こぶた部屋の住人

訪問看護師で、妻で、母で、嫁です。
在宅緩和ケアのお話や、日々のあれこれを書き留めます。
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ぎりぎりの選択だったけれど。

2013-02-19 22:46:39 | 訪問看護、緩和ケア
入院中の家族を、在宅へ連れて帰りたいと願う人はたくさんいますが、いろんなハードルがあって、諦めてしまうことも多いのが現状です。

年末に、腰椎圧迫骨折で動けなくなった妻を、老健にショートステイに出した○山さん。
80過ぎても、ずっと妻の介護を一人でやってきました。
認知症でいろんなことがわからなくなって、ほかにもたくさん持病を持っていた妻は、いつも冗談とも本気とも思えることを言っては周りを笑わせていました。
生真面目な夫が一所懸命介護をしているのを、まるで茶化しているように好き勝手なことを行っているのを見ると、まるで夫婦漫才のようで、そんな二人を見ているのが、みんな大好きでした。

その妻が寝たきりになり、体を動かすのも痛みを訴えるので、夫にはどうすることもできなくなり、緊急ショートステイを利用したのです。

とにかく自分で介護したかった夫は、随分と悩みましたが、自分の体も思うように行かなくて、そうするよりほかに方法がなかったのです。

途中から、褥瘡がひどく悪化し、発熱などの症状も出たため、病院に転院することになりました。

転院したものの、すっかり食事を取らなくなってしまい、夫は毎日食事介助に通いました。
それでも、みるみる妻は弱っていき、「家に帰りたい。」と繰り返すようになりました。

病状の悪化、介護力の不足、経済的な問題、吸引の問題・・などなど、病院では退院なんて無理!という判断でした。


夫はそれでも諦めきれず担当だったスタッフに会うと、「家に連れて帰りたい。」と泣いていたようです。

そして、在宅のクリニックにも「連れて帰りたい。」と泣きながら相談に行ったりしました。

「なんとかなるよ、お父さん、連れて帰ってこようよ。」

私も在宅の医師もそう言いました。

既に食事も水分も何日も取れていないとのこと。
点滴もしていず、話に聞くだけでも、もう時間は残されていないと感じました。

夫の涙ながらの訴えで、昨日妻は家に帰ってくることができました。

でも、もう意識も朦朧としていて、それでも「ここはどこだかわかる?」と聞くとわずかに頷くことができました。
仙骨にあると聞いていた褥瘡は、大きなポケットを形成していて、壊死組織はドロドロに自壊していて、悪臭を放ってました。

もう、治すという状況ではありませんでした。

その褥瘡を見て、「こんなになって、ごめんな。もっと早く連れて帰っていれば、こんなにならなかったのに。遅くなって済まなかった・・」と夫はまた涙を流していました。
それでも、やっと連れて帰って来れた安心感で、時々笑顔も見せていました。

ただ、状況はかなり厳しく、ここ数日でお別れになることを覚悟しなければなりませんでした。

そして一晩を過ごし、今日の午後妻は眠るように息を引き取りました。

夫や子供や孫に囲まれて、穏やかに旅立ちました。


昔、踊りが好きだったとのことで、担当ナースとちょっと派手なお着物を着せると、今にも踊りだしそうないいお顔になりました。


ぎりぎりのタイミング、ぎりぎりの選択でした。
あと一日、夫の決断が遅ければ、妻は帰ってくることはできなかったと思います。

連れて帰ってくるはずの前日、亡くなってしまう方もいらっしゃいます。
周囲の反対で、泣く泣く諦める方もいらっしゃいます。

このタイミングが本当に分かれ目なのです。

夫は、なんども「帰って来れてよかった」と言っていました。
家に帰って長引いて、夫がまた疲れきってしまわないうちに、するっと妻は旅立っていったのだと思います。

間に合ってよかった・・。

本当に仲の良いご夫婦の、最後の願いがかないました。

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