6年ぐらい前まで、日曜夜9時になると電気を消してベッドにもぐり込み、
枕もとのラジオでNHK第一放送を聴いていた。
「日曜名作座」は森繁久弥さんと女優の加藤道子さんが登場人物の声色を使い分け、
表情豊かに小説を朗読するラジオドラマだった。
新シリーズのアラビアンナイト千夜一夜の第一話が印象に残っている。
エルサレムのお姫様は、絵描きの横恋慕のため、美しい顔を呪文とともに醜い獣の顔に
変えられてしまった。姫の美しい顔が封印された絵画は盗賊に盗まれ、バクダッドの市場で
ある若者の目に触れた。彼はその絵を見たとたん美しい姫に心を奪われ恋に落ちる。
若者は絵描きを探しその住まいを訪れ、姫のいる城の場所を聞き出し苦労の末訪れた。
城に忍び込んだ若者は木に登り、姫の踊りを眺めている時に家来に捕まり姫の前に突き出された。
醜い顔を見られた姫は半月剣を振りかざしながら若者に城に忍び込んだ訳を問いただした。
若者は絵に描かれた姫に恋していることを告げると、姫は身の不運を嘆きながら泣き崩れた。
姫を連れバクダッドへ戻った若者は、絵描きの咽喉元へ剣をつきつけ、呪文を聞き出し無事に
姫の呪いを解いた。めでたしめでたし。
森繁さんもめっきり年をとられた。
「岩窟王」や「怪人二十面相」のストーリーは森繁さんの声と共に耳に馴染んだ。
若いころの溌剌としたセリフ回しはもう甦ることはないが、ひとつの時代を作った人だけに、
目を閉じれば鮮明に「屋根の上のバイオリン弾き」のテヴィエのワンシーンが思い浮かぶ。
お相手の加藤道子さんは2004年1月に没した。
お母さん役が似合ういい女優さんだった。
今はない故郷の家、裏庭から漂う金木犀の匂ひに包まれた夜、
ごわごわの濃い緑の蚊帳の中に母とふたりでひとつ布団に寝ころがる。
母は枕元においたラジオで夜ごと浪曲を聴いていた。
広沢寅造の♪旅ゆけばぁ 駿河の国にぃ 茶のぅ香りぃ~と唄う低い声が
子守唄のように遊び疲れた私を夢にいざなった。
歌や朗読は耳に聴き、心に沁みこむ。
から松の林の奥も
わが通るみちはありけり
きりさめの かかるみちなり
松風の通う道なり
(北原白秋・水墨集)
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