砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

キリンジ「メスとコスメ」

2018-02-06 12:02:03 | 日本の音楽

いつ見てもすごいジャケット

イエーイ、今回は単曲のご紹介。
キリンジの名盤『3』の11曲目、「メスとコスメ」です。訳あって最近この曲をずっとリピート再生していて、やはりこれはキリンジの、というか兄高樹氏屈指の名曲なのではないか、と思いまして。「ハピネス」「ロマンティック街道」と兄曲はブラックなものが多いけれど、そのなかでもこの曲は本当にいい。何がいいって歌われている世界観も、演奏も素晴らしいのです。

まず演奏について。
大きな特徴はなんと言っても兄がヴォーカルなこと。「グッデイグッバイ」や「悪玉」でも途中で歌うことはあったけれど、最初から最後まで歌うのはこの曲がはじめて。よりによってなぜこの曲を、という気もしますが、よっぽど思い入れがあるのでしょうか。あるいは「俺が作った曲だ」と主張したいくらいに、自信があるのかもしれません。妖しいサウンドに、兄の繊細な声が映えますね。
楽器隊はベースとドラムが8分で刻み、その上にエレピ、エフェクトを噛ませたギター、オルガンが乗っています。音数自体はあまり多くないのですが、何だろうこの力強いサウンド。そしてキリンジではよくある話ですが、すごいコード進行をしています。オンコードとか6度とか、そういった和音によってこの面妖な雰囲気が醸し出されているのでしょう。Aメロの1回目でA/G→F6となっているところが、2回目だとA/G→A/F#→F7となっているのが小憎らしい。
要所にちりばめられている鍵盤はもちろんのこと、どの楽器にも少しずつ「おいしいところ」があります。エレピはソロがあるし、ドラムは2回目のサビ前のフィルが、ベースはCメロ後の間奏部分と最後の「優しく泣いた後のように」のところが格好いいです。それから、最後のサビでは後ろで鳴っているカッティング気味のギターがいい味を出している、ていうかこれどうやってんの。
ベースは基本、ルートとそのオクターブをずっと鳴らしていて、時々フレーズを弾いている程度。決して難しくないのだけど、オクターブの音がハネるように演奏されているからか、独特のノリが生まれている気がします。それがちょっともたっとしたドラムと噛み合って、聴いていてすごく心地よいんだな。おにぎりが好きなんだな。

歌詞について。
「不二子もハニーも真っ蒼」と出だしはかなりファニーな感じです(※笑いどころ)。ふざけているのかと思いきや、「肋骨を抜いたね 面の皮を剥いだろう」「蛾を思わせる その眉」と、このあたりで早くも不穏な雰囲気が漂っています。歌詞の描くストーリーは、昔付き合っていた女性が整形して目の前に現れた、というもの。よくこれをテーマにしたよな。伊藤潤二の漫画にありそう。
「メスとコスメ」のメスは女性ではなく、手術で使うメスのこと。それから「鼻高々」は誇らしげであることと、整形して鼻が高くなったことも言い表していて、ダブルミーニングになっている。言葉遣いのセンスがまぶしいぜ。それから「いつでも君のまぶたは 優しく泣いた後のように 美しかった」というのは、整形前は一重で「泣いた後」のような腫れぼったいまぶたをしていた、ということなのでしょうか。なんというメタファー。
そして昔の彼女に対しては「美しかった」と歌っていて、今の彼女には「きれいだぜ」と歌っている。女性としては、どっちを言われた方が喜ぶものなんでしょうね。過去形になっているから「今は美しくない」とほのめかしているようにも聞こえる。なんとも皮肉に満ちた歌詞です。
といったところでリンクを貼っておきます、ニコ動のもの。見られない人はアルバム借りるor買ってください。本当にいい作品なので。

そういえばCメロの部分で弟がコーラスで参加します。「熱い紅茶も 冷める距離だね」と兄弟で歌っている。とても素敵なフレーズ。紅茶を淹れる時はだいたい沸騰したお湯を使うので100℃だとして、冷めた状態を30℃程度だとして。一体どのくらいの距離があったら熱い紅茶が冷めるのか?空想科学読本の作者に検証ほしいですね。これってトリビアになりませんか?季節によって変動しそう。そんな話はどうでもいいんですけど。


歌詞の部分でも言及したのですが、昔付き合っていた女性が別人のようになって姿を現すのは、どんな気持ちがするものなんでしょうね。「僕の胸の奥に棲む 君の面影を塗り替えに来たの」という歌詞。ここの「来たノ~ォウォ?」みたいな歌い方が個人的に好きだったりする。

元カノが整形して現れることは非現実的ですが、大なり小なり変化した過去の女性と遭遇するのは、ありえない話ではない。そういった時に感じる「喪失」や「悲しみ」「やるせなさ」を、やや空想的な歌詞にして歌い上げたのかな、と。私の勝手な想像だけど、昔好きだった女性が変な男と付き合ってたりすっかり変わっていたり、そういったことに兄がショックを受けたのかもな、なんてね。兄がそういった個人的体験を歌うことなんて万が一にもないことかもしれませんけど。そういうの、嫌いそうだし。