例年は人でごった返すアメ横の賑わいをTVで見ていた。
今年のアメ横はコロナ禍の中でどうしているだろうか、
入り口から見渡したときの印象は・・・人が少なすぎる。
TVクルーと思わしき一団がアメ横を歩いている、
画像では見えないが先頭にリポーターらしき女性がいた。
彼らが思い描く絵とインタビューが撮れるといいけどな。
平日夕方のいつものアメ横を知らないとはいえ、
年末に向けた歳末商戦にごった返す買い物客と
活気にあふれた魚屋さんの掛け声を想像していた。
店主が左手に掲げた鮪の柵に何人もの手が伸びて
われ先に奪い合うような、そんなのを見たかった。
なんにせよ一生懸命な姿勢が好きなのだ。
見るだけー
アメ横ぶらぶら
夢と一緒に宝くじ
ゲリラ的に繁華街に出かけるのは、
市井のHuman watcherだからではなく、
ブログネタを探しに行くわけでもないよ。
なんとなく人恋しくてこころがわびしい時は
雑踏のなかに身を置きたくなる。
なにげに啄木の「・・・そを聴きにゆく」を思うと
シンクロして「あゝ上野駅」がアタマの中に流れてくる。
「あゝ上野駅」井沢八郎
歌:井沢八郎
作詞:関口義明
作曲:荒井英一
どこかに故郷の 香をのせて
入る列車の なつかしさ
上野は俺らの 心の駅だ
くじけちゃならない 人生が
あの日ここから 始まった
「父ちゃん 僕がいなくなったんで
母ちゃんの畑仕事も大変だろうな。
今度の休みには必ず帰るから、
そのときは父ちゃんの肩も母ちゃんの肩も、
もういやだっていうまで叩いてやるぞ、
それまで元気で待っていてくれよな」
就職列車に ゆられて着いた
遠いあの夜を 思い出す
上野は俺らの 心の駅だ
配達帰りの 自転車を
とめて聞いてる 国なまり
ホームの時計を 見つめていたら
母の笑顔に なってきた
上野は俺らの 心の駅だ
お店の仕事は 辛いけど
胸にゃでっかい 夢がある
入る列車の なつかしさ
上野は俺らの 心の駅だ
くじけちゃならない 人生が
あの日ここから 始まった
「父ちゃん 僕がいなくなったんで
母ちゃんの畑仕事も大変だろうな。
今度の休みには必ず帰るから、
そのときは父ちゃんの肩も母ちゃんの肩も、
もういやだっていうまで叩いてやるぞ、
それまで元気で待っていてくれよな」
就職列車に ゆられて着いた
遠いあの夜を 思い出す
上野は俺らの 心の駅だ
配達帰りの 自転車を
とめて聞いてる 国なまり
ホームの時計を 見つめていたら
母の笑顔に なってきた
上野は俺らの 心の駅だ
お店の仕事は 辛いけど
胸にゃでっかい 夢がある
ベランダ園芸
ベランダ西側のコの字型に狭まっているところに室外機が
置いてあり、先日買った室外機ラックの上にミニテーブルと
花台で高さをかせぎ、4つの花鉢を置いている。
丸坊主にしたビオラ寄せ植えに花が3つ咲いている。
すぐにも咲きそうな蕾があちこちにあり、すっかり定着
した模様にほっとしている。(人生初!)
朝7時、左から朝陽が伸びてきた。
空は透き通るような水色の空
やはり秋とは違う冬の晴れ日
洗濯したよ
Have a nice day!
夜のお散歩:「Mercedes me @ Shinagawa Prince Hotel」・品川駅北口Xmasツリー昨夜は早くから暖かい布団にくるまり、タブレットでネットサーフィン。次に買う車は何にしよ? そしてこんな記事を見つけた。 品川プリンスホテ......
3日目の土星と金星のつづき(12/22撮影)
18時すぎに撮ったときは土星・木星が平行に並んでいた。
20時過ぎは名も知れぬ星座だけ
月齢7.4の上弦の月
金の卵と乗せられて就職した頃が甦りました
「ああ 上野駅」いいですね。
青春真っただ中の、懐かしさと心寂しさが
走馬灯のように・・・。
育った大阪に近い感じがあり、東京で一番好きなエリアでしたが...🤔
金の卵ともてはやされて故里をあとにした彼らを
撮った「一粒の麦」なんて映画がありましたね。
若尾文子さんがきれいだった。
昭和30年代の集団就職が始まったころの
ぼくはまだハナタレの小学生だった。
長い歴史には夢も挫折もあったでしょう。
つむじ風さんもお疲れさまでした。
アメ横の変遷を知ってるだけで羨ましい。
ばくはまだ2回しか行ったことがなくて、
来年もう一度行こうと思ってる。
大阪に近い雰囲気も味わってこよう、
都合3回いけば「アメ横行ったぞ」の実感がわくかも。