第６章 ホルモン療法 ３７．

３７．
　事件はまだまだ続く。

　Sさんが急逝された３日後、夫の赴任先であるインドネシアで大地震が起こった。スマトラ島沖の地震による津波で起きた大惨事が、まだ記憶に新しい。被害が大きかったのはジョクジャカルタという、夫のいるジャカルタから500キロも離れた場所だったのだが、名前が似ていたことと、ジャワ島の地理に疎かったために、私は要らぬ気を揉んでしまった。杞憂に終わったのは幸いだったが、被災者には心からお見舞いを申し上げる。また、夫の安否を気づかって連絡をくださった皆様には、改めてお礼を申し上げます。

　５月下旬、母の入院の直前、大腸がんで入院していた母方の伯父が危篤との報が入った。手術を前にして気落ちしている母を励ましながら、入院を見届ける。
　月末、母の手術が無事終わり、ほっとして帰宅したのも束の間、母が狭心症の発作を起こした。手術のために自律神経の働きを抑える薬を使っていたことが原因と考えられた。軽い発作だった上、母にとっては何度目かの経験だったので処置が早くでき、幸い事なきを得たが、父にも私たち娘にも寝耳に水の事実だったので、みんなで仰天してしまった。ニトログリセリンを持ち歩き、動脈硬化防止薬を服用している事実を、私たちに心配かけたくない一心で隠していたらしい。手術前、服用している薬を全部報告するよう薬剤師に言われたとき、あまりの数の多さに思わず詰問してしまった私に、母は言葉を濁して顔を歪めただけだったが、今にしてその理由がわかった。そのときのことを思い出し、私は切なくて胸が痛んで涙がこぼれた。
　さらにその翌日、危篤だった伯父が亡くなった。母にはしばらく訃報を伏せておくことにした。母は順調な経過をたどり、１０日ほどで退院した。

　それと相前後して、夫がじきに一時帰国するというので楽しみにしていたら、赴任以来続いていた咳がようやく下火になったと思いきや、今度は健診で便潜血検査にひっかかり、腸の内視鏡検査を受けることになったと言って寄越した。―私の乳がんに続いて、まさか、大腸がんや直腸がん……？？？―　せっかく母の経過がよいというのに、暗澹たる気分になった。

　認知症の疑いがある義父には、途中でヘソを曲げられたりしながらも義母があれこれ手を尽くし、紆余曲折を経た結果アルツハイマー型認知症との診断が下った。本人の目の前で告知されたにもかかわらず、その何時間か後には「認知症じゃなくてよかったよ」と義父は言ったそうだ。胸が痛んだ。