湖の子守唄

琵琶湖・湖北での生活、四季おりおりの
風景の移り変わり、旅先でのふれ逢いなど、
つれづれなるままに、語りたい。

嘉田由紀子の時代だぁー。

2012年12月03日 | 詩歌・歳時記

車で遠乗りをすることが、好きだった。 滋賀を中心に放射線状にあらゆる処へ行きました。

50歳を過ぎた頃から、何故かトンネルを潜り抜けるのが怖くなっていた。

地下へ斜行していくような、不気味な感覚にあわせ、対抗車線を来る車が怖い。

     

          初雪の山の頂きはるか見て

          長き試練の時を

          思えへり

今回の笹子トンネルの崩壊事故は、福島原発とまったく同じ人災である。

昭和39年、新幹線開通とともに華やかに開かれた、わが国のいけいけドンドンの成長戦略が

肉体的疲労の限界の、とどめを刺したのだ。 前兆はあったのです。阪神・淡路の大地震での

高速道路のあの瓦解!! 福島原発の建屋のあの惨めな惨状!!

        

技術力にまかせて造るだけ造り、あとのメンテナンスには労力を惜しむ・・・・これは、自民党の

驕り高ぶった政策のつけが、今頃・・・形として顕われたのである。

日本人が総懺悔し、反省しなければいけないこの時期に、絶妙のタイミングで結成された、

嘉田由紀子の「日本未来の党」は、来るべきして現れた・・・救国の団体である。

          野も山も

          枯葉のいろの深まりて 

          散るも散らぬも風にしたがふ

もう、急速な国の発展を願う「劇薬」はいらないのだ。由紀子ちゃんが提唱する「漢方薬」こそが

明日の日本を救うのである。 おだやかに、ゆっくりと・・・・足元を確かめながら、歩くことこそが、

私たちの、子や孫の世代への約束切符になるはずである、そう確信いたしますよ。

 


詩 ・ 「西郷輝彦」

2012年12月03日 | 詩歌・歳時記

私は西郷輝彦を知っている

電燈を消した空間に

私とステレオが向かい合う時

部屋はひそかに息づき始める

    

私の耳に響きあうのは彼の命

私の肌につきささるのは彼の情熱

電気メカニズムを通して達する声を

魂へと甦らすのはまさしく私だ

 

私は西郷輝彦を知っている

一滴の血を沸騰させるほど

音楽を肉体に圧して聞く時

時間と距離を超えて二人は対面する