最近の東京新聞朝刊の「本音のコラム」欄より、先の衆院選の結果を受けてコラムニスト達が寄せた意見を引用します。
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12月17日付 「圧勝報道の害」 斎藤美奈子 (文芸評論家)
15日付朝刊の見出しを見た私は首をひねった。
「自公大勝 3分の2維持」(朝日新聞)、「自公圧勝 320超」(読売新聞)、「自公3分の2超 圧勝」(産経新聞)、「自公勝利 3分の2維持」(日経新聞)、「自公3分の2維持」(東京新聞)。唯一の例外は毎日新聞で「自民微減 291議席」。
そうですよ。「犬が人をかんでもニュースにならない」という箴言(しんげん)をお忘れか。選挙前も「自公は3分の2超」だったのだし、4日朝刊では「自民、300議席超す勢い」などと各紙が報じていたのだから、今度の選挙の注目ポイントは、この低投票率にもかかわらず「自民党が議席を減らしたこと」だろう。
実際、比例区での自民党の得票率は33.1%。昨年参院選における比例得票率34.7%をわずかにだが下回る。有権者は安倍自民党に委任状を渡してなどいないのだ。それを「圧勝」と書くからやる気を失うわけよ。
とはいえ、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認を不意打ちのような形で実現させた政府与党。今度も「圧勝」を盾に、好き放題をやるはずだ。次の焦点はもちろん改憲。来年中には日程に上る可能性もある。
民意を反映しない選挙制度はバカの極みだが、腐るのはやめておこう。安倍自民党の支持者は3人に1人、有権者全体では6人に1人しかいないのだ。
12月18日付 「統治される者の沈黙」 竹田茂夫 (法政大教授)
今回の衆院選の自民党得票率は有権者の約25%だという。消去法で与党へ投票した人や政治状況への抗議を棄権で示した人と、圧勝した現政権の間には、低投票率や低得票率では片づけられない深刻なズレがある。
基地問題で明確な意思を示した沖縄を別にすれば、非正規雇用・原発・集団的自衛権・アベノミクスへの不満や批判は、漠とした景気回復の期待や生活者の諦念に吸収された形になった。政権の権力基盤は統治される国民の沈黙にある。
だが、安倍政権はデフレ脱却に失敗すればもう後がない。マイナス成長、実質賃金下落、消費の不振、企業の景況感悪化は不吉な予兆だ。内外の投資家や投機家がはやしたてる農業・医療・雇用の規制緩和が、国民の生活と生命に牙を向け始めて国民がそっぽを向けば、成長戦略も壁にぶつかる。
株のバブル崩壊、日銀の信認失墜、原発事故、基地をめぐる対立の先鋭化等の蓋然(がいぜん)性も無視できない。現政権は経済で行き詰れば下からのファシズムに呼応して国家主義の冒険に乗り出すはずだ。
米国では、格差拡大、戦争継続、捕虜の拷問、黒人差別等の問題でアメリカとは何かというソウル・サーチング(自己省察)が始まった。日本人は、原発や非正規差別や沖縄の犠牲に関していつまで沈黙を続けるのか。
12月21日付 「政治的詐欺」 山口二郎 (法政大教授)
衆院選は自民党大勝という結果となり、形の上では安倍政権が国民の信任を得たことになる。案の定というべきか、安倍政権は選挙戦中ほとんど議論しなかった憲法改正などのテーマを含めて、自民党の政策は国民の支持を得たと称している。
そして、原発再稼働に向けて原子力規制委員会は、高浜原発が規制基準をクリアしているとの審査書案を了承した。経済界に向けては来年春に賃上げをするよう要請する一方で、介護費用を抑制するため事業者の報酬を引き下げる方針が示された。また、子育て世帯向けの給付金も来年度は休止したという方針も明らかにされた。
選挙期間中は、安倍晋三首相も自民党も猫をかぶっていただけである。選挙が終われば何をやっても大丈夫と、開き直っている。多少は世論の反発を受けるかもしれないが、次の選挙まで覚えている人などいないと、高をくくっている。要するに国民はなめられているのである。その意味で今の為政者は、詐欺師同然である。
選挙後の世論調査で、安倍政権の政策に反対だが、野党にはもっと期待できないという民意が明らかになった。しかし、誰がやっても同じというわけではない。選挙で白紙委任を手に入れたのち、国民を痛みつける政策を展開する政治家を選んだことに人々が気づけば、政治の流れも変わるだろう。
12月26日付 「表現者の責任」 佐藤優 (作家・元外務省主任分析官)
この1年を振り返って痛感するのが、政治エリートの間に反知性主義が蔓延(まんえん)したことだ。反知性主義とは、「客観性、実証性を軽視もしくは無視して、自分が望むような形で世界を理解する態度」のことで、高等教育を受けた者が反知性主義のわなに足をすくわれることもまれでない。
反知性主義者は、あのひどい負け戦を美化することや、沖縄県民の反対を押し切って辺野古(沖縄県名護市)に米軍のための巨大基地建設を強行しようとしている。その結果生じる日本の国際的孤立、沖縄における分離傾向の加速が反知性主義者の視界に入らない。
日本の政治はポピュリズムが基調なので勇ましいことを言う反知性主義者にとりあえず票が集まる。こうして当選した政治家は、反知性主義にナルシズム(自己陶酔)を併せ持つようになる。そして永田町でグロテスクな政治劇が行われる。
反知性主義者が反知性主義を、ナルシストがナルシシズムを脱構築することはできない。かなり強力な刺激を外部から注入することによってしか、反知性主義とナルシシズムが生み出す悪を除去することはできないと筆者は考える。反知性主義を崩し広範な人々の腹に入る適切な言葉を小説家、ノンフィクション作家、劇作家などの表現者が見いだすことができれば事態は改善する。表現者の責任は重い。
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