(また少し順番が逆になりました)
暖かい冬ですが、ようやく平年並みの気温になり、冬らしさを感じるようになりました。
余り寒くならない内に、西国33ケ所霊場巡りの残っている所への拝観をと思っており、家の都合から言えば、7日か8日が良いのですが、後は天気次第と考えていました。
7日に通常通り起きて、天気を調べると何とか今日の方が良さそうとのことで、急遽出発を決定。
自転車を天神橋6丁目駅近くに預けて、地下鉄で北浜に向かい、そこから京阪電車で5条駅まで行って六波羅蜜寺と清水寺を回り、四条界隈で昼食後に京阪で神宮丸太町駅まで行って行願寺と六角堂と計4寺を回ることにしました。
有難いことに今日のコースは近くに集中しており、清水寺以外は境内もそれ程広くないので、何とか4寺を周り、途中で出来るだけ色々な場所にも寄りたいという欲張りコースとなりました。
今日回ったコースの順に、紹介します。
<六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)>
真言宗智山派の寺院で、山号は補陀洛山といい、西国三十三所観音霊場の第17番札所になっています。
踊り念仏で知られる市聖(いちひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立しましたが、空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称したようです。
名称の「六波羅蜜」は仏教の教義に由来しますが、この地を古来「六原」と称したことに由来するとも考えられています。
(六波羅密寺とする表記がちょいちょい見受けられますが、これは誤字のようです)
また、この寺院は平家とも非常に関係が深く、平安後期に平忠盛が当寺内の塔頭に軍勢を止めてより、平清盛・重盛に至り、広大な境域内には権勢を誇る平家一門の邸館が栄え、その数5,200余りに及んだとされています。特に平清盛は六波羅殿とも呼ばれていて、境内に清盛公塚があります。
寿永2年(1183)平家没落の時兵火を受け、諸堂は類焼し、独り本堂のみ焼失を免れたが、その後も何度も焼失し、一時廃れていたが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となったとのことです。
いつもは寺院に行っても本尊や仏像類には余り注意を払う方ではないのですが、今回は本堂での参拝を済ませた後、宝物殿に寄りました。
というのは、この寺院には有名な空也上人立像や運慶の弟子たちの手になる多くの仏像が展示されているのです。
空也上人立像は写真で見た通りに膝を出した粗末な衣服に草鞋を履き、胸に鐘を下げ、右手に撞木をそして左手に鹿の杖を撞く姿で、念仏を唱えるため小さく開いた口からは6つの阿弥陀小仏が出ているという姿でした。なお、この6つの阿弥陀小仏は『南無阿弥陀仏』を表しているとのことです。
<清水寺>
京都を代表する有名寺院で、最近は年中観光客で溢れており、出来れば行くのを避けたいという人も結構多いです。
私もその一人なのですが、今回は西国33ケ所霊場回りの一環として立ち寄りました。
余りにも有名過ぎて、今までその歴史なども調べたことがなかったのですが、今回改めて調べてみると、
現在は北法相宗大本山を名乗り、山号は音羽山で、西国三十三ケ所観音霊場の第16番札所になっています。
“現在は北法相宗大本山を名乗り”というややこしい表現をしたのは、調べてみるとこの寺院の宗旨は、当初は法相宗だったが、平安時代中期からは真言宗を兼宗し、更に明治時代初期に一時真言宗醍醐派に属するが、明治18年(1885年)に法相宗に復し、その後昭和40年(1965年)に当時の住職大西良慶が北法相宗を立宗して法相宗から独立したとい複雑な経緯があるようです。
また、寺伝では、宝亀9年(778)延鎮が開山し、延暦17(798)坂上田村麻呂が創建となっていますが、この坂上田村麻呂は私が興味を持っている人物です。
話は少し逸れますが、私は福島第1原発の事故以降、かっては蝦夷(エミシ)と呼ばれていた時代の東北地方を舞台にした作品を数多く執筆している高橋克彦氏の小説を良く読んでいますが、その小説「火怨」の中で主役とでもいうべきアテルイ(阿弖流爲)とモレ(母禮)に理解を示しつつも対抗せざるを得ない征夷大将軍となった人物が坂上田村麻呂なのです。
今回帰宅後に知った所では何と、この寺院と関係の深い坂上田村麻呂のゆかりから平安建都1200年を期して1994年にアテルイとモレの慰霊碑 が寺院内に建立され、碑面には「北天の雄 阿弖流爲 母禮之碑」とある由です。次の機会には是非立ち寄りたいと思っています。
それはさておき、今回の清水寺も沢山の人で溢れていました。
インバウンド、修学旅行生、それに名残りのモミジを求める人たちなどで、清水坂の途中からスムースには歩けないような状態で、急いで本堂での参拝を済ませて退散しました。(まさ)
追記:毎年清水寺では漢字能力検定協会主催の「今年の漢字」というのが年末に発表されていますが、先程のTVで今年の漢字は“災”になったようです。
<六波羅蜜寺>
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入口
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寺院の表示
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正門と門碑
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本堂
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平清盛の塚(左)
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空也上人立像(「仏像リンク」のホームページより)
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6つの阿弥陀小仏のアップ(同上)
<清水寺>
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仁王門・西門・三重塔が見える付近では沢山の人です
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三重塔
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轟門(中門)
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紅葉の山と子安塔
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音羽の滝を上から見下ろす
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境内の紅葉
暖かい冬ですが、ようやく平年並みの気温になり、冬らしさを感じるようになりました。
余り寒くならない内に、西国33ケ所霊場巡りの残っている所への拝観をと思っており、家の都合から言えば、7日か8日が良いのですが、後は天気次第と考えていました。
7日に通常通り起きて、天気を調べると何とか今日の方が良さそうとのことで、急遽出発を決定。
自転車を天神橋6丁目駅近くに預けて、地下鉄で北浜に向かい、そこから京阪電車で5条駅まで行って六波羅蜜寺と清水寺を回り、四条界隈で昼食後に京阪で神宮丸太町駅まで行って行願寺と六角堂と計4寺を回ることにしました。
有難いことに今日のコースは近くに集中しており、清水寺以外は境内もそれ程広くないので、何とか4寺を周り、途中で出来るだけ色々な場所にも寄りたいという欲張りコースとなりました。
今日回ったコースの順に、紹介します。
<六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)>
真言宗智山派の寺院で、山号は補陀洛山といい、西国三十三所観音霊場の第17番札所になっています。
踊り念仏で知られる市聖(いちひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立しましたが、空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称したようです。
名称の「六波羅蜜」は仏教の教義に由来しますが、この地を古来「六原」と称したことに由来するとも考えられています。
(六波羅密寺とする表記がちょいちょい見受けられますが、これは誤字のようです)
また、この寺院は平家とも非常に関係が深く、平安後期に平忠盛が当寺内の塔頭に軍勢を止めてより、平清盛・重盛に至り、広大な境域内には権勢を誇る平家一門の邸館が栄え、その数5,200余りに及んだとされています。特に平清盛は六波羅殿とも呼ばれていて、境内に清盛公塚があります。
寿永2年(1183)平家没落の時兵火を受け、諸堂は類焼し、独り本堂のみ焼失を免れたが、その後も何度も焼失し、一時廃れていたが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となったとのことです。
いつもは寺院に行っても本尊や仏像類には余り注意を払う方ではないのですが、今回は本堂での参拝を済ませた後、宝物殿に寄りました。
というのは、この寺院には有名な空也上人立像や運慶の弟子たちの手になる多くの仏像が展示されているのです。
空也上人立像は写真で見た通りに膝を出した粗末な衣服に草鞋を履き、胸に鐘を下げ、右手に撞木をそして左手に鹿の杖を撞く姿で、念仏を唱えるため小さく開いた口からは6つの阿弥陀小仏が出ているという姿でした。なお、この6つの阿弥陀小仏は『南無阿弥陀仏』を表しているとのことです。
<清水寺>
京都を代表する有名寺院で、最近は年中観光客で溢れており、出来れば行くのを避けたいという人も結構多いです。
私もその一人なのですが、今回は西国33ケ所霊場回りの一環として立ち寄りました。
余りにも有名過ぎて、今までその歴史なども調べたことがなかったのですが、今回改めて調べてみると、
現在は北法相宗大本山を名乗り、山号は音羽山で、西国三十三ケ所観音霊場の第16番札所になっています。
“現在は北法相宗大本山を名乗り”というややこしい表現をしたのは、調べてみるとこの寺院の宗旨は、当初は法相宗だったが、平安時代中期からは真言宗を兼宗し、更に明治時代初期に一時真言宗醍醐派に属するが、明治18年(1885年)に法相宗に復し、その後昭和40年(1965年)に当時の住職大西良慶が北法相宗を立宗して法相宗から独立したとい複雑な経緯があるようです。
また、寺伝では、宝亀9年(778)延鎮が開山し、延暦17(798)坂上田村麻呂が創建となっていますが、この坂上田村麻呂は私が興味を持っている人物です。
話は少し逸れますが、私は福島第1原発の事故以降、かっては蝦夷(エミシ)と呼ばれていた時代の東北地方を舞台にした作品を数多く執筆している高橋克彦氏の小説を良く読んでいますが、その小説「火怨」の中で主役とでもいうべきアテルイ(阿弖流爲)とモレ(母禮)に理解を示しつつも対抗せざるを得ない征夷大将軍となった人物が坂上田村麻呂なのです。
今回帰宅後に知った所では何と、この寺院と関係の深い坂上田村麻呂のゆかりから平安建都1200年を期して1994年にアテルイとモレの慰霊碑 が寺院内に建立され、碑面には「北天の雄 阿弖流爲 母禮之碑」とある由です。次の機会には是非立ち寄りたいと思っています。
それはさておき、今回の清水寺も沢山の人で溢れていました。
インバウンド、修学旅行生、それに名残りのモミジを求める人たちなどで、清水坂の途中からスムースには歩けないような状態で、急いで本堂での参拝を済ませて退散しました。(まさ)
追記:毎年清水寺では漢字能力検定協会主催の「今年の漢字」というのが年末に発表されていますが、先程のTVで今年の漢字は“災”になったようです。
<六波羅蜜寺>
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入口
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寺院の表示
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正門と門碑
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本堂
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平清盛の塚(左)
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空也上人立像(「仏像リンク」のホームページより)
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6つの阿弥陀小仏のアップ(同上)
<清水寺>
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仁王門・西門・三重塔が見える付近では沢山の人です
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三重塔
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轟門(中門)
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紅葉の山と子安塔
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音羽の滝を上から見下ろす
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境内の紅葉