砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

Steely Dan「Aja」

2017-09-04 15:13:16 | アメリカの音楽


悲しいのでブログを書きます。追悼の思いも込めて。
好きなアーティストが亡くなるのは決して珍しいことではありません。特にミュージシャンは、フジファブリックの志村やミッシェルのアベフトシのように、若くして亡くなる人も多いですよね。当然、年をとれば亡くなる人も増えていくものです。
そういえば百人一首にこんな歌があります。

誰をかもしる人にせむ高砂の
松も昔の友ならなくに


現代語訳すると「いったい誰を知る人(友人)にしようか、(長寿で有名な)高砂の松も、昔からの友人ではないのに」という歌になります。これをさらに補足して解釈すると「年をとって知り合いと呼べる人はずいぶん亡くなってしまった。今の私はいったい誰を友人としたらいいんだろう。長寿の高砂の松、お前くらいしかいないのだろうか。お前もきっと孤独なことだろう。ああ、独りになっていくのは本当に悲しくて寂しいことだなぁ…」といった具合でしょうか、古典は苦手なのであてになりませんが…(苦笑)

たとえ一方的にでも知っている人が亡くなるのは、どんなに相手との距離があっても心にちくりとくるものです。長生きするとそのぶん好きな人たちがどんどん死んでしまうのだよな、いやだなあ。
そんな前置きはいいとして。今日紹介するのはSteely Dan(スティーリー・ダン)というアメリカのジャズ、ロックバンド。最初は複数のメンバーがいたのですが、途中からはドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人組となります。そして昨日、ギターのウォルター・ベッカーが亡くなりました、67歳でした。悲しい…。

彼らは一言でいうと「職人」です。そんじょそこらの職人ではありません。「いかん!!」「ちがう!!」とか言いながら、納得いくものができるまで何度も壺を壊すような職人です。人間国宝です、世界遺産です、国連事務総長です、最後のは違います。
この『Aja』を出したあたりから、曲の完成度に対するこだわりが特に強い気がします。前作の『Royal Scam』もギターにラリー・カールトンを筆頭に多くのプロ・ミュージシャンが参加し、非常に良い作品でした。しかしこの『Aja』は段違いです。曲の展開はすごいし、音のひとつひとつが綺麗だし、アルバム全体のバランスも完璧と言っていいくらいでしょう。
きっと、時間も精神力も費やしてストイックに作りこんでいたのだと思います。そうなると強いストレスがかかり、酒やドラッグにおぼれていくもの。ということで彼らはこのあと『Gaucho』という、これまたすごい名盤を作り上げたのち長い休止期間に入りました。ウォルター・ベッカーは薬物におぼれていましたが、それを克服するためにハワイに移住し、以後はプロデューサーとして活動していくことになります。

本作について。個人的に一番好きで聴きこんだのは『Gaucho』なんですが、思い入れの深さで言うと『Aja』の方が強いです。自分が彼らを好きになったアルバムなので。というわけで恒例の好きな曲紹介。

2曲目「Aja」

Steely Dan - Aja


タイトルトラック。魅力的だけど力強いというか、静と動のバランスのとれた不思議な曲。途中の展開の部分では、ドラムもすごいですけど曲の進行もすごいです。何回転調してるんだろ。キリンジの「奴のシャツ」のアウトロは、きっとこの曲を意識しているはず。

3曲目「Deacon Blues」

Steely Dan - Deacon Blues


世界でもっともコード進行が美しい曲のひとつ。曲の美しさとは対照的に、歌詞の内容はややハードボイルド感があります。サックスの手ほどきを受け、自分が感じるままに演奏し、スコッチウイスキーを一晩中飲み…そんな世界観を描いているようです。歌詞の詳しい内容についてはこちらのサイトが詳しいかと。

4曲目「Peg」

Steely Dan - Peg - HQ Audio


ベースラインが格好いいノリの曲。Gauchoにも「Time out of mind」という似た感じの曲が入っています。「Peg」の方がギターの主張が強いかな。最後すごくいいギターのフレーズを弾きつつフェイドアウトしていきます、もったいない気もする。


このアルバムに唯一欠点があるとすれば「短い」ということです。38分があっという間に過ぎてしまう。もっともっと聴いていたいのに、という感じですね。これはあれか、そうやって物足りなさを感じさせることで次のアルバムも買わせる作戦なのかな、おのれスティーリー・ダン。
曲の端々から溢れ出る「マジでニューヨークっすわー」「超ブルックリンですわー」みたいな雰囲気(文章から溢れ出る筆者の深刻な語彙力不足)。日本で言うと麻布とか六本木のようなお洒落感が満載なのです。麻布も六本木も人生で2回くらいしか行ったことないけれど。ああいうお洒落なところに行くと身体が灰になる病気なので。

上述したように、初期~中期のキリンジもきっと彼らの影響を強く受けていますね。複雑なコード進行にしかり、曲の展開にしかり。スティーリー・ダン通である冨田恵一氏がプロデューサーだった影響もあるのでしょう。それから小沢健二も「天使たちのシーン」の中で「真夜中に流れるラジオからのスティーリー・ダン 遠い街の物語 話してる」と歌っています。数々のアーティストに影響を与えた人たちであることは間違いないでしょう。そういった点では偉大な人たちだと思います。作品の数はそこまで多くないし、何年も活動を停止していたけれど、一生通して繰り返し聴けるくらい濃密な作品を作っています。音楽界の冨樫みたいな人たちなのです、違うか。
他のミュージシャンが亡くなったとき、ここまで悲しく思うことはありませんでした。ここ数年で活動を再開していたから、というのもあるのでしょう。長い沈黙のあとにリリースされた『Two Against Nature』を聴いたとき、またいい作品を世に生み出してくれるんだなと、本当に喜ばしく、そして頼もしく思ったものです。でも2003年のアルバム『Everything Must Go』(閉店売り尽くし、の意味)が文字通り最後のアルバムになってしまったのですね。一度でもいいから、ライブで観たかったなあ。


あまりにも悲しかったせいか、昨日「ちゃんこ鍋屋の店長のおばあさんが亡くなって、店の葬式に参列して泣く」という夢を見ました。ウォルターの訃報のせいかしら。それにしても「ちゃんこ鍋屋」という絶妙な(あるいは微妙な)チョイス。お洒落なバーでも夜景の見えるレストランでもないあたりが自分の限界を感じました。いくらお洒落な音楽を聴いたところで聴いている人がお洒落になるわけではないんですね、どうもありがとうございました。

Nirvana「In Utero」

2017-08-26 05:23:41 | アメリカの音楽


悲しいときー
悲しいときー

ブログのネタが切れたときー


一体いつのネタをやっているんだ、歳がばれる。
さて(?)音楽には「気分一致効果」というものがある。これは心理学の用語らしいが、簡単に言うと楽しいときは楽しそうな音楽を、イライラしているときにはイライラしそうな音楽を聴くのがいい、ということだ。なんやそれ、当たり前やないの、と思う方もいるかもしれないがそういう人はAltキーとF4キーをそっと押してみてほしい。さよなら。

簡単なアイスブレイクも済んだところで。リラックスしたいとき、楽しいとき、悲しいときにマッチする曲を探すのは比較的簡単だろう。とりあえずEnyaとかJack Johnsonとか湘南乃風など聴いていればよいのだ、タオルを振り回してそのまま大気圏突破すればよいのだ。でもイライラしているとき、例えば泊っているホテルの窓からテレビを投げたくなったり、斧でドアを叩き割って隙間から笑いながら顔を出したり、総武線小岩駅のホームで快速の通過電車を待ったりしているときに、一番おすすめする音楽は彼らNirvanaだと思っている。
他にもPanteraとかMetallica、Slipknotのようなかまびすしいメタル路線とか、Envyや54-71のようなグチャっとした塊のような音楽もいいけれど「怒りを通り越した後の虚しさ」みたいなのは、彼らの方がうまく表現できているだろう、と勝手に思っている。バンド名からしてもそうだろう、Nirvanaって仏教用語の「涅槃」のことなので。何の煩悩も生じえない悟りの境地、静的な世界。バンドの音楽とは対極ではあるのだが。

アルバムのタイトルの『In Utero』、これはご存知のように「子宮の中」という意味だ。前作の『Incesticede』は近親姦を意味するincestからの造語らしいが、今作はより退行した、性的な交わりどころではない、もっと原初的な心持ちで作ったのかもしれない。あるいは「もう生まれたくない」というような気持ちか、さすがにそれは考えすぎかな。

好きな曲をかいつまんで紹介。
M2「Scentless Apprentice」

Nirvana - Scentless Apprentice


初めてこれを聴いたときはとてもびっくりした。『Never Mind』や『Incesticide』にも妙にテンション高い曲はあったけど、あの頃のポップさはいずこへ?と。サビのカートの声が怖い、どうやって出しとるんやこの声。~こんな子宮の中は嫌だ2017~という感じ。なんのこっちゃ。これだけ不協和音を鳴らしているのに曲としてまとまっているのがすごい。
タイトルに「Scentless」すなわち「無臭の」とあるけれど、これは彼らの代表曲である「Smells like teen spirit」の皮肉みたいなものなのかしら。サビではひたすらGo AwayとかGet Awayと歌っている、メディアやレコード会社に対して言っているのかな。

M6「Dumb」
「I think I’m dumb 俺はばかだと思うんだよね」と繰り返し歌う、世界で最もかっこいい自己卑下の曲の一つ。PixiesのDebaserとかRadioheadのCreepも良いですが。

M8「Milk it」
アルバムのタイトルっぽい曲、子宮とミルク。このMilkは「台無しにする」という意味らしいけれど。クリスのベースが格好いい。テンションのロー、ハイのメリハリが効いている彼ららしい曲でもある。そういえば彼らにそういった、静かなAメロ、爆発するサビといった構成の曲が多いのは、Vo/Gtのカートが双極性障害だったことも関係しているのだろうか、さすがにそれも考えすぎか。

Nirvana - Milk It


M13「All Apologies」
アルバム最後の曲。歌詞がいい、後半の妖しいチェロの音色が綺麗。

What else would I be 他にどうしたらいいのか
All Apologies とにかく謝るよ


謝罪から始まる曲である。アメリカ社会では謝ったら負けなのに、いきなり謝っている。圧倒的・・・圧倒的負け確っ・・・!!ざわざわ。それはそうとして。でも謝るしかないけど、どうしようもない俺をありのまま受け止めて欲しい、といった気持ちが見え隠れしているようにも思う。Nirvanaで一番好きな曲。動画はアコースティックライブのもの。

Nirvana - All Apologies (MTV Unplugged)


最後に繰り返されるAll in all is all we areという歌詞が印象的だ。直訳すると「我々はみんなかけがえのない存在」という意味になるのだが、最後に何度も繰り返されると皮肉というか、いっそ「もう人間なんてばらばらで勝手な生き物なんだ」「結局俺もお前もその一人なんだ」という諦観の念のように聞こえなくもない。悲観的過ぎかな。

全体を通して「漠然とした罪悪感」って感じの歌が多いように感じる。嫉妬、怒りや憎しみを通り越したあと、しばしば湧き上がってくる感情は「罪悪感」とか「虚しさ」だと思うのだけれど、そういった部分を歌っているのだろうか。どうせ俺が悪いんだろ、でも俺にはもうどうすることもできないんだよ、とばかりに。この辺の世界観は、RadioheadのNo Surprisesとかと近い気がする、曲調は全然違うけど。

アルバム全体に流れているヒリつくような緊張感は、きっとプロデューサーのスティーブ・アルビニの力が大きいのだろう。彼はこういったグランジやパンク、オルタナ系の音楽を手掛けたら、だいたいの割合でめちゃくちゃいい作品に仕上げます。Super ChunkとかMelt Bananaとか、それからPixiesも。個人的にはブライアン・イーノと同じくらいすごいプロデューサーだと思っている。


余談ですけど、どっちかって言うと北欧メタルよりもアメリカメタルの方が、怒りや憎しみのようなネガティブな感情を多く含んでいるような気がします。今の大統領もあんなだし、アメリカ人はそんなにイライラしながら暮らしているのかしら。経済格差が大きく、嫉妬や羨望の感情を抱きやすいからなのでしょうか。そう考えるとアメリカ人って大変だな。カートがショットガンで頭を打ち抜いた気持ちも今ならわかる気がする。

The Band「Northern Lights - Southern Cross」

2017-06-16 20:57:11 | アメリカの音楽



なんて格好いいジャケットなんや・・・

これまでの人生でたくさんCDを聴いてきたはずだし、本もある程度は読んでいるつもりだったんだけど、早くもネタが尽きそうである。とはいえ大した思い入れが無かったり、本当に心から良いと思えなかったりするものをここで紹介するのは、どういうわけだか抵抗がある。考えすぎだと思うけれど、作者に申し訳ない気もする。
しかし私が聴きこんだり読み込んだりした作品はそんなに多いわけでもない。一生のうちに本当に好きになるものは、そう多くないものだ。となると以前に掲げた「各アーティスト1作品ずつ」という縛りによって、必然的に自分で自分の首を強く絞めることになる。余談だが実際に自分で自分の首を絞めてみると結構苦しい、それはどうでもいいか。


さて忍び寄るネタ切れと戦いながら本日紹介するのはThe Bandというカナダ、アメリカのバンドだ。とてもシンプルな名前である、覚えやすくてよい。5人組で、うち4人がカナダ人で、ドラムのリヴォン・ヘルムだけアメリカ(しかも南部のアーカンソー州)の出身である。活動期間は1960年代後半から70年代の半ばにかけてだから、今から40年から50年ほど前になるだろうか。そのあと再結成して来日もしたけれど、オリジナルメンバーの5人で活動したのはこの時期までだった。
ボブ・ディランのバックバンドをやっていた彼らは、演奏のクオリティもきわめて高いが、それ以上に曲の構成がすごいと思う。楽器の編成はドラム、ギター、ベース、ピアノ、オルガン(時にサックスやアコーディオン)と数が多く、他にも金管が入っていることもあるのだが、それぞれの音がぶつからずに非常にうまくバランスをとっている。曲の構成、どこでだれが前に出るのか、どこで何を聴かせるのか、そういった部分を練る力が素晴らしい。

ヴォーカルはベース、ピアノ、ドラムの3人が務めているが、1人がずっとリードヴォーカルを取っていることもあれば、曲によって3人でリードパートを回していくものもある。特にドラムのリヴォンは野太いけどどこかかわいらしい声だ。彼が歌いながらドラムを叩いている姿はYoutubeにもあがっている。今からもう40年くらい前の映像だが、こうやってネットで観られるのはすごいことだと思う。と同時に、なんだかありがたみが薄れてしまうように感じるのは私だけだろうか。もちろん嬉しいことでもあるのだけど。「いつでも」「どこでも」探せば見られることなんて、きっと彼らは夢にも思わなかっただろう。なにせ遠い昔のバンドだから。

この作品『Northern Lights - Southern Cross』(邦題は『南十字星』、なぜか前半部分はカットされている)は1975年リリース、彼らがもうじき解散する前のものだ。彼らの作品では処女作『Music From Big Pink』そして2作目『The Band』が傑作だと言われているが、個人的にはこのアルバムもすごく好きである。今までは他のメンバーが作曲していたものもあったが、本作はすべてギターのロビー・ロバートソンによるものである。そのためかバラエティに富んでいる曲たちではあるが、アルバム全体として非常にうまくまとまっている印象を受ける。

M1「Forbidden Fruit」は聖書に出てくる「禁断の果実」のことなのだけど、歌詞のなかでも出エジプト記の「金の仔牛」のことが触れられている。彼らの代表曲「The Weight」にもナザレという地名が出ていたし、随所に聖書の影響が見られる。作詞作曲を務めるロバートソンの父親がユダヤ人であったことも関係しているのだろうか?とはいえメッセージ性が強いというよりも、ナンセンスというかやや不可解な歌詞である。渋いギターから始まる、いかにもフォークロックなナンバーだ、後半の鍵盤とギターの掛け合いが格好いい。
そしてM2「Hobo Jungle」はピアノの伴奏とどこか切ない歌のメロディ、それから時折聞こえるオルガンの音がうまくかみ合っている曲だと思う(歌詞の内容は浮浪者のたまり場についてなのだが)。続くM3「Ophelia」はガールフレンドがいなくなってしまった曲なんだけど、軽快で陽気な雰囲気だ。なんでこんな曲調なんだろう?ちなみにシェイクスピアの『ハムレット』で登場する女性の名前でもある。余談だが「Ophelia」という名前はギリシャ語が派生元で「Help」という意味を持っているらしい。そう考えると歌詞の内容ともマッチするし、あるいはどこかでビートルズを意識しているのかもしれない。ライブ盤だと金管のアレンジがダイナミックで聴いていて楽しい。なによりリヴォンの笑顔がとても眩しい。

The Band, Ophelia


A面の最後であるM4「Acadian Driftwood」、Acadian(アケイディアン)というのはアメリカ北東部からカナダにかけての地名だが、これもギリシャ語に由来していて、Arcadia(アルカディア)いわゆる桃源郷や理想郷のことだ。この曲は歌詞が描く世界観も素晴らしくて、彼らの故郷であるカナダという国について歌われている。このアルバムの前の作品では、アメリカの南部の方を意識していた曲もいくつかあったのだが、ここでは原点に、メンバーの大半の出身地であるカナダに回帰しようとする気持ちがあるのだろう。

それからB面へ。後半も「Ring Your Bell」やスロウバラードの「It Makes No Difference」などいい曲が並んでいるのだが、なんといっても最後の曲、「Rags and Bones」が本当に素晴らしい曲だと思う。今回はこの曲を紹介するためだけに書いたと言ってもいいくらいだ。今このブログを見ていて時間がある人には、この曲だけでもいいから聴いてほしい。シンセサイザーの音は古く聴こえるものの(もちろん当時では最先端のものだが)彼らの朴訥だけど切ない歌声とメロディや背後のコーラス、隙間を埋めるようでもあり、ときに自己主張をするギターがこころにぐっとくるのである。夕方、街の喧騒のなかでこの曲を聴いていると不思議と泣きそうな気持ちになる。

The Band - Rags and Bones



歌詞のなかではごく当たり前の街の風景、人々の営みが歌われているのだけれど、タイトルの「Rags and Bones」とは屑屋(今でいう不用品回収業者)を意味する。これはロビー・ロバートソンの祖父が屑屋を営んでいたことも影響しているのだろう。M4では祖国のことを歌っていたが、この曲はより身近な、幼少期の個人的な体験をもとに作られている。それがまた切なく感じられる、作曲者のロバートソンはどこかで解散を意識していたのかもしれない。いずれにせよ、彼のパーソナルなことが歌われている曲はそう多くないはずだ。


なお洋楽のCDあるあるなのだが、本作にはボーナストラックがついているものもあって、ボーナストラックがついている方がお得に感じるかもしれない。けれどせっかく「Rags and Bones」で締めくくられたアルバムの雰囲気を、台無しとまでは言わないにしても少し損なってしまっているように思う。大事なのは曲の多さではなく、そのアルバムがいかにまとまっているか、語り掛けてくるかではないだろうか。


彼らはこのあともう1枚『Islands』というアルバムを出して解散したわけだけれど、『Northern Lights - Southern Cross』のほうが「最後にやり切った感」が強い。色々あってからの「原点回帰」みたいな印象も受ける。物語で例えるなら、メーテルリンクの『青い鳥』とか、不死になるための手段を求めてさまよった結果、結局その手段が得られずに疲れ果てて祖国に帰る『ギルガメシュ叙事詩』を彷彿とさせる流れのようにも思えるのだ。人間にはどこかそういった部分が、時代や文化を問わずあるのかもしれない。もうメンバーはほとんど亡くなっている、ピアノのリチャード・マニュエルにいたっては自殺している。後付けではあるけれども、彼らの美しくもどこかどうしようもない部分が私は本当に好きである。

Tool「Lateralus」

2017-06-06 11:30:51 | アメリカの音楽



暇つぶしのために始めたブログだったが、ここ最近ブログでなにを書くか考えながら生きている。ぼんやり音楽を聴いているときでも「これブログになんて書こう、どうやって言葉にしよう」とつい考えてしまうし、会議中やご飯を食べているあいだもブログのことを考えるし、なんなら寝ているときも六条御息所のように生霊になってブログを書いている。それは嘘である。とにかく手段と目的が入れ替わっているというか、ミイラ取りがミイラになるというか、河童は川から流れるし弘法は筆と間違えられるし、世も末なのである。


たまには洋楽を、とピックアップしたものが「これかよ」という声が聞こえる気がしないでもない。Tool(トゥール)というアメリカはカリフォルニア、ロサンゼルス出身のプログレッシブ・メタルバンドだ。今のところ4枚しかスタジオアルバムは出していないが、今日は2001年にリリースされた『Lateralus』を取り上げたい。書いていて気付いたけれどこれリリースされてもう16年も経っているのか、そりゃ私も年を取るわけだ。

彼らの紹介。男性4人組でヴォーカル、ギター、ベース、ドラムのシンプルな編成である。初期作『Undertow』は変拍子の曲もあるがプログレ感が全面的には出ておらず、どちらかといえばハードロック寄りの作品だった。しかしその内容は「Prison Sex」「4 degrees」などタイトルからして物々しい曲が多い。ちなみに「4 degrees」という曲は、いろんな解釈が可能ではあるのだが、歌詞をそのまま理解しようとするとアブノーマルに解釈することも可能なので、(いないとは思うが)調べられる方はご注意を。
さて2ndアルバム『Ænima』以降はだんだんハードロックの傾向は薄れ、より暗黒めいたサウンドになってきている。この暗さと気だるい雰囲気、ヴォーカルの繊細かつ存在感のある声、きめ細かくときにアグレッシブなギター、何をやっているのかよくわからないが正確無比で力強いドラム、意味がぜんぜん理解できない歌詞、そういったところが彼らの魅力(?)だ。書いていて思ったけれど、今まで紹介してきた人たちに比べてかなり好き嫌いがわかれるバンドかもしれない、数少ないブログの読者がさらに減りそうだ。

本作『Lateralus』は彼らの3作目である。一聴して良いと思える曲は「Parabola」「Lateralus」「Triad」くらいなもので、「Stinkfist」「46 & 2」などが入っていた前作の方がキャッチーだと思う。ただ「相対的に」キャッチーという意味なので、一般的なキャッチーさ(例えばクラムボンとか、cymbalsとか)を期待して本作を聴くと動悸・息切れなどの諸症状や、場合によってはひどいトラウマをこうむることになるので気を付けてほしい。
アルバムのタイトル、LateralusとはLateral(横の)という単語から派生した造語であるようだ。おそらく「ものごとを幅広く見ろ、固定観念にとらわれるな」と言いたいのだと思う。M1の「The Grudge」はうねるようなベースとドラムの変なリズムで始まる曲だが、4分過ぎたあたりのシンプルなリズムになるところが格好良い。また歌詞も面白い。比喩的な表現が多くやや呪術めいているが、大筋として言いたいのは「ネガティブな感情、思考ばかりにとらわれるな」という意味なのだろう。

M1「The Grudge」(映像は公式ではなくファンによるもの、心臓が弱い方にはお勧めしない)
(HD) TOOL - THE GRUDGE



他の曲の解説は省くが、なんといってもタイトルトラックの「Lateralus」は素晴らしい曲である。Aメロのドラムのリズム、そしてベースが入ってくるところ、このドラムとベースの絡みがとても良い。大げさかもしれないけれど、ここまで歌うように流れるドラムは、King Crimsonの「21st century schizoid man」以来ではないか。興味があるひとはぜひYoutubeでご覧あれ。
歌詞はざっくり言うと「もっといろんな方向からものごとを見ろ!負のスパイラルから抜け出せ!」という内容で、暗い雰囲気の曲のなかでめちゃくちゃポジティブなことを歌っているお茶目なメイナードさんがいる。冒頭の歌詞(black, then, white are, all I see, in my infancy, red and yellow then came to be…)がフィボナッチ数列のリズム(1,1,2,3,5,8…)で歌われているあたりがかなり変態的だ、たぶんこの人たちも友達少なそう。

M9「lateralus」
Tool - Lateralus (Highest Quality HD)



ただこの曲の後半でもそうなんだけれど、アルバムを通しても途中でテンションがだれる瞬間があるかな、と思う。このバンドの魅力のひとつとして、「静と動」「緩急」のつけ方が挙げられるのだが、途中の「静」や「緩」の部分がかなりの具合で落ちるので、けっこう集中して聴いていないとそれまでのテンションが持続せず、飽きてしまうのだ(そして集中して聴くと相当疲れる)。例えていうならジェットコースターに乗っている途中で、最初ワッと滑ったかと思うとそのあとものすごくゆっくりになっちゃう、そして気を抜いているととてつもない勢いで加速する、みたいな感じ。わかるかな、わかんないか、ごめんね。


以下個人的な話。このバンドを好きになったいきさつ。自分は地方の小都市の出身で、当然身近にTSUTAYAやタワレコなんてものはなかった。〇〇堂とかいう本屋兼CDショップみたいな店しかなかったし、Exileや浜崎あゆみしか置いていなかった。
最寄りのタワレコに行くにはバスで20分、電車で30分必要だったから小旅行である。それに1時間くらいかけてタワレコに行ったとしても、普段ものが少ない場所に住んでいるから(外には田んぼ、畑、川、山、道路しかない。風景構成法かよ)、一度に大量の情報が入ってきて何を買ったらいいかわからなくなり迷ったまま帰ってくることもあった。

これじゃいかん、と思った。そして当時わが家にも導入されつつあったインターネットを駆使し、某2ちゃ〇んねるの音楽板に入り浸っては情報収集に勤しんだのである。そのなかで「Toolすごい」「Toolの3rdは本当にいい」「Toolは世界遺産」「Toolは国連事務総長」という書き込みを見た、見てしまったのだった。
私はその情報を鵜呑みにし、近所のCDショップでこのアルバムの注文をした。在庫なんてあるわけないから取り寄せになった。数日して楽しみにしていたアルバムが届いた。早速家に帰って聴いてみよう、そのときの自分はきっととてもわくわくしていただろう。
変なジャケットからCDを取り出し、プレーヤーの再生ボタンを押す。スピーカーから流れ始めたのは、なんだかよくわからない音楽であった。今まで聞いていたロックとは全然違う、なんだこれは。これが…これが国連事務総長???
英語なのはともかくとして、彼らがなにを歌っているかよくわからないし、ギターも変な音弾いているし、ドラムは手数が多すぎて何やっているかよくわからないし、静かなところと盛り上がるところの音量差が大きいし。
ただ「なんだかよくわからないぞ?」と思いながらも繰り返し聞いているうちに、気づいたらどっぷりはまっていたのである。そういう、うまく言葉にできない魅力を持った不思議なバンドだ。人生で1度しか彼らのライブを見られていないが(2006年のSummer Sonicだった)、再び来日することがあれば是が非でも行きたい。


上の方でさんざん「友達少なそう」とか言っていたが、こんなブログを更新している私に友達が多くないのも自明の理であろう。でも私たちは、知らず知らずのうちに「友達は多い方が良い」みたいな世間一般の考えにとらわれているんじゃないだろうか。メイナードさんも歌っているではないか、「固定観念にとらわれるな」と。友達は少なくたって別にいいのだと思う。強がりではない、本当だ。いやだから強がりじゃないって。