなく、常に関係性によって変化していくものなのだということ。
ボクたちが取り組んでいるアートセラピーがまさにそれ。
特に、心と言う目に見えない領域を言葉で「語ること」以上に、「アートに語らせる」ことの方が、伝わっていく。
そしてそれは個人的なことにとどまらず、人間の普遍的なものにまで触れることができる心理療法と言えるのです。
アートセラピーも、単なる優れた方法論ではなく、セラピストとクライアントで共に創り出していく作品のようなものなのです。
必要以上にクライアントに介入することなく、月のようにただそこにいて見守るような、そんな存在としてこの仕事をしていけるのが、理想です。
ここに書くブログも、これを読んでいただくあなたとの関係性によって、何かが生まれていくんですよね、きっと。
でも、今朝目覚めたら窓越しに満月。
月に一度の、柔らかい光の訪問を受けて、気持ちよく目覚めなぜかふと、ブログを書かなければ、と。。
そういえば、この家に引っ越しをしてきてはや8年。
ボクの部屋の小さな窓に、まるで絵画のように登場する月に、何度も癒されてきました。
言ってみれば、ボクにとっての月との関係は、急ぎすぎる毎日をふと立ち止まらせてくれる大事なもののような気がします。
『こころと脳の対話』という、河合隼雄先生と、茂木健一郎さんの対談の本が新潮文庫から出ています。
河合先生がまだお元気だったころのもので、心理療法にかかわるものとして大変に興味深い本の一つです。
臨床心理学者との科学者の対談は、専門的な言葉ではなくお互いにひとりの人間として語り合っていて、それでいて一つ一つの言葉に深い意味を味わわせてもらえます。
河合先生は、心理療法を 「 あちらでは(欧米のこと)科学にしようとする 」、と言う。
「科学にするということは、原因と結果、つまり因果関係がわかるし、言語化ができて説明も可能だから」、と。
でも日本の文化は関係性の方を大事にする。
因果では語れないものが、必ずそこに現れてくる。
今目の前のクライアントとの間に生まれる関係性によって、常に変化していく。
「なぜ?」ではなく、「それにどんな意味が隠されているのか?」を探していける。
つまり、心理療法は方法論として一つの型に収めてしまうものではなく、常に関係性によって変化していくものなのだということ。
ボクたちが取り組んでいるアートセラピーがまさにそれ。
特に、心と言う目に見えない領域を言葉で「語ること」以上に、「アートに語らせる」ことの方が、伝わっていく。
そしてそれは個人的なことにとどまらず、人間の普遍的なものにまで触れることができる心理療法と言えるのです。
アートセラピーも、単なる優れた方法論ではなく、セラピストとクライアントで共に創り出していく作品のようなものなのです。
必要以上にクライアントに介入することなく、月のようにただそこにいて見守るような、そんな存在としてこの仕事をしていけるのが、理想です。
ここに書くブログも、これを読んでいただくあなたとの関係性によって、何かが生まれていくんですよね、きっと。
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