その昔、山の家から通勤していたころに
会社の近くに1Kのアパートを借りていた。
2足のわらじを維持するための避難所みたいなもので
1組の布団と机とPCだけの部屋は、あい反する2つの
仕事に追われて荒ぶる精神の安息所でもあった。
2階建て10部屋アパートの1階左角がぼくが借りた部屋、
右角が70代くらいの爺さんと挙動不審な若い男の二人が
暮らす部屋だった。
1ヶ月ほど前から居ついた若い男は仕事もせずに、
派手な浴衣を着てアパートの中庭をほっつき歩いていた。
そのたびに爺さんは部屋に戻るよう男に声を掛ける。
7月のある日曜日、
男は棒切れを手に持ちながらぼくの車を蹴とばしていた。
それを見かけた隣の部屋の人があわててピンポンして
教えてくれた。
サビついてるけど自分は剛柔流の有段者だし、
それなりの対応はできると思って勇んで外に出たが
浴衣の前がはだけた男と目を合わせたとたん戦意喪失、
背筋がぶるっとした。
こりゃダメだ
戦う相手じゃない
彼は本物のキ印の目をしていた。
目が座ってるというか、人やモノを認識できない目は
なんの脈絡もなく突然の衝動に駆られたように見えた。
爺さんの部屋に行き、男の乱暴を止めるように言うと、
男と公園で知り合い親切心で泊めたらそのまま居座られて
実は困っていると...。
爺さんのわずかな年金で彼の分も賄っていると聞いたとき、
「共依存」が頭をよぎったが、その場で警察に電話した。
この乱暴者を止められるのは警察しかないと思ったし、
一般人が手を出して不測の事態になるのが怖った。
電話で少し頭のおかしい男が暴れていると伝えたら、
二人の警察官がパトカーに乗ってやって来た。
若い男はパトカーを見てわれに返ったらしく、
何かつぶやきながら爺さんの部屋に戻ろうとしていた。
それを警察官の一人が若い男の腕をつかみ身柄を確保、
もう一人の警察官が爺さんとぼくに事情を聴きにきた。
ぼくは被害届を出すつもり。
爺さんは居座られて怖くて追い出すこともできずに
困っていると、これまでのいきさつを話した。
若い男は手錠をかけられパトカーに乗せられた。
あれ以降、アパートを出た爺さんは行政の手に委ねられ、
現在は安心して生活ができる環境に置かれているそうだ。
よかった、安心した。
爺さんの引っ越しが終わったあと、
菓子折り持参で訪ねて来た大家さんがこぼしていた。
いつのころからか年金ひとり暮らしの爺さんの部屋に
若い男が転がり込んできた。
いくら爺さんに聞いても問いただしても要領を得ない。
親戚が泊まりに来てるくらいの認識で放っておいたら
このザマで、アパート住人に迷惑をかけたと嘆く。
いいよ、だいじょうぶ。
雨降って地が固まると云うじゃないか。
大家さんは気が晴れてほくほくで帰ったけど、
車の修理代を払ったぼくのサイフは痛かった。
くそっ、キ印野郎め!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます