
ようやくこのシリーズの本編に入ることができました。戦後まもなく23,000首余りの応募の中から選ばれて編まれた「平和百人一首」と、各々の作者の解説を、今回より一首ずつ紹介していきます。
このシリーズについての解説は、初回記事と2回目の記事をご参照ください。
なお、かなづかいや句読点は原文のままとするので、読みづらい点はご了承ください。
平和百人一首
春は花秋はもみぢ葉山河の 美(うま)しき国に事なあらせそ
東京都西多摩郡青梅町 前田 依子
永山の松の緑を背に負つて、遠く奥多摩が甲斐の山山の連なるを見て、終戦後まだ日の浅い感傷からか、その山の紫に匂ふ美しさに胸打たれ思はず落涙した事がありました。「国破れて山河あり」とか、誠に国破れたりと言へども山は紫に山峡の水は静かに清らかなのです。思へば東京の烈しい空襲から逃れて幼子らと青梅の里に移り住んでからの夢の様な日が過ぎ、終戦を迎えて平和は再び帰つて参りましたが遂に還らぬ人もあり未だに待つ者の嘆きを身近に見聞き致します。
敗戦は悲しい現実ではありますが、私達の手に平和は帰つて来たのです。山紫水明の美しい東の日本の国になれば、桜の花が雲かとまがうばかり野山を飾り、秋には野に十草が乱れ山にはもみぢ葉が錦を織ります。この美しい静かな国(管理人注:原文は旧漢字)の山河の姿を再び乱す様な事のないように、戦など、どうか再びあらしむなと願ふ心の切なるがためにその心をそのまま歌に詠んだのであります。
(依子)