スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

フィンエア 「北欧の旅」

2018-07-26 07:21:56 | 旅 ~海外

北欧3ヶ国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)へ

行って来ました。今回は8日間でなんと1,400枚の写真を

撮りまくりました。それを国別でこれから紹介していきたいと思います。

今回利用したのはフィンエア(フィンランド航空)。遠距離の旅は

最近どうしても足、膝にきてしまうので、ビジネスクラスを使いました。

成田からヘルシンキまでは行きで約9時間、ロシアを通過する

ルートです。座席は右側だった為、国内通過は

東北地方を眼下に見てのルート。座席が左側だったら、

ひょっとして埼玉浦和方面が見えたかも。

滑走路は発着待ちの飛行機が長蛇の列、前はANAで

数分おきにフライトしていく。到着便もあり

管制官は神経が休まる時がないだろう。

フィンエアのモニターには飛行機の下の部分もフライト中ずっと映していた。

飛行機が誘導路を走っているとポツンポツンと

外国人からみたら異様な風景と思われるエリアを通る。

空港内の未買収用地の1つで6棟ある団結小屋の1つ。

下の写真では分からないがこの中に住宅らしき建物が見えた。

もしそうだとしたら、どういう生活をしているのだろう?

眼下に広がる鹿島灘。海岸に寄せる白波がとても印象的だ。

左遠くに薄ら見えるのが銚子と犬吠崎だろう。

真ん中に写っているのが中央競馬の東日本地区における

調教拠点である美浦トレーニングセンター。いつも思うのだが

日本列島の緑は外国に比べてとても濃く感じる。

まだまだ日本には緑が残っている。

この機種はエアバスA350-900。これを運航するのは

フィンエアが初めてで、まだ真新しい機内だ。

フィンランド航空は1963年の事故以降一度も事故を起こしていない

世界的にも最も安全な航空会社と言われている。

ビジネスシートは全体的に白が基調で清潔感があり明るい。

この飛行機には充電用のコンセントもあった。これはとも便利だ。

シートベルトとノースモーキングの表示もよりリアルで

分かり易い。今まで見なかったパソコンの表示が新たに加わっていた。

行きの昼食カラスガレイ唐揚げ旨出汁餡生姜俵御飯。

前沢リカ監修。最近の機内食はかなり拘りが進んで

有名シェフなりがタッチしているケースが増えている。

帰りの便はたぶんフィンランド人が監修した和食があったが

やはり和食が分かっていないような料理だった。

このパネル表示は顧客の気持ちをよくつかんでいて

とても良い。出発から到着までの時間、食事スケジュール、

今どの辺りに居るのかとても分かり易く、表にしてある。

フライトしてほぼ5時間。眼下には無数の湖が見えた。

どうやらロシアからフィンランドの国境付近か。

エアバスA-350-900の翼とエンジン。翼の形がボーイング社のより

鋭角で先端がせり上がっているのが印象的でカッコイイ。

翼の先にはフィンエアーのマークが。

あまり良く撮れなかったが、フィンエアのキャビンアテンダントの

ユニフォームのデザインは、とてもシンプルでクラシカル。

修道女の服か、セーラー服とイメージが重なってしまった。

上空からヘルシンキの街を撮る。

フィンランド、ヘルシンキ、ヴァンター空港。日本から

北欧への直行便があるのは、ヘルシンキとコペンハーゲンのみ。

北欧旅行はこの2空港をゲードウェイとして飛行機、

船舶、列車等を使って、地域内の移動を行う。

これが外から見たフィンエアのA350-900

ヘルシンキ・ヴァンター空港ターミナル内の光景。

日本と欧州を結ぶ最短飛行距離の空港である上に

乗り継ぎ所要時間も短いため、毎年多くの日本人観光客が利用している。

フィンランドといったらムーミン。空港ショップの中にも

ムーミンショップがあった。ムーミンの登場人物は

フィンランドだけでなく北欧に広がり色々な所でそのキャラクターグッズを見た。

フィンエアのグランドホステスのユニフォームもキャビンアテンダントの

ものと同じ。一生懸命仕事をしている姿はより美しい。

ノルウェー、オスロ・ガーデモーエン空港に到着。

ヘルシンキからオスロまでの所要時間は約1時間30分と近い。

ノルウェーは木材が豊かなのか、空港内もウッディな造りが

随所にあり、温かみを感じる。

ノルウェーの国旗は赤字に白の縁取りがなされた

インディゴブルーのスカンディナヴィア十字が描かれていた旗。

外国に行くとそれぞれ国旗の取り扱い方が違うので

そこからその国の何かを垣間見るのも海外旅行の1つの楽しみ方だ。


ドバイの人々・自然

2017-12-02 06:54:28 | 旅 ~海外

ドバイのアラブ人と言ったら女性に民族服にどうしても目がいってしまう。

女性の服はみな黒色でとても神秘的だ。顔を出している服はアバヤ、

目だけを出している服はブルガという。目力を強くするために特別な

化粧をするらしい。その為か、ドバイの女性は皆チャーミングに見えた。

男性の民族服はカンドゥーラといって女性とは真逆の全身白色。

頭に被っている布はクゥトラと呼ばれている。クゥトラは肩に掛かるように

垂らしてかぶるのがフォーマル。ターバンのように巻くのはカジュアル使用だ。

因みにドバイの総人口は277万人(2017年4月時点)

その内UAE国民は15%に過ぎない。

逆に一番多い外国人はインド人でなんと約半数の51%を占めている。

なんともいびつな構成でこれを見ても作られた国だと思う。

因みに日本人は約3000人が居住している。

行った日には旗の日に当たりこの日は人々がドバイ国旗を

手にしていたのが印象的であった。

ドバイ博物館の近くで鷹匠に遭遇。ドバイの遊牧民族だった人達は

鷹を持つことがステータスらしい。UAEの国鳥は鷹だそうだ。

ドバイには到る所にヤシの木(ジュメイラ)が植えられている。

これが決して青々としていない。なにか白っぽい。

砂漠の上に作られた国だから埃っぽいのは当然か。

だからこそ逆に緑をもとめてお金をかけて人工的に草木を育てている。

ご覧の様に花壇の下には水のパイプがどこも敷かれていた。

因みにドバイの水はみな海水を浄化して作っているとか。

誰かが言っていたが、ホテルの水もわずかに塩分の味がすると。

このように見ると下に水のパイプが通っているのが分からない。

下の芝生が茂りにムラがあるのはそのせいかもしれない。

上の鳥は自然の感じがするが、孔雀は人工的な感じがして、ドバイらしい。

街のあちこちにこのような鷹のオブジェが飾られていたが、

鷹が国鳥ということでなんとなく理解できた。

 

 

《ドバイの魅力》

ドバイはその多様性やビジネス機会を表現する言葉として

「202 nations 1 country」とよく言われる。世界には、

国家としての承認を得ていない国も含めて206の国があるとされているから、

ドバイには世界のほとんどが集まっていることになる。

世界中どこを探してもこんな都市は他にないだろう。

1970年代、石油も少ない、人口も少ない、面積も小さい、食料も作れない

知名度も全く無い。そんな何も無かった砂漠の田舎町は

アジア・欧州・アフリカ・中東地域の中心に位置するという

地理的優位性を武器に世界に先駆けて多くのフリーゾーン(経済特別区)を作った。

そして制度とインフラを整えて、世界中から多くの企業を

誘致し外貨を稼ぐという経済モデルにシフトした。そのモデルを

世界で一番早いスピード感を以て推し進めてきた。そのため

外国人が住みやすい環境づくりやビジネスのし易い環境作りは

重点政策として力が注がれ、世界から沢山の人達がドバイにやってくるようになった。

これが「202 nations 1 country」と言われる所以だ。

15作にわたってご愛読ありがとうございました。

 


アトランティク ホテル

2017-11-26 06:41:31 | 旅 ~海外

ヤシの木の人工島「パーム・ジュメイラ」の先端部分にある

5つ星の高級リゾートホテル「アトランティス・ザ・パーム」。

23階建てで部屋数は1539室、レストランは13軒もある。

開業は2008年で、運営はカーズナー・インターナショナル・リゾーツが

行なっている。ホテルの中に入ると雰囲気はディズニーシー的なリゾートホテルだ。

ここは伝説の大陸「アトランティス」をモデルにしたバハマのナッソーにある

アトランティス・パラダイス・アイランドの姉妹ホテルだ。

ドバイのホテル556軒中で111位のランキングだが、

トリップアドバイザートラベラーズチョイスアワードでは

2013年から5年連続受賞している。

エントランスを入るとショッピング街になっている。

どことなくテーマパークぽい感じがするホテルだ。

これは通路がクロスした所のドーム式天井に描かれたフレスコ画的な絵。

魚や海草など海の中の様子が描かれている。この写真だと

平面的に見えてインパクトが伝わりにくい。

この照明器具もこのホテルのイメージに合って素敵な雰囲気を創っていた。

写真で感じるよりかなり大きな器具だ。

ホテルの中に大きな水族館がある。ショッピングモール内にある

ドバイ・アクアエリア。客室の壁がこの水族館の水槽になっているところもあるとか。

アーチ形の水槽に囲まれた部屋もあるらしい。

水槽の中では潜水して魚に餌付けしているゲスト達も居た。

水槽の前にある休憩スペース。太い柱のデザインがすごい。

清水建設さんのセットでkaleidos cope というレストランでビッフェスタイルのランチ。

品数は豊富だが味の方はイマイチ。

デザートコーナー。流れるチョコレート、ゼリー、マシュマロ

箱は子供が見るとワクワクドキドキするだろう。

ケーキのディスプレイも随分考えている。

トイレの照明に付いているタツノオトシゴには目を見張ってしまった。

これがレストランの外の中庭から撮ったアトランティクホテル。

ピンク色の外壁が目に優しく、あたたかみを感じる。

ハワイのロイヤルハワイアンと一瞬イメージがだぶってしまうが

規模はずっとこちらの方が大きい。

これがアトランティクホテルの案内図。右端のドルフィンベイが

当ホテルの売り。イルカと一緒に泳ぐことができる。やはり、

知れば知る程ドバイはエンターテイメントを大規模に追求しているナーと思う。


ジュメイラビーチとパーム・ジュメイラ

2017-11-25 06:24:22 | 旅 ~海外

ドバイを象徴する超高級ホテルが建ち並ぶジュメイラビーチ。

このエリアは外国人で賑わい、おしゃれで洗練された雰囲気が漂っている。

このポンチ絵で説明すると右上のやしの木型の人工島が

パーム・ジュメイラ、その左隣が自称7つ星ホテルの

ブルジュアルアラブ、その左隣の海岸がジュメイラビーチ。

因みにさらに左内陸側のダントツに高い建物がブルージュハリファーだ。

黄昏時と日中のブルジュ(バージュ)アルアラブホテル。

ここは自称世間では7つ星ホテルという世界唯一の最高ランクホテルだ。

1994年から埋立を開始、ペルシャ湾に面する砂浜から

280m離れた海上に造られた人工島に1992年12月1日オープンした。

設計はイギリスのアトキンス社でダウ船の帆を模した

デザインで高さ328m70階建、全202室が全てメゾネットタイプだ。

ドバイのローズタワー(333m)ができるまでは世界最高の高さを

誇っていたシンボル的建物だ。建物上部(210m)にある

円状のヘリパットはゴルフ練習場や貸切テニスコートになっている。

そこでチェックインチェックアウトもできる。このホテルは目を見張る様な

吹き抜けになっているそうだが、残念ながら中に入る時間が無かった。

ここも我々が泊まっているホテルと同じ、ジュメイラインターナショナルが

所有、運営している。因みに宿泊料金は1人15万円~250万円というから驚きだ。

 

 

こちらはブルジュアルアラブの近くにある5つ星のジュメイラビーチホテル。

1997年にオープンした26階建てのホテルで598室と19の別荘がある。

設計はブルジュアルアラブと同じW.Sアトキンス。波形の建築で有名で

やはり宿泊ホテルと同じジュメイラが運営している。ここには

ワイルド・ワディ・ウォーターパークというテーマパークがある。

回転扉の中に花壇があるとはユニーク。ロビー吹き抜けの壁には

世界地図をデザイン化したディスプレィが目を引いた。

最近話題のビル、ホテル、レストラン等に行くと、照明器具に

どうしても目が行ってしまう。それだけ照明器具の空間における

存在感が大きいということだと思う。これもリゾートっぽくてイイじゃない。

ホテルの共有部分と外壁のライトアップが大胆に変化していくので

アップしてみたが、動画の方が分かりやすかったかな?

このホテルのプライベートビーチにあるLa Verand aという

イタリアンレストランで2日目の夕食をとった。海辺に吹く

さわやかな風が黄昏時の空と周囲の異空間の建物と相俟って

外国で感じる不思議な気持ち良さに成る。

ドバイの代表的なビーチリゾートがここジュメイラ・ビーチ。

このエリアにはスーク・マディナ・ジュメイラを筆頭に

大型ショッピングモールも続々登場。現在も建設ラッシュが続いている。

人工衛星から見える唯一の人工島群「パーム・アイランド(パームジュメイラ)」。

パームジュメイラはヤシの木のような形をしている。

この発想は首長が「こんなのできたらいいネ。」と言ったところから

始まったらしい。幹に当たる部分から、枝に当たる部分が

16本延びている。周囲は全長11kmの三日月形の防波堤に

取り囲まれている。敷地は5k㎡であり、その面積は

サッカー競技場で800面以上になる。幹の根元は本土と300mの橋で結ばれている。

ポンチ絵で言うと、この通りは幹の部分。絵で見ると細い通りだが

実際はこんな広い道路だ。これを見てもこの人工島がいかに大きいかが分かる。

やはり幹のやや先の所に建っているマンション。万が一、

東日本大震災クラスの津波が来たらどうしようもない。

最もドバイは地震の無い都市だから、そんな心配は必要ない。

ペントハウスがモスクの様なデザインになっているのが特色だ。

ちょっと分かりづらいがヤシの木の枝の部分に建っている住宅。


ドバイ博物館

2017-11-24 06:17:35 | 旅 ~海外

1971年に開業したドバイ博物館。1787年に建造された

アル・ファヒディ砦の一部を利用したもので、ここは首長の居住場所だった。

この建物はドバイに現存する一番古い建物で、30分でドバイの歴史が

一気に学べるドバイツアーの定番的存在だ。

外には古代からアラビア海、インド洋で活躍した伝統的な

木造帆船「ダウ船」がモニュメントとして展示してある。

このダウ船は現在でも造船しているらしい。

入口の扉はまるで堅牢な要塞のようだ。

昔の首長もこの様な粗末な椰子の家で生活していた。タワーみないなものは

ウインドタワーで熱気が下りると冷却される仕組みになっている。

この砦はその後刑務所になり、そして統治者の住居、政府になった。

現在は博物館となり、年間で100万人以上来場している。

昔のドバイにはフラミンゴが生息していたらしく、その剥製が

空を飛んでいるのが如く展示してある。

1930年代から1990年代まで変わったドバイの歴史、街の風景が

パネルで分かりやすく展示してある。1966年に海底油田が

発見され、1979年から高層ビルが建ち始めた。こんな短時間で

こんなにも変わってしまうものかとドバイのダイナミズムに驚きを覚える。

伝統的な王様の衣装、昔のスーク(市場)の様子や、人々の生活

砂漠やオアシスの日々、真珠の歴史などを蝋人形を使って

ドバイの発展の模様を展示している。

最後にスーベニアショップに出てくる。

 

こちらはオールドドバイアルファヒディ歴史地区(バスタキア地区)を散策。

ここを歩いて行くと時間を超えて昔のアラブの街に迷い込んだ気分になった。

城壁の壁は一見するとブロック状の石を積んで造ったようだが

よーく見ると珊瑚の化石を積んで出来ている。

狭い道幅に同じ色彩の古い建物が迷路の様に続いている。

近代都市ドバイの中でここだけは歴史を感じさせる施設で、

今中東にいるんだという実感が湧いてくる。

日中は11月というのに40℃を超える直射日光。涼を求める為の

パティオが必要なのがよくわかる。因みにドバイでは雨が降るのは1年で3日位だそうだ。

隣りにはモスクが見えた。UAE国民のほど全てがムスリム(イスラム教)で

あるが約78%がスンニ派で22%がシーア派となっている。

スンニ派とシーア派の違いは大きく5つ。

1、後継者についてシーア派は預言者ムハンマドの義理の息子に

対して、スンニ派は指導者は世襲される必要がない。

2.義理の息子イマーム・アリーとその子孫をシーア派は崇拝し

年に1度巡礼する。

3.イスラム教社会の約90%はスンニ派。中東諸国の政権は

2派に分かれている。イランとイラクはシーア派でUAEはスンニ派。

4.礼拝スタイル スンニ派は両腕を組んで、日に5回拝礼、シーア派は

腕を組まないで日に3回拝礼。

5.シーア派の方が階層構造による統制が強く、生存する

宗教指導者らを信奉している。スンニ派は過去の宗教指導者たちが

記した学術書物に従っている。


アラビアン市場 スーク

2017-11-23 07:05:15 | 旅 ~海外

ここはドバイ・オールド・スークの入口門。スークとは市場のこと。

ドバイには大きなスークが3つある。そこを今回は紹介しましょう。

近未来都市ドバイの中でこのエリアは我々から見て最も中東の

雰囲気が感じられる1つだ。

スークがあるディラ地区は伝統的な建築様式の家やモスクが広がり

シルクロードの重要な中継地点として発展してきた昔の街並みが続いている。

ドバイ・オールド・スークはテキスタイル。スークとも呼ばれ

世界各国から輸入したカラフルな生地やドレスの取り扱いが多く

特にパシュミナやシルクのストールは女性のお土産に喜ばれている。

他にハンドメイドのバック、服飾雑貨、民芸品などが売られている。

ここには多くの日本人観光客が多く来ているのだろう。

多くの店員が「オカチマチ」と訳の分からない掛け声をかけて

かなり強引に売りつけてくる。なかにはここに書けないような

下ネタの話をしてくる。彼らは意味が分かっているのだろうか?

まるで押し売りみたいで、追払うので大変だった。

男性の民俗服、カンドゥーラ。この衣装は全身真っ白。

頭部は白い布(グトラ、クーフィーヤ)で覆われている。

中にはこの人形の様に赤と白のチェック模様もあり、

男性にも装いの細かな違いがある。

 

 

ドバイ・オールド・スーク入口の前には、ドバイに欠かせない風景のひとつ

美しいカーブを描きながらアラビア湾へ流れるクリーク(運河)がある。

ここから渡り船アブラに乗って対岸の2つのスークへ移動した。

両サイドがベンチスタイルの本当に簡単な船で真ん中に船長がいる。

クリークを沢山の船が行き来して、衝突でもしたら大変な事故になるだろう。

ものの15分位で向こう岸に着岸。スパイク・スークに向かう。

ここが人気のディラ地区にあるディラ・オールド・スーク、

別名スパイス・スークだ。エキゾチックな香りに包まれ、日用雑貨や

スパイスの量り売りをしている店舗が多く集まっている。

胡椒、カレーパウダー、香りの豊かなシナモンスティック、

高価なサフランなどアラビア料理には欠かせない香辛料をはじめ

ドライフルーツやナッツ類、エスニックな香りの乳香などが売られている。

ドバイにはドバイ人、パキスタン人、イラン人などが大勢生活しており

このスークが賑わうのは当然か。

スパイススークから歩いて5分すると、ゴールド・スークに到着。

ここは金、シルバー、宝石などを扱うジュエリ―・ショップが

約300軒程ひしめき合っている。ここでは次の予定が押していた為、

通りをちょっと歩いただけで終わってしまった。

この店の店頭にはクレオパトラが身につけそうなキンキンキラキラの

ネックレスなどが飾ってあった。時間が無かった為、聞くことが出来なかったが

おそらく数百万円から数千万円。ひょっとしたら億単位の代物かもしれない。

どうやら価格は金の重さをベースにデザインと細工手間で決まるみたいだ。

ここマルハバは良心的な店だとガイドさんから紹介を受け

翌日又来ることにした。ガイドさん曰く、ドバイでは日本より安く

ゴールドを購入することができる。交渉次第では2~3割安くなるとか?

ゴールド・スークではオールド・スークと違い押し売りする様な

店員はいなかった。今回の旅でショックを受けた1つに我々をみて

いつも「ニイハオ」と言われたことだ。必ず我々はジャパニーズで

「こんにちは」だと言って来たが、いかに中国の進出がすごいのか

このことをみても感じた次第です。こういえば、中国人の団体が

何組か居たが金大好き人間の中国人がここでも爆買したのだろう。

翌朝のゴールド・スークの風景。まだほとんどの店が閉まった中

半分冷やかしで開店していた店に入り、ブロークンイングリッシュで

「ディスカウントプリーズ作戦」開始。

同じグループの女性からの情報で伊勢丹にも入っている

ブランドの店に突入。あの手この手の営業トークでディスカウントを迫ったが、

ガイドさんの話とは違って5%以下にはびた一文下げない。

ここのは「damas」というブランド。ヨーロッパ風からアラビア風まで

デザインが洒落た商品が豊富な店だった。

やはりドバイでショッピングを楽しむならスーク巡りは外せない。


エミレーツモールとドバイモール

2017-11-22 06:29:59 | 旅 ~海外

税金がかからないドバイはまさに買物天国。市内には

96軒のショッピングモールがあるとか。現在も建築中のものもあり

ショッピングに関しても驚愕の街だ。

(近々に消費税5%が導入される予定とか)

砂漠に行ってスキーを楽しむなんて想像したことがありますか?

エミレーツ モールにあるスキー・ドバイは中東で最初に

開設された世界一の屋内スキーリゾートだ。スノーボードや

トボガンを楽しむ人達のためのフリースタイルエリアの他に

初心者用から夜間滑走まで、難易度の異なる5つのコースに

広がる22,500㎡もの雪山が待っている。雪の洞窟。

トボガン用スロープ、チューブライドを完備した3000㎡の広さの

スノーパークもある。アルペンカフェでは、マイナス4度の寒さの中で

温かいホットチョコレートを飲んだり、毎日恒例のスノーペンギンが

集団でマーチする光景を楽しむことができる。

階段状でない平らなスロープ状のエスカレーター。この手のエスカレーターは

あまり見たことがない。下りはちょっと前のめりになってしまっていかがなものか。

モール・オブ・ジ・エミレーツ(エミレーツ・モール)は2005年11月にオープン。

中東では2番目の規模を誇り、2010年には3100万人が来場した。

駐車場も4000台も入れる。開放感が心地いいショッピングモールだ。

エミレーツモールの中にはスーパーマーケットもあった。ここはフランスパリ近郊に

本社がある「カルフール」。日本には2000年上陸したが

2010年に撤退した。ペルシャ湾に面しているドバイの鮮魚が見たくて売場へ。

海老類が豊富、サーモン中心に切身コーナーもあった。

鮮魚コーナーの隣りにはパック入寿司が沢山あった。

巻物が中心だが握りもある。やはり寿司は世界に広がっているのを実感した。

こちらは香辛料のコーナー、その種類たるや約50種類程ある。

人口の50%位がインド人の国というドバイではなるほどと思う。

尚、焼酎を探していたが、焼酎どころかアルコール類は一切売っていなかった。

この買物カートは日本では見たことがない。とてもお洒落ですぐ目に止まった。

こちらは2008年10月30日にオープンした世界一の規模のドバイモール。

総面積は約111.5万㎡(約3万7800坪)。屋内フロア約55万㎡(約1万6700坪)。

東京ドームの23個分の広さだ。4階建てで駐車台数はなんと1万4000台もある。

店舗は1200店が入店しており、2014年度は8000万人が来店した。

さらに現在93000㎡(約2万8000坪)の拡張工事に着手しており、

年間1億人のお客を迎える計画だそうだ。

ドバイモールの3階には、1000万リットル入る世界最大の水槽を有する

ドバイ水族館がある。因みに水槽は、日本企業の日ブラ㈱製だ。

33000匹の水生動物が生息しており、

サンドタイガーシャークの保有数は世界一だそうだ。270度頭上を見渡せる

48mのウォークスルートンネルの散歩が出きる様だが、

広いモール内を歩き疲れてここはパスした。

帰り際に化粧品コーナーでモデルの撮影会をやっていたのでパチリ。

この様なスタイルのアラブ人はなかなか見ることができない。

 


アラブ首長国連邦ドバイ事情

2017-11-17 07:00:59 | 旅 ~海外

アラブ首長国連邦(略称UAE-United Arab Emirates)はアラビア半島の

ペルシャ湾に面した地域に位置する7つの首長国からなる連邦国家だ。

東部はオマーン、南部、西部ではサウジアラビアと隣接する。

首都はアブダビ、最大の都市はドバイ。政治のアブダビ、経済のドバイと

言われている。1971年12月2日イギリスから独立し、通貨UAEディルハム。

たまたま、ドバイに居た11月3日はUAEではナショナルフラックディという

国旗に敬意を払う日に当たって、街中到る所、国旗で溢れていた。

ドバイは1971年(昭和46年)に建国されたドバイ市のみで首長国を

構成している事実上の都市国家だ。人口は約244万人(2016年1月)。

ドバイの随所にこの様な民族服を着た歴代首長の額が飾ってある。

1人は創設者のザイード・ビン・プティ・アール・マクトゥーム

もう1人は現在の首長であり、UAEの副大統領、首相も兼務している

ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーンだ。

ドバイは1830年代にアブダビから移住してきたマクトゥーン家がドバイ首長国を建国した。

これがドバイの自動車ナンバープレート。数字は5桁。

アラビア語をこんな所に書き込むのは難しいのではないか?

路上駐車の仕方は日本と違って斜目横に駐車しているのが興味深くて

撮ってみた。因みにドバイのガソリン価格は産油国の恩恵を被って

リッター40~50円位と言ってた。日本の3分の1位でこの差は大きい。

ドバイの交通機関は基本的には車。朝、夕方の通勤ラッシュ時の渋滞は

大変なものだ。そこでこの万年渋滞を解消する為に

2009年地下鉄(Dubai Metro)が導入された。デベロッパーは

ドバイ政府道路交通局。設計施工は日本の企業連合が取り組んでいた。

(三菱重工、三菱商事、大林組、鹿島、Yapi企業連合。)建設期間は

2005年8月から2010年3月まで、レッドライン(29駅)とグリーンライン(20駅)の

2つの路線で全長は52.1㎞。レッドラインのオープン日時は何かの意味があるのだろう

2009年9月9日9時9分9秒だったそうだ。尚グリーンラインの

オープンは2011年9月。因みに2020年にエキスポがドバイで開催される予定で

そこに向けて延長ライン工事が開始した。そんなメトロに1回乗ってみようと

ゴールドスークの近くの駅からホテルのあるエミレーツタワー駅まで乗ってみた。

5枚目の写真がその時の切符。因みに車輌は5輌の内

ファーストクラス車輌はゴールド車(VIP)(8枚目の写真)。

女性専用の車輌もあった。(9枚目写真) 途中乗換えたターミナル駅のホームは

ご覧の様に派手な床(10枚目)、エスカレーターの所の照明器具は

シャンデリア(11枚目)でお金がかかっている。

駅構内はクーラーがガンガン効いていて寒い位だった。

それ以外の交通機関としてモノレールもある。ジュメイラモノレールは

中東初のモノレールであり、人工島群のパームアイランド中にある

パーム・ジュメイラと対岸のジュメイラ地区を結ぶ、5.45㎞の路線で

2009年4月に開業した。ここには丸紅が出資している。

他に2014年11月11日に開業した路面電車ドバイ・トラムがある。

路線距離は10.6㎞でドバイ・マリーナ地区を走り駅数は11ある。

砂漠に創られたドバイは緑を大事にする考えがあり、

この高速道路のピアにも奇妙な樹木を模した造りになっている。

これは日本ではナニコレ珍百景に選ばれること間違いない。

この住宅の意匠は街並みを車窓で見た感じでは一般的なデザインだ。

後日アップする予定の旧市街地の古いドバイの建物の影響を受けている様だ。

ドバイは昔、漁業や真珠の輸出を産業とする小さな漁村だった。

この地にバニーヤース部族のマクトゥーム家が1830年代に

移住してきてから国の歴史が始まった。真珠産業は日本の

御木本幸吉による養殖真珠開発の成功によって大きく打撃を受けた。

20Cイギリスの中継貿易港となり、1960年にドバイ沖で

海底油田が発見され、大きく変化した。1970年代からは

約20年間で石油依存率を半分以下に減らし、外資を

積極的に導入してGDPを約30倍伸ばし「中世から近世への急変」

摩天楼の連なる幻想的な都市国家へ生まれ変わった。

 

 

国際色豊かで外国人人口が80%強のドバイもれっきとしたイスラム教国。

ホテルの部屋の天井にメッカの方角を示した矢印が

さり気なく記されていて、部屋のタンスの中に礼拝用の小さな絨毯が

置いてあったのには驚いた。

かつて砂漠のドバイに10年程前から次々とゴルフ場が誕生した。

ここ世界のゴルファ憧れの「エミレーツゴルフクラブ」では

あのタイガーウッズもプレイしたチャンピオンコースで

手入れが行き届いた素晴らしいコースのようです。

 

ヘナという植物で皮膚に模様を描くボディアートどうやらインドから

来たらしい。これはガイドさんの手で1週間は消えないらしい。

ドバイで至る所で見かけたラクダの彫刻。とても気に成ったが、

どういう企画なのか分からない。知っている方はコメント下さい。

 

 


羽田から香港経由ドバイへ空の旅

2017-11-16 07:03:34 | 旅 ~海外

業界視察研修でアラブ首長国連邦(略称UAE)ドバイに行って来た。

行きは羽田から香港まで4時間。香港からドバイまでは9時間の空の旅。

昔トランジットでは中東の国へは降りたが、訪問したのは初めて。

イスラムの国はある意味興味津々。どんな旅が待っていることやら?

ちょっとぼやけてしまったが、左に張り出しているのが知多半島。

右が知多湾、左が伊勢湾。

これははっきり撮れた中部国際空港(愛称セントレア国際空港)。

常滑市にある24時間運用可能な国際空港で2005年2月に開港した。

2000年8月に起工式を行ない、伊勢湾を埋立て3500mの

滑走路を有する海上人口島の空港。

紀伊半島に差し掛かるとこの一帯のみの山々が茶色に色が

変わっていた。奈良県の奥地高野山のあたりか。きっと紅葉が始まったのだろう。

これは明らかに鹿児島県の桜島。噴煙がたなびいているのが良くわかる。

晴れた日に日本上空から見ると頭の中に地図が駆け巡り、興味が尽きない。

香港の街並。下が香港島で上が九龍半島か。実は46年前、

初めて海外の街を飛行機の窓から見たのが香港だった。

その当時はビルとビルの間にあった啓徳空港。ビル群をすれすれの高さで

飛行して着陸する通称「香港アプローチ」の迫力にはビックリしたものだ。

アジアを体表するハブ空港として1998年7月に開港した

香港国際空港(機場)。現地では啓徳空港と区別する意味で

チェクラップコク国際空港とも呼ばれている。この空港はイギリス統治下に

おける最後の大事業で6年の歳月と200億ドルの巨費が投じられた。

「最も高価な空港」としてギネス世界記録に認定された程だ。

1960年開港したドバイ国際空港。ここは欧州との連結拠点・南米、

アフリカ大陸を結ぶ世界最大規模のハブ空港で2014年ロンドン

ヒースロー空港を抜いて世界一になった。ここは年間9000万人の

利用者があり、エミレーツ航空の本拠地でもある。

2016年2月に第4ターミナル(コンコースD)が開業。

4個の国際線乗りぎターミナルがある。

空港内でイスラム国ならではの表示を見つけた。モスク表示で

イスラム教の国家では空港各ターミナルに祈祷室(プレイヤールーム)が設けらえている。

これは帰路に撮ったドバイの夜景。

満月に近い月夜のアラビア海(ペルシャ湾)とドバイの街。


アトランタの人々と自然

2017-07-12 07:10:00 | 旅 ~海外

夜遅くホテルのチェックインするとロビーでラップのDJ付のロックが

結構大きな音響で流れていてビックリ。初めて南部の町に来た第一印象は

強烈だった。前のブログにも書いたが市内がの黒人比率は30%。

夜はなんとなく不気味だ。

スーツケースを部屋で解き、軽くシャワーを浴びて遅い夕食に出る。

ガイドさんの案内で近くのレストランというよりはスポーツバーみたいな所へ。

大きなTVではプロバスケをやっていた。時折大歓声が起こりビックリしてしまう。

ここも黒人とヒスパニックが圧倒的に多い。やはりここはN.Y、L.Aではない。

南部アトランタだ。

習慣の早朝散歩で街に出ると、本格的なジョギングスタイルをして

ランニングしている人がかなりいた。しかも、腕に何かを計測するのか

計測器みたいなものを巻いている人が半分位いた。やはり朝は健全で気持が良い。

それにしてもアトランタの町の街路には草花が植えられ、とても整備されており、

ゴミも落ちてなく、美しいのには驚いた。最近行った海外の町は

どこも汚いのにここは別格だ。

ビルが建っている大通りを歩いていくとリスを発見。ちょっとした

茂みの中をチョロチョロしていた。後程、ガイドさんに聞いてみたら

アトランタではリスは害虫扱いだと言っていた。

早朝散歩をしていたら、街路樹の一角に白い花を咲かした並木があった。

気に成ったのでそばに行ってズームで撮ってみた。

これはサルスベリ(百日紅)の木だ。

今回の旅ではなぜか白人より黒人の方にファインダーが向いてしまう。

この1枚もストーンマウンテンパークの頂上で別にどうという写真でも

ないが撮ってしまった。

この花はビストリックスクエアの中で見た、香りの強い花。

その時は新鮮に感じたのだが。

ホテルの前でビックリして思わずシャッターを押してしまった。

ものすごいお尻だ。これはセクハラの一枚か?

ショッピングモール「レノックス スクエア」の中でダンスのTVゲームを

やっていた黒人の少年。あまりにリズム感が良く、ダンスが板について

いたのでパチリ。本当は動画に撮ればよかったかも。

これもセクハラの一枚です。本当は4人が縦になって堂々歩いている所を

横から撮りたかったのですが、シャッターチャンスをのがして

縦になってしまった。日本では見たことのないデブが4名。迫力があったナー。