砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

Shpongle「CODEX VI」

2020-12-25 17:48:57 | イギリスの音楽


クリスマスなんでブログを書きます。


ご無沙汰しております。
今月かなり忙しくて、久しぶりの更新になります。11月もまあまあ忙しくて、悔しいことに1回しかブログを書けませんでした。ありえない話し!!
いったい、どうしてこんなに忙しいのか?

1つは資格試験のせいです。
12月に試験があったので、しばらくその勉強をしていました。仕事帰りにファミレスに寄って、だらだらと参考書を眺めて。ドリンクバーのアイスティーを飲みながら問題を解いていると、ふと大学の試験期間を思い出しました。あのときも深夜のファミレスにお世話になっていて。その努力があだとなったのか、せっかく勉強したのに翌日思いっ切り寝坊、結果として単位落としたこともありましたけど…ワハハ。ひどい時は3限(13:30~)のテストも寝坊したなあ、本当に愚か。

今回受けた資格試験ですが、実を言うと以前からずっと受けようと思っていたのです。しかし一昨年は申込期限を勘違いして受けられず、去年は書類に不備があって受けられませんでした。本当に不幸な事故でした。たぶん私の無意識が試験を拒否していたのだと思います。フロイトを読まなくてもわかることですね。


2つ目は仕事を真面目にしているせいです。
おかしいです、自分がこんなに真面目に仕事をする日がくるなんて思いもしませんでした。年末になって片づけなくてはならない書類、人と話さなくてはならない業務、人から依頼された件が積み重なり、久しぶりに仕事がマジに忙しかったです。
しかし真面目に働けども給料は上がらず、何とも言えない気持ちになります。ぢつと手を見ます。来年はもう少し自分のやりたいことをやりたい。そのための研鑽を積もう。


さて。
今日は試験勉強の合間に聞いていた音楽を。イギリスのトランスユニット、Shpongle(シュポングル)の『CODEX VI』です。彼らの作品は以前も紹介しましたね。こちらをご参照ください。

Shpongle『Nothing lasts…but nothing is lost』

今回の作品は2017年リリース、タイトルにVIとあるように6枚目のアルバムになります。
個人的には1枚目~3枚目はドハマりして、特に2枚目3枚目が大好きで。でも4枚目5枚目はうーんという感じだったのですが、この作品はとても痺れました。ずっとビートが気持ちいいのです。3枚目のような目まぐるしさは薄れ、シンプルで力強いビート、リズムの心地よさがあります。あと低音がずっと格好いい。だからなのか、繰り返し聴いても飽きがこない。

今作はRaja Ram爺さんのフルートの出演が多いですね。それはそれで心地よいです。電気的な音とフルート、深めの低音と気持ちいいビートが鳴っているのを繰り返し聴いていると、浮き輪に寝そべった状態でゆるやかな波に揺られているような感覚に陥ります。

CODEXという単語には「(聖書・古典などの)写本」という意味があるようです。それも納得というか、今までの曲に見られたアイデアがちらほらと今作にも見出せます。1曲目「Remember the future」の後半の展開は、どことなく2枚目の8曲目「Around the world in a tea daze」を感じさせるものがあります。あとほかにもあったと思うんですけど今思い出せないんであとで書きます。疲れているんです、勘弁してください。
でも4曲目の途中では素直なDJ的ビートも聞けて。それがすごく心地よいです。こんなシンプルなOrbitalっぽいサウンドもやるんだな、と思って。


去年の年末はShpongleが来るアゲアゲなDJイベントに、ひとり新木場まで行きました。ガタイの良い黒人のボディチェックを抜けると、半グレやチンピラみたいな人がいっぱいいて。ガチ根暗ド陰キャの私としては自分の輪郭を失いそうで本当に恐ろしかったのですが、Shpongleが出るときは最前列で踊っていました、ひとりで。あとDJ Lucasもすごくよかった。
幸運なことにRaja Ram爺さんが投げてくれた帽子をゲットすることが出来て。でもその帽子が蛍光イエローのキャップで、ものすごくダサくて。そのあとはずっと押し入れに閉まってあります。

コロナが収束しないので、今年はそういうイベントもありません、悲しいことです。思えば2月にEzra Collectiveのライブがあって、それも心底楽しみにしていたのですがコロナで中止になって。本当に残念だったなあ、せっかく休み取ったのに。
体の芯に溜まっているこの疲れ、染みのように残っている疲れは、そういった気晴らしがなかったこともあるのかな、と思ったり。そういうわけで私は気晴らしにブログを書いています。付き合ってくださった方、ありがとうございました。
みなさま来年もよろしくお願いします。

Ezra Collective 「You Can't Steal My Joy」

2019-05-02 10:47:52 | イギリスの音楽


ハローみなさま、素敵なGWをお過ごしですか?
私は無事出勤し、午前の業務をあらかた終えたところです。午後も仕事です、なんなら明日も仕事です。慈悲はない。アイエエエ!!シゴト!?シゴトナンデ!!!????ゴボーッ!!!


そんなわけで今日は先日リリースされたばかりのロンドンジャズ界の牽引者、Ezra Collectiveの新作『You Can’t Steal My Joy』(以下YCSMJ)を。
ネットで見た情報だとこれがデビューフルアルバムって言われているんですが、以前出していた『Chapter 7 + Juan Pablo』はEP扱いなのかな?あれもいい作品だったんだけれど、いい曲がたくさん入っていたけど、全体を通して聴くとそこまでビビっと来なくて。でも今作は1曲目から最後までビビっと来ます、まるで頭のてっぺんから顎まで電気が流れたような。そんなわけでとりあえず1曲目を聞いてみてよ。
…と思って探してみたけどなかった、残念。浮遊感のあるおしゃれな鍵盤、心地良いビートを刻むバスドラ。モーツァルトなんかよりよっぽど胎教に良さそう。


「ジャズってビル・エヴァンスやエリック・ドルフィーしか知らな~い」「今更ジャズって、おっさんの趣味じゃないの?」と思うそこのあなた。現代のジャズはここまで進化したんです、と感じられるのが本作品です。
ていうかこれはジャズなのか?という気すらする。理論やコード的にはジャズなのかもしれないけど、このバスドラの刻み方や音の感じは、D’Angelo聴いている気分に近い。たぶんブラックミュージックの影響があるのでしょう。前作もそうだったけど、ラップが入っている曲もあるし。そんなわけで5曲目どうぞ。こちらはありました。

Ezra Collective - What Am I To Do? Feat. Loyle Carner (Lyric Video)



何度か聴いて感じた本作の特徴は「スリリング」「テンション」。まず2曲目。ドラムが敢えてはずして叩いていて(スネアで帳尻合わせているけど)、「この曲は一体どうなるんじゃ?」という妙な緊張感があります。映画の「セッション」を彷彿とさせる。ドラムを譜面に起こしたらどうなるんだろう、叩くの超難しいだろうな。
それから5曲目。女性ヴォーカルが入った曲ですが、最初の発声が生々しいのと、微妙に音を外していて。でもそれが不愉快ではなく、妙にこちらの注意を惹きつけます。ベースのオカズ的フレーズやドラムのフィルなど、そういった細工があちこちに散りばめられていて、独特のテンション(緊張感)があるというか、聴いていてハラハラドキドキする気持ちになるのです。

本作のハイライトはこの曲。本当にドラムがいいバンドだ、1つのフレーズが終わっていったん静かになる前のドラムが気持ちいい。あと地味にベースがすごい。
São Paulo



GW連休長くて退屈してきた~って人、ぜひこのアルバムを聴いてみてください。きっとスリリングな感覚と、それに伴う心地よさを味わえます。まあGW中にも仕事がある私にとっては、毎日がスリリングですけどね。ワハハハハハ、ウワハハハハハ。ゴボーッ!!!

King Crimson「Red」

2018-01-25 11:39:01 | イギリスの音楽

あけましておめでとうございます。
更新しよう、更新しようとずっと考えていたのですが
寒いし雪も降ったしで、あいだが開いてしまいました。
全部雪のせいだ...(古い)



寒いのであったまるアルバムでも、ということで今日はKing Crimsonの『Red』を。
本作は、ロバート・フリップ先生率いるプログレ集団、キング・クリムゾンのひとつの到達点、金字塔的なアルバムだと思います。冬になると聴きたくなるアルバムはこれと、彼らの『THRAK』。どちらも、冬のキリっと冷えた空の下で聴くと心地よいのです。あとはPanteraの『Vulgar Display of Power(俗悪)』も。こちらは冬が寒くてイライラするので。聴いているとムカムカして体温があがります、冷え性の方にお勧めです、嘘です。

話を彼らに戻しましょう。
イギリス出身(途中からアメリカ人も加わりますが)。もともと5人とか7人くらいのバンドで、1作目『クリムゾン・キングの宮殿』から『Lizard』とか『Islands』くらいまで結構メンバーが入れ替わり、3人体制になって『太陽と戦慄』と『暗黒の世界』、そして本作『Red』をリリースしています。基本的にバンドの指揮を執っているのはギターのロバート・フリップ。そのあと彼以外のメンバーは入れ替わり、4人になってニューウェーブ的な路線を経て、よりヘヴィな方向に行きます。メンバーチェンジも多いぶん時期によって音楽性がずいぶん違うんだけれど、自分はこの3人の時期が一番好きです。スティック奏者のトニー・レヴィンの低音も大好きなんだけどね。

さて簡単に紹介。
1曲目「Red」
いきなりタイトルトラック、インスト曲。ヘヴィなリフから始まります。ギターの上昇していく音にベースがユニゾン。イントロ部分が終わると、強めのドライブのかかったベースがうまくバランスをとって高音と低音を交互に出している。降り注ぐ雨のような激しいギター、ドラムもシンバルを多用しているのですが、どこかクールな曲です。余談ですけどRadioheadの「Just」は間違いなくこの曲を意識していると思う。

2曲目「Fallen Angel」
『太陽と戦慄』の「Book of Saturday」的な曲。ただしこちらの方がごつごつしていてダウナーな感じはあります。かなり好きな曲...のはずが、今頭の中で曲を思い出そうとしていても、どうしても「Easy Money」と雰囲気とかぶる...。あ、思い出した。後ろで鳴っているハーモニクスを多用したアコギとクラリネットがお洒落で、切ない曲です。何気に歌詞もよいので、気になる方はこちらをご参照あれ。リンク引っ張って来たけど下の曲、全くキングクリムゾンでなかった...気になる人はCD買うなり借りるなりしてくれ、いい曲だぞ。

King Crimson - Fallen Angel


3曲目「One More Red Nightmare」
リフが格好いい曲、このアルバムで一番好きです。リフの音階があがったり下がったりを繰り返すのは「太陽と戦慄 Part2」に近い気もしますね、とはいえあちらよりはキャッチー&シンプル。イントロ部分のドラムが格好いいし、Aメロのドラムのベースの絡みが良い。こんなふうにバスドラとベースのタイミングが合っていると、ものすごく耳が心地よい、耳が喜ぶ、耳が平身低頭して欣喜雀躍します。あと8分で刻んでいるハイハット、最高。この刻みがあるのとないのとでは、きっと曲の印象が全然違うだろうな。それから、これだけ弾きながらもいい声で歌っているジョン・ウェットン、渋いっすわ~おたくまったく渋すぎるわ~。

King Crimson One More Red Nightmare


4曲目「Providence」
なんでこれ入れたんだろ、って曲(失礼)。インプロビゼーション、いわゆるアドリブによる演奏を収録したものです。1作目の「Moon Child」も後半にインプロの部分があったっけ。お互いが空気を読み合ってなんとなく曲の形になっていく、のは面白いのだけど、出だしはヴァイオリンが「トムとジェリー」の不穏verみたいなキュルキュルした音を出しているし、どっちかって言うとベースのジョン・ウェットンとドラムのビル・ブルーフォードがかなり空気を読んでなんとか曲が成立いるような気が。ギターは後ろの方でジトー、ヒギュワー、トゥルルルーって音をずっと出していて、何やってんのかようわかりません、何がしたかったんだろ、そしてなんでこれをアルバムに入れたんだろ、謎や。確かにドラムとベースがうまくかみ合う部分は「おお、これこれ!」みたいに思えるのだけれども。

5曲目「Starless」
4曲目で溜まったフラストレーションを払拭するかのような(?)最後の曲。12分あります、うわぁ良いプログレ!途中までは普通、というかただの暗い曲って感じなんです、とはいえずっと流れているメロトロンと、要所要所の絡みつくようなサックスが素敵。ギターも渋い。しかし2回目のサビが終わってから雰囲気が一転。間奏のような部分を挟んだあと、速いテンポで変拍子を繰り返すようになり、何やってんのかようわからんギターがものすごく格好いい。もちろんドラムもいいです、一度盛り上がったあとにハイハットで細かく刻む部分が本当に好き。そこでAメロがサックスによって繰り返されるのも憎い演出よ。

King Crimson - Starless (OFFICIAL)



彼らについて。名盤、名曲も多いのですが、むらが激しいのも特徴だと思います。初期(特に『ポセイドン』と『Lizard』)は割と「えー、これ音源化したの?」って言いたくなるような、ちょっとしたアイデアをこねくり回して何とか曲にした、というのもあります。ニューウェーブの頃も、ギターによる複雑なポリリズムとか、これどうやってんの?っていう演奏とか、やっていることはすごいんだけど聴いてて気持ちいいかっていうと、うーんって感じだし(「Elephant Talk」「Matte Kudasai」「Heartbeat」なんかは好きですが)。
でも創作に気持ちが乗っている時とか、「これをやろう、こういう音楽をやろう」という目標にメンバー同士が向かっている時期は充実した作品を生み出しているように思います。そう考えると、彼らは人間関係の大事さを教えてくれる貴重なバンドですよね!(こじつけ)

冒頭の画像にしろ曲のサムネにしろ、めっちゃフリップ先生からスマイル向けられることになってしまった、体温上がるわ~!

Shpongle「Nothing Lasts…But Nothing Is Lost」

2017-07-31 10:37:33 | イギリスの音楽


多分これが一番傑作だと思います


油断していたら時が加速したのか、7月も最後の日となっていた。
「好きな季節は?」と聞かれたら、私は迷わず夏と答えるだろう。暑いし蚊も出るし台風も来るけれど、空に浮かぶ大きな入道雲、夜に漂う熱の名残り、そういった夏特有の「空気」が好きだ。遠くに聞こえるひぐらしの鳴き声も良い。あとビールがうまい。
とはいえ、実際に夏が来ると暑いし蚊に刺されるしでたまらないから「ビールはもういいから早く秋にならないかしら、まだかしら」と思ってしまう。そうこうしているうちにお祭りや甲子園、盂蘭盆がひととおり終わって、秋に近づいていく。すると、どこからともなく言いようのない「さみしさ」がやってくるのだ。どうしてだかわからないけれど、夏の終わりがとても好きだし、同時にこの「さみしさ」が少しばかり厭でもある。「早く終わってほしい」「過ぎていく季節が名残惜しい」そういったアンビバレントな気持ちを抱きやすいから、私は夏が好きなのかもしれない。


さて今日紹介するのはShpongle(しゅぽんぐる)という、発音しにくそうで実は発音しやすいイギリスのテクノユニットについて。前作『Tales of the inexpressive』も文句なしの名盤だったけれど、彼らの作品で一番好きなのはこの『Nothing Lasts…But Nothing Is Lost』である。CDのジャケットは気味が悪いものの、内容は素晴らしい作品だ。

彼らの音楽は、大まかな括りではトランステクノになるのだろう。なるのだろうか?なるんだろう、たぶん。打ち込み音楽に詳しくないのでよくわからないが、単純な四つ打ちではないし、ピコピコ音やシンセが常に前面に出るのではなく、リズムや楽器、唄などたくみに民族音楽の要素を取り入れている。そしてそれがごく自然に、現代的なコンピューターを駆使したサウンドと絡み合っている。それが彼らShpongleの最大の特徴であると言えるだろう。
1作目『Are you Shpongled?』は中央アジアから東アジアにかけての音楽を、2作目ではスパニッシュなギターや南米など、いわゆるラテン系のノリが強かった。そして本作は、あえていうならアフリカ音楽の影響が強いように思う。特に中盤にかけて、リズムや楽器、合唱のようなフレーズに色が濃く表れている。ただアルバムによって完全にわかれているわけでもなくいろんなジャンルが複雑に混ざっているから、あくまで「あえて言うなら」という程度だが。

百聞は一聴に如かず。というわけでごたくを並べるよりも聴いてほしい。まず1曲目の「Botanical Dimensions」とM2「Outer Shpongolia」を。Youtubeのリンク画像が怖いのは彼らのせいなのでご容赦いただきたい。

Shpongle - Botanical Dimensions


Shpongle - Outer Shpongolia


一聴してわかると思うが、曲が次から次へと展開してあふれていく。これは音の洪水だ。某彦摩呂氏の言葉を借りるならば「音楽の宝石箱やー!!」という感じか。
銅鑼の音から始まり水が滴る音が流れ、怪しげな声やギターが聞こえてきたかと思うと、少しずつベースラインが近づいてくる。そしてドラムが唐突に始まる。このドラムの入りの部分がとても好きである。こういった目まぐるしい展開が全編にわたって続いている。いったいこの人たちの頭の中はどうなっているのやら。

アルバムの流れは大きく3つにわけられる。今紹介したM1「Botanical Dimensions」からM8「…But Nothing is Lost」まで、ピアノやギターの生音が美しい序盤。それからスローテンポの曲が増え、より民族的なリズム、フレーズの増える中盤がM9「When I Shall Be Free?」からM13「Invocation」まで続く。その後M14「Molecular Superstructure」から最後の「Falling Awake」までが終盤だ。
序盤の流れは完璧と言ってもいいし、後半の「終わりの予感」を漂わせながら、生音とテクノサウンドを融合させて畳みかけてくるさまは、Shpongleならではといったところ。特にスラップベースが地味に格好いい「Turn up Silence」や、深いリバーヴのアルペジオとディストーションギターが響く「The Nebbish Route」、ガットギターの奏でるフレーズが美しい「Falling Awake」が素晴らしい。いくつかここにもリンクを貼っておこう。

Shpongle - Turn Up The Silence


Shpongle - Falling Awake



Shpongleはジョギングをしているときによく聴いている。いろんな音がどんどん流れてくるから集中を要する作業には不向きだが、走るときにはもってこいだ。単調な動作をしていると音楽に集中できるので、彼らの洪水のような音楽を聴いていると全然退屈しないし、あっという間に時間が過ぎていく。夏のさみしさを乗り切るにもちょうどいい一枚だ。時が過ぎていく切なさ、息苦しさを緩和してくれる、語弊があるかもしれないがある種「麻薬」のような音楽だと思う。


彼らの音楽を聴くのは、ガルシア=マルケスの長編小説を読むのにも似ている。何度も読み返さないと全体像が見えてこないし、全体の内容がわかった時はこころの深い部分が動かされる感触がある。かといって全部を読み通さなくても、随所に興味深いエピソードがちりばめられていて、そこだけ取り出して読んでも面白い。まったく出し惜しみがないというか、某彦摩呂氏の言葉を借りるならば「音楽のバーゲンセールやー!!」状態なのである。

Radiohead「Kid A」

2017-06-08 12:20:15 | イギリスの音楽



不安が逆に気持ちいいアルバム


勢い余って変な副題をつけてしまった。
いつも夏休みの宿題とかジョギングとか、ありとあらゆる試みが三日坊主で終わっていた私だが、奇跡的にこのブログはきちんと更新することができている。そのため今後ものすごい異常気象、あるいは更新世のような気象変動が襲い掛かってくるかもしれない(更新だけに)。氷河期が来たら仕事に行かなくて済むかな。

作品を紹介する前にちょっとした小話を。彼らと同じ英国の詩人、John Keatsは弟に宛てた手紙のなかで、芸術のひとつの重要な要素としてNegative Capabilityという考えを挙げた。直訳すると「負の能力」ということになる。これはどんな概念かというと「不確かなものを、不確かなままにしておける力」だ。何のことかさっぱりわからない方もいるかもしれないが、例えばテストで難しい数学の問題や「存在するとはどういうことか」みたいな哲学的な問いに直面した場合の事を想像してみて欲しい。あなたはどんな気持ちになるだろうか。
人間は「不確かなもの」や「わからないもの」に直面したときに、不安やフラストレーションを感じる。そのさい、すぐにgoogleで検索をかけて「ふうん、こんな感じね。もう大体わかったよ」となる人もいれば、あるいは「別にそんなこと知らなくたっていいや、興味ないし」と酸っぱい葡萄のように思う人もいるだろう。つまり行動して解決するか考え方を変えて解決するか、そういった行為を無意識のうちに行っている。

でも不安を感じてすぐにわかろうとするのではなく、もっとそのことをつきつめて考えたい、それが逆に好奇心を刺激して心地いい、なんかよくわかんないけどムッチャ気持ちいい、もっとわかんないことを下さい!!みたいになるのがNegative Capabilityの高い人だと言える。Keatsはシェイクスピアを例えに出して「ある種の天才たちに認められる能力である」と語っている。
なんでこんな話をしたかというと、このRadioheadというバンドもきっとNegative Capabilityがとても高いと思うからだ。安易に過去の焼き増しをせず、常に変化や進化を目指し、全身全霊をかけて新しい作品の生み出している、創り出している。彼らの音楽を聴いているとそんな気がする。しかしながらその変化があまりにも大きすぎて聴く側がすぐに理解、あるいは消化できない場合もある。われわれ聴衆は、自分の好きなアーティストや小説家が新しい作品を出したとき「前とまったく同じじゃつまらないけど、ある程度前作の延長線上にはあってほしい!お願い!」と知らず知らずのうちに願っている。でもそういった期待はときに裏切られるものだ。そしてそんな期待をガンガン裏切ってくるのが彼ら、Radioheadである。


恐らく一番リスナーの期待を裏切ったのがこのアルバム『Kid A』だろう。『The Bends』から『OK Computer』の飛躍は大きかったものの、1作目から3作目までは一応ギターロックの範疇に入っていた。しかし世界中で大ヒットした『OK Computer』の次に3年の時を経てリリースされた本作はエレクトロニカ、ポストロック、時にジャズの要素が入っていて、これまでの作品とは全然違うものだった。ギターとかほとんど弾いてないし、使っていたとしてもエフェクトをかませて効果音みたいに使っているし。えっ、それだったらもうギターじゃなくてよくない?ていうかなんでこんな作品にしたの?とまあいろんなところで物議をかもしたのだけれども、個人的にはこのアルバムがものすごく好きなので取り上げたいと思う。

内容に入っていこう。1曲目の「Everything in its right place」、無機質なリズム、細切れにされたり加工されたりして情感の薄いヴォーカル。そして「Everything in its right place すべてが正しい場所に」「Yesterday I woke up and sucking a lemon 昨日、目が覚めてレモンをしゃぶったんだよ」という謎の歌詞。よくわかんないけどいい曲だ。4拍+6拍のリズムだが不自然さがまったくなく心地よいのである。ライブでの演奏もとても格好よい、リズムは無機質だが演奏は非常にいきいきしている。

Radiohead - Everything In Its Right Place, Live Paris 2001


2曲目はタイトルトラックの「Kid A」、とても地味だけどいい曲なんだけど地味だ。ヴォーカルにはエフェクトがかかっていてなにを歌っているのかよくわからないし。続くM3「National Anthem」はずっと同じフレーズを繰り返すベースとドラムに、後半になると金管楽器の絡みつくようなフレーズが加わっていく。特にトロンボーンやトランペットの音がものすごく不穏でときに不快にすら感じられるのだけれど、リズム隊はくどいくらいの繰り返しなのでどこか安心する。この不穏と安心のバランスが絶妙。余談だが、その昔温泉に向かっている途中、母が運転する車のなかでこの曲をかけていたら「あんた、頭がおかしいんじゃないかね?」と言われた。頭がおかしいのは私ではない、彼らだ。

そして4曲目になってようやくギターの音が聞こえてきたかと思うと、タイトルは「How to disappear completely」(完全に消える方法)という不穏なものだし、曲中では何度も「I’m not here ぼくはここにいない」と歌っている。
話がちょっと逸れるけれども、Radioheadは全体的に歌詞の抽象度が高い、特に『OK Computer』以降その傾向が強い。かと思えばものすごく具象的なフレーズが時に出現する。上述したM1「Everything~」も「すべてが正しい場所に」と歌ったあとにレモンの話が出ているし(梶井基次郎かよ)、M8「Idioteque」の歌詞では

I’ll laugh until my head comes off 頭がもげるまで笑い続けるよ
Women and children first and children first… 女と子どもが先 子どもが先…
ice age coming ice age coming 氷河期が来る 氷河期が来る


と、きれぎれになった言葉が並べられていて、ざっと読んだだけでは白痴や精神病を思わせるような歌詞だ。とはいえ、そういった歌詞が気持ち悪く聴こえるかというと、不思議とそうでもないのである。

歌詞が一番好きなのは、アルバムのなかでもわりにシンプルなM6「Opitimistic」

Radiohead - Optimistic - Live From The Basement [HD]


You can try the best you can
You can try the best you can?
The best you can is good enough
If you try the best you can
If you try the best you can
The best you can is good enough

きみが 最善を尽くしたなら
きみが 最善を尽くしたのだとしたら
もうそれで十分だよ
もしきみが 最善を尽くしたのなら
もしきみが 最善を尽くしたのなら
もうそれで十分だよ


彼らが素直にねぎらいの歌なんか歌うはずがない。なんだか投げやりな気もするし、「それがきみの本当のベストなの?」という皮肉にも聞こえる。でもどこか安心する。不思議な感覚の曲だ。

話がどんどん長くなっていくからこの辺にしておこう。書いていてむっちゃ疲れたのもある、彼らの作品について語るのは非常に消耗するのだ。言い忘れたけどM8「Morning Bell」も不穏な空気が漂っているが、後半のベースとギターの絡み合いが良くて好きな曲だ。これもM3と同様、基本的に上モノ(ギターや金管)が不穏な空気を作り出し、リズム隊(ベースとドラム)が安定感を作り出しているのだろう。


ともかく、フロントマンのトム・ヨークの変化についていくほかのメンバーもすごいし(特にエド)、これでOK出したプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチもすごいと思う。ただこのアルバムを流れる不穏な感覚、こちらに伝わってくる不安の感情は、きっとトムのなかで「わからないものととことん付き合っていった」過程のなかで昇華されていったものなんじゃないだろうか。『OK Computer』が(おそらく)本人たちの予想を上回って爆発的に売れたあと、「なんでこんなことになったのか」そして「今後どうしていったらいいか」「これからどんな音楽を作っていったらいいのか」本当にわからなくなってしまったのだろう。トムはかなり精神的に不安定になっていたという、書痙にもなったらしいし。でも彼らは見事にそれを乗り越えて、新しい道に進んでいったのだ。