ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

K.025. バルセロスの雄鶏 Garo de Barcelos

2018-10-27 | 飾り棚

高さ 34cm

 ポルトガルで最もポピュラーな陶器の置物。

 その昔、北の町バルセロスでは泥棒の被害にたびたび遭って、町の人たちは困っていた。

 そんな時、一人の旅人が、ガリシア地方の聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅の途中でそこを通りかかった。
 そして運の悪いことに、泥棒の犯人にされてしまったのだ。
 裁判になったが、旅人は無実の罪を晴らすことはできずに、絞首刑を宣告された。

 その刑の執行の日。
 裁判官の食卓に出された皿の上の雄鶏が突然立ち上がり、「彼は無実だ!」と叫んだ。
 おかげで旅人は無罪放免になった…。
 というおはなし。

 その教訓を決して忘れないように、それ以来ポルトガル人はこの雄鶏の置物を大切にしている。

 雄鶏の表情や絵柄も少しずつ異なるので、我家には大、中、小と三つも飾っている。
 これは大の雄鶏。MUZ

©2018 MUZVIT

 


K.024. オリーヴの絵のオリーヴ入れ-2- Azeitoneira

2018-10-26 | 飾り棚

直径 8.2cm

 小さくて可愛いオリーヴ入れ。
 たぶんルドンド産。サインがないのではっきりはしないが。
 7~8年前のセトゥーバル・サンチャゴ夏祭りの陶器市で山と積まれた中から選び抜いて小さくて安い物だから8個程をまとめて買った。
 手描きなのでその一つ一つにそれぞれ違う趣がある。
 手造りなので歪み具合もそれぞれである。
 どれが良いとか悪いとかもなくどれも勢いがあって面白い。
 お客さんの時などほんの10粒ほどを盛り付けても良いかなと思っている。

MUZ

©2018 MUZVIT


K.023. ローマ時代のアルコールランプ Lucerna da álcool romana

2018-10-25 | 飾り棚

長さ 11.7cm

 ローマ時代のアルコールランプのレプリカ。
 他のヨーロッパ諸国同様ポルトガルにも古代ローマ遺跡はたくさんある。
 そしてどこの町の小さな博物館にも甕、モザイク、古代ガラス器、コインなどと同列にこの様なランプが展示してある。
 その形も模様も様々で見ていて飽きない。
 そして小さい物だからだろうか?
 2000年もの時を経た出土品とは思えないほど、どこの展示物も破損は少なく比較的完全な形を留めている。
 このランプの真ん中には人物像が見て取れる。
 シーザーだろうか?アウグスト帝だろうか?MUZ

©2018 MUZVIT


K.022. 羊飼い絵柄ピッチャー Jarro

2018-10-24 | 飾り棚

高さ 18cm

 ポルトガルのルドンドはフローサ工房のピッチャー。
 ワインを入れる壺です。
 お正月最初のこのコーナーにこれを選んだ理由は、大きく太陽が描かれているからです。
 でもこの太陽は「初日の出」という感じではなくてギラギラ照りつける真夏の太陽かもしれません。
 羊たちはどこか近くで草を食んでいて、羊飼いと牧羊犬は木蔭でのんびりといった情景でしょうか?

 その絵柄を中心に撮影したので、取っ手はうしろに隠れてしまいました。MUZ

©2018 MUZVIT


K.21. 17世紀柄角皿 Travessa Sec.ⅩⅦ

2018-10-23 | 飾り棚

長さ 34.3cm

 我家の台所の壁にいつも飾って楽しんでいます。
 小あじの唐揚げの時に壁から外されておでまし。

 小あじはメルカド(市場)でたいてい1キロを買ってきます。
 ハラワタをエラから一気に引っ張り出し、塩コショーで味を付け、小麦粉をまぶし1キロ全部をいっぺんに揚げます。
 それをこの器に盛り付けるのです。
 簡単料理でお客さんの時のもう一品にも重宝です。

 普段二人ではとても食べきれませんので残りは「南蛮漬け」にします。
 玉ねぎ、人参、ピーマン、セロリなどを刻んで、砂糖、醤油、黒酢をぶっかけて出来上がり。

 「南蛮」とは文字通りポルトガル。
 ポルトガルにこのような料理があるのかな?と思っていたら、そっくりなのがありました。

 「カルパショ」という名前で夏の食べ物です。
 唐揚げした小あじに刻んだ野菜を酢とオイルでドレッシングしたものを、ジュワーとかけて食べるというもの。

 スペインに「カルパッチョ」という夏の冷たいスープがありますが、ポルトガルの「カルパショ」はスペインのとはちょっと違い、本当に「南蛮漬け」にそっくりなのです。MUZ

©2018 MUZVIT

 

 


K.020. 漁船 Barco de Pesca

2018-10-22 | 飾り棚

全長 27cm

 赤、緑、黄色。ポルトガルカラーの漁船。
 セトゥーバルの漁港にもこういったカラフルな漁船が、すこし前まではひしめきあって繋留してあった。
 でも残念なことにその数がだんだん少なくなり、いつの間にか青や白にだけ塗られた船が大半になってしまった。

 この漁船の置物はたぶん5~6人乗りだろうと思うが、昔はこれより大きな15人乗り位の帆漁船で、遥かノルウェー沖まで出かけ、バカリャウ(タラ)を漁ったりしたのだろう。
 古いニュース映画を見ると、北の海で荒波に激しく揉まれながら漁をしている映像がある。
 当然難破することも多かった。
 ファドにはそんなことを歌ったものがたくさんある。
 バカリャウは今ではノルウェーからの輸入物が多く、たぶんもうポルトガルからわざわざ漁船で出かけてはいないと思う。
 でも今でもマデイラ沖あたりにはこうした漁船で行って、太刀魚を漁ったりもするらしい。

 一方もっと小さな一人か二人乗りの漁船も港にはたくさんあり、岸壁に引きあげられてあったりする。
 それらは今もカラフルに塗りわけられている。
 それは公園の池にある貸しボートをふたまわり大きくしたほどのサイズしかない。
 そういった舟ではサド河の河口付近に産卵に来たサルゴ(黒鯛)を漁ったり、ショコ(モンゴイカ)やポルボ(タコ)を釣ったりする。

 獲物が湾内に押し寄せてくると一目瞭然に判る。
 朝早くから漁船がたくさん出ているのが我家の台所の窓から見えるからだ。
 「今日は50隻が出ている」とか「今日は70隻も出ている」とか言って数える事もできる。

 そしてその獲物はすぐにメルカド(市場)やその周りの立ち売りで売られることになる。
 港で揚がってくるのを待ちかまえていて漁師と交渉して直接買う人もいる。MUZ


©2018 MUZVIT

 


K.018. 素焼き蓋付き土鍋 Tacho com Tampa Vidrado

2018-10-21 | 飾り棚

直径 28cm

 素焼きに搾り出しで細かい絵柄を施し、上薬の掛ったバルセロス産の土鍋。
 セトゥーバルでは「アロス・デ・マリスコス」「アロス・デ・ポルボ」「マッサ・デ・シェルネ」といった料理に使う。
 アロス・デ・マリスコスとは海老、イカ、貝、白身魚などと米を一緒に炊き込んだ言わば雑炊。
 上等になるとイセエビが入る。
 アロス・デ・ポルボは蛸と米。
 マッサ・デ・シェルネはアラという大きな白身魚とマカロニの煮込み。
 その他にアンコウの入った「アロス・デ・タンボリル」などもある。
 この鍋は特大サイズなので少食の日本人用なら10人前は作れる。
 ポルトガル人なら4人前。
 我家では白菜、こんにゃく、ネギ、豆腐などを入れて日本式の「寄せ鍋」「鴨鍋」「あんこう鍋」などに使う。
 鍋は大人数で囲んで食べるほうが美味しい。
 それでついついなんでも大きいのを買ってしまう。
 2人には大きすぎるのだが鍋に合わせていつも作りすぎる。
 寒くなった今の時期当然出番は多くなる。MUZ

©2018 MUZVIT

 


K.017. 花模様中皿 Prato Pintura Flor

2018-10-21 | 飾り棚

直径 20cm

 サン・ペドロ陶器村はヴィッタル・ジャネイロ工房の絵皿。
 結構焼きは硬い方なのですが、重ねて収納していたら、残念ながらそのうわぐすり部分が少し欠けてしまいました。

 縁取りの図案と色彩が気に入っています。
 中心に描かれているのは何の花でしょうか?
 なんだか露草の様にも見えますが…

 3~5月頃に我家からこの陶器村に行くまでの道のりの牧場などはありとあらゆる花々で埋まります。
 黄色、青、ピンク、赤、紫と様々な花と鮮やかな緑が絨毯の様に地面を覆います。
 近寄って観察してみるとやはり日本の草花とは少しずつ違うようです。
 そして種類の多いのにも驚かされます。
 ひとつひとつに名前が付いているのでしょうが、それが判りません。
 本屋さんに行ってもそれらしい図鑑も見あたりません。
 また来年の春が来るのが楽しみですがその前に冬をやり過ごさねばなりません。
 せめて花柄の皿で暖かく食卓を飾りましょうか。MUZ

©2018 MUZVIT

 


K.016. 17世紀模様陶製卓上塩入れ Saleiro Cerâmica Sec.ⅩⅦ

2018-10-20 | 飾り棚

高さ 6.5cm

 この卓上塩入れは設計ミス?
 絵柄は可愛くて気に入ってはいるのですが、穴が小さくすぐに塩が湿気て詰ってしまって残念ながら使い物になりません。
 日本のさらさらした食卓塩なら使えるのでしょうが、ポルトガルの天然の粗塩では無理です。

 ポルトガルには全国各地に塩田があってスーパーでもどこでも普通に天然の粗塩が売られています。
 値段は安くて(1 キロが 0,21ユーロ) 40 円程もしません。
 毎年、我家では味噌を作ったり、梅干を作ったり、まためざしを作ったりもしますが、ミネラルを多く含んだ天然の粗塩を使うので結構美味しいのが出来上がります。

 我家から車で 20 分程走ったガンビアというところにも塩田があります。
 塩田は強い太陽に当って水分が蒸発し、少しずつ濃厚になり塩の結晶が作られていきます。

 そこには毎年 10 月頃からフラミンゴの群れが越冬のため渡ってきます。
 どうやらアフリカから来るらしいのですが冬のあいだにそこで子育てをするようです。

 さらに車で 30 分ほど走ったところには「アルカサール・ド・サル」と言う町があります。
 「塩の宮殿」と訳すことができるでしょうか?
 名前の通り元々は塩田の町だった様ですが、今では塩田は水田に取って替わられ米が作られています。
 そのアルカサール・ド・サルにはたくさんのコウノトリの巣を見ることができます。
 食事時には巣の中はどこも雛鳥の姿しかありません。
 親鳥たちは餌場の水田に集っているのです。
 水田には小魚などの餌が豊富にあるのでしょう。
 つまり農薬はあまり使っていない証拠なのだろうと思います。
 だから私たちも安心して米を食べ、塩を使います。
 時々はフラミンゴの群れや、コウノトリの雄大な姿を眺めに行くことを楽しみにしています。MUZ

©2018 MUZVIT


K.015. アルガルヴェ地方の煙突石膏壁飾り Chamine de Algarve

2018-10-19 | 飾り棚

高さ 14cm

 ポルトガルの屋根の上ににょきにょきと立っている煙突を初めて見た時は驚いた。
 アレンテージョ地方の田舎の村々を旅したらもっと驚いた。
 建物に不釣り合いなほど巨大な煙突が村じゅうにある。
 まるで煙突に家がくっついているようだった。
 形も大きさも様々で白一色の村にいっそう趣を与えている。
 そのユニークさがとても面白く魅力的だった。

 ポルトガルに住み始めてからさっそく、日々の生活を綴った不定期新聞を作り、タイトルを「ポルトガルのえんとつ」と題した。
 そしてタイトル画にせっせと様々な煙突を描いてきた。
 その不定期新聞「ポルトガルのえんとつ」も、1990年の創刊以来この程107号を数えた。
 タイトル画の煙突を107個描いたことになる。
 文章も少なくとも107以上は書いてきたわけだ。
 そして私の初めての本の題名も迷わず「ポルトガルのえんとつ」と名付けた。

 アレンテージョの煙突に比べてアルガルヴェ地方の煙突は繊細で華麗だ。
 やはり形は様々で、各家々でその華麗さを競い合っている様にも見える。

 これはそれのみやげ物として石膏で作られた壁飾り。
 写真では座りが悪くひょこ歪んで写っているが、本物の煙突も歪みかげんはこれと大差ない。

 これらの煙突から白い煙が立ち昇る頃には各家々から夕餉の良い匂いが漂ってくる。MUZ


©2018 MUZVIT

 


K.014. オリーヴの実落しの絵柄オリーヴ入れ Azeitoneira

2018-10-19 | 飾り棚

直径 11.3cm

 このコーナーにオリーヴ入れが登場するのは3回目。
 でもまだまだ続きます。

 サン・ペドロ陶器村はヴィッタル・ジャネイロ工房作。

 オリーヴの木の下にビニールを敷いておいて棒で実を叩き落す様子が描かれている。
 黒々としたでっかい実も面白いが「こん畜生」と言わんばかりのおばさんの表情が良く描けている。
 種を入れる部分に描かれた袋はたぶん収穫したオリーヴを入れたものだろうが、実を売ったお金がどっさり入る様にとの願望かも知れない。
 黄金色に輝いた袋は金塊でも入っているようでもあり豊かな気分?になる。

 大規模なオリーヴ農家になると、このように棒で叩き落すのではなくて、重機で幹をつかんで木全体をガタガタ震わせて実を落す。
 ひどく乱暴なやり方だと思うが効率は良さそう。
 でも木が傷んでしまわないか心配になる。MUZ

©2018 MUZVIT

 


K.013. 素焼き壁掛け植木鉢 Barro Vaso de terra

2018-10-18 | 飾り棚

直径24cm

 これも随分永く使っている。下町に住んでいた頃からだからもう 10 年以上になる。
 素焼きの割には頑丈に出来ているものだ。
 うしろが平らになっていて壁にぴったりとフィットする。
 下町では壁に釘を打ち込んであってそれに引っ掛けていた。
 隣近所もその様にしていたが、一本の釘だけでよく落ちないものだと思う。
 いま、我家ではベランダの手すりにくくり付けている。

 つる性の真っ赤なゼラニュームを植えているが、久しぶりに植え替えをしてやろうと、その間ちょっと拝借して撮影した。

 毎年 2~3 ヶ月、個展のために日本へ帰る。
 その間全くのほったらかしであるが、瀕死の状態ながらも生きている。
 ポルトガルに戻って水を与えはじめるとめきめきと立派に甦る。
 今我家のベランダにはこの「ゼラニューム」の他「はらん」「月下美人」「セントポーリア」そして「ニラ」のプランター植えがある。
 どれも根性が座っていて、毎年2~3ヶ月の乾燥にけなげにもしっかり耐えている。
 耐えなければ我家では生きてゆけない。
 「赤いゼラニューム」などはこの植木鉢と同じ、もう 10 年以上も我家にいる。
 その間「冬眠」ならぬ「乾眠」の術を既に身に付けたのかもしれない。MUZ

©2018 MUZVIT


K.012. 羊飼いの絵柄中皿 Prato Pintura Ovelheiro

2018-10-17 | 飾り棚

直径 16 cm

 セトゥーバルで毎夏開かれる「サンチャゴ祭」の陶器市で見つけた。
 サン・ペドロ村はM・インファンテ工房の絵皿。
 もう 10 年以上も使っている愛着の中皿である。

 一日の仕事を終えた羊飼いが「やれやれ」といった表情で我家にたどり着いた雰囲気が感じられる。

 皿には描かれていないが、羊飼いの後には一匹の犬が疲れきったようすで足を引きずっている姿が目に浮かぶ。
 犬に引率された数十頭の羊たちは一日中たっぷりと草を食べてもう腹いっぱい。
 「早く寝たいよう~メェ、メェ~」と騒いでいることだろう。

 私はかつてこれに描かれているのとそっくりのハンサムな羊飼いを見たことがある。
 スケッチをしながら田舎道を歩いていた時のこと。
 50 頭ほどの羊の群れを一人の羊飼いと二匹の牧羊犬が見守っていた。
 羊飼いの指笛によって牧羊犬は自由自在に動き回り、群れから落ちこぼれる羊たちを威嚇する。
 二匹の犬は羊飼いの指笛をしっかりと聞き分けて、あっちに、こっちにと忙しく走り回る。
 犬たちは使命感に燃えた目をして、嬉々として働いている。
 犬たちが羊をまとめる技は見事なものだった。

 ここに移り住んだ始めのころは、我家の前の空地にも時々コロンコロンという鈴の音と共に羊の群れが出現した。
  アトリエから遥か下に見える牧場から羊の軍団がやって来て、前の空地や道路脇の草を食べながらかなり遠くまで移動して行った。
夏の間、あたり一面枯れ野原になって牧場の草だけでは足りないのだろう。
 羊飼いと羊たち、そして犬達。
 でもこの犬たちは羊の群れに遅れまいと、のそのそとついて行くのが精一杯で、何も働いていなかったなあ。
 羊飼いは犬たちの仕事も引き受けて、一人であっちこっちと駆け回り汗だくになっていた。
 犬の躾けに失敗したのだ…きっと。MUZ


©2018 MUZVIT

 


K.011. 17世紀模様陶器蝋燭立て  Castiçal em cerâmica Sec.ⅩⅦ

2018-10-16 | 飾り棚

直径 15 cm

 先週のこのコーナーでも書いたように以前は停電が多かった。
 それで蝋燭が必需品で各部屋に蝋燭立てを置いていた。
 部屋数が多いので(ハハハ)我家には蝋燭立てもたくさんある。
 最近は停電がめっきりなくなったので蝋燭立ては埃を被っている。

 でも誕生日やクリスマスなど特別の日にはこれに赤や黄色や緑などのキャンドルを立てて灯す。

 我家では台所とアトリエでは蛍光灯を使っているがそれ以外の部屋はポルトガルの他の家庭と同じ様に全て電球である。(2018年現在はLED)
 夏はいつまでも明るいのであまり電灯を灯さないが、冬はやはり蛍光灯より電球の明りの方が暖かくて良い。

 電球よりもっと暖かいのがキャンドルの焔だ。
 特別の日以外でももっとキャンドルを灯してポルトガル式に2時間も時間をかけてのんびりと夕食が出来るくらい余裕のある生活が望ましいと思うのだが…
悲しいかなシャカシャカと慌しく済ませてしまう。
 料理に2時間かけても食べるのは20分ではその甲斐がない。

 この蝋燭立ては残念なことに掃除機のホースを引っ掛けて一番目立つところが欠けてしまった。
 掃除ももっと余裕を持って埃がぶ厚く溜まる前にしなければ…と反省している。MUZ

©2018 MUZVIT

 


K.010. ポルトガルの風車 Moinho

2018-10-16 | 飾り棚

高さ12cm

 観光地ナザレの土産物店で買った置物。

 

 本物の風車は海岸線の丘の上にずらりと並んでいる。

 我家の台所の窓からも「サン・フィリッペ城」の後ろ側に少しとアトリエの窓から「パルメラの城」の側にも見える。

 

 この風車で挽いた粉で作ったパンは粘りがあって特に旨い。

 パン屋でも普通の粉のと差別化して売られている。

 

 実物には帆柱のところに素焼きの壷がたくさんくくり付けられていて風を含んでまるでオーボエの様な音を奏でる。

 

 今では実際に使われているのは小数で、ほとんどは廃虚と化したのが多い。

 そういったものをリメイクして住まいにしているところもある。

 写真屋の「ルッジェロ」の家にも敷地内に風車がありきれいに飾り付けて家族の喫茶ハウス専用として贅沢に使っている。

 

 この風車の幌の発達と、ワインを貯蔵する樽を造る技術が合体してあの帆船の基礎になったのだ。

 ポルトガルではいろんな要素が重なって大航海時代の繁栄をもたらした、と言われているがこの風車の幌もその一因だとは面白い。

 

 ポルトガルの海岸線は殆どが断崖絶壁になっていて、大西洋から吹く西風は強く風力を利用するにはもってこいだ。

 

 サグレス岬近くの海岸線を旅すると突然巨大で現代的な風車の群れが数十機も出現して驚かされる。

 柱の上部に日本の「三菱」のマークなどが付いている。

 日本の商社「トーメン」がポルトガルのそのあたり(Vila do Bispo)に設置していると聞いたことがある。

 それまではポルトガルは慢性的な電力不足でフランスから原発で作った電気を買っているそうであるが、今はこの風力でかなりの電力を賄っているとのことである。

 

 でも三菱もどうせポルトガルに持ってくるのならあんなロボットのような無機質なデザインではなくて上のようなポルトガルの風車の形にすれば良かったのにと、私は思ったりしている。

 

 またドーデーの「風車小屋だより」ではないけれど、ポルトガルと出逢った当初から「こんなところに住んでみたい」という想いがあって VIT のホームページの「ホームへ戻る」のボタンを「ポルトガルの風車」にした。MUZ

©2018 MUZVIT