わがひとの
嫁ぎ暮らせし里あたり
朝の虹たち冬はきたりぬ
就職した印刷会社を1年で辞めた。高卒と大卒の、初めからの仕事違いの決然さに絶望した。
ホワイト・カラーとブルー・カラーが最初から決められている世界、冗談じゃない。
油とインクと汗にまみれる日々は、私の本来の仕事ではない。
大阪・四ツ橋の「世界出版社」で、絵本のセールスの仕事を見つけたのだった。
南海の野球帽子傾けて
吾子の投げ来る
球のうれしさ
毎朝、マイクロ・バスで大阪の各地へ連れてゆかれ、カバンに秘めた「ABCブック」という
絵本を売って歩く商売である。この絵本に惚れたんだね。
A巻は「アップル」・・・ウイリアム・テルの物語。
B巻は「バード」・・・・・青い鳥のお話しさ。
C巻は「キャット」・・・・長靴をはいた猫、という具合でした。
絵もさ毎巻、パステル画、油絵・・・・無名の頃の岩崎ちひろの絵もあった、素敵な本でした。
一冊330円、それが報酬で三冊売れれば、ひと月なんとか食っていけた時代でした。
次号からは、私たちが書いた地図を頼りに、配本係りが配るというシステムでしたね。
雨が降れば、堺の大団地への上り降り。 普段は文化住宅の密集する地域へのセールスでした。
「御免ください」と玄関をあけたなら、シュミーズ1枚・・・大股開きでうたた寝している、おばはんに
めんくらったこともありました。すぐさま股間が熱くなる年頃。よくぞ、事件をおこさなかったものと
今頃安堵いたしております。
子供たちに本を読ませたい!! 若気の至りの熱弁のすえ、奥様が契約書にハンコを押して
くださる寸前、奥の間から、夜勤から寝覚めた旦那が起きてきて
「子供に本なんか、必要ないわい」と、一喝されて・・・・悔し涙にもくれました。
賑わひの去りし漁村や桐は実に
生きることに必死で、ひたむきに明日だけを観ていた日々。
若かったあの頃を、写真のネガのように落ち着いて振りかえらせてくれる、
「ABCブック」であることです。