「道の学問・心の学問」第三十九回(令和3年2月19日)
伊藤仁斎に学ぶ⑫
「志を持するは書の力に藉(よ)り、憂ひを消(しょう)するは酒の功に依る。儒生貧亦た好し、幸ひ道心の濃(こま)やかなることを得(う)」
(『古学先生詩集』巻第一)
伊藤仁斎は、数多くの漢詩を詠んでいる。その特徴について『日本漢詩人選集4伊藤仁斎』では、次の諸点を上げている。
「哲理詩」…学者としての日常生活を細やかに丁寧に描いている。
「詠物詩」…菊・梅・竹・牡丹、柳、蕨、躑躅など多くの植物、月、霞、露から暴風、閃雷など自然の活力を感じさせる自然現象など、様々な形の生命力への関心と同情を以て詠んだ。
「風物詩」…風俗を極めて重視し、元旦から大晦日迄一年中の殆ど全ての節目で詠んでいる。又、農民などへの愛情など、人間の生活に対する優しい視点を持っていた。
「写景詩」…京都市中及び近郊の風景や、数少ない旅行中の風景を丁寧に美しく描き出している。仁斎はしばしば京都郊外の青山緑水の中に身を遊ばせ、幽静な詩境が描かれている。
『古学先生詩集』には、五言律詩55首、五言古詩4首、七言律詩83首、五言絶句6首、七言絶句253首の計401首が掲載されている。
今回紹介しているのは五言律詩「即興」の詩の後半部分で、律詩は次の詩である。
焔焔孤燈影(焔焔たり孤燈の影) 寥寥艸閣中(寥寥たり草閣の中)
川鳴知夜静(川鳴りて夜の静を知り) 気冷識天空(気冷めて天の空を識る)
持志藉書力(志を持するは書の力に藉り) 消憂依酒功(憂ひを消するは酒の功に依る)
儒生貧亦好(儒生貧亦た好し) 幸得道心濃(幸ひ道心の濃やかなることを得)
「即興」だから、日常生活の中で思わず詠じた心の表白の詩である。仁斎はひっそりさびしい草ぶきの建物の中で、燃え盛る灯火の下に居る。夜の静寂の中、川の音だけが聞こえて来る。空気も鎮まり澄んで天の空なる事が実感される様になる。仁斎は思う、自分が志を持ち続ける事が出来ているのは、対面し続けている書物の力によるのだ、憂いがあっても酒を飲めばその効力で忘れる事も出来る、と。更に思う、儒学者の自分は貧しい生活をしているが、それも亦良い事だ、そのおかげで道を求める心が濃やかに磨かれて来ているのだ、と。
豊かさは人を堕落させ、心を蝕みやすいが、貧しさの中で己が分を持して精一杯生きれば、心は濃やかに豊かに磨かれて来る。出仕も断り、生涯市井の一教師として清貧の中で道を求め続けた仁斎の静かな喜びが表されている漢詩であり、私は大いに共感している。
伊藤仁斎に学ぶ⑫
「志を持するは書の力に藉(よ)り、憂ひを消(しょう)するは酒の功に依る。儒生貧亦た好し、幸ひ道心の濃(こま)やかなることを得(う)」
(『古学先生詩集』巻第一)
伊藤仁斎は、数多くの漢詩を詠んでいる。その特徴について『日本漢詩人選集4伊藤仁斎』では、次の諸点を上げている。
「哲理詩」…学者としての日常生活を細やかに丁寧に描いている。
「詠物詩」…菊・梅・竹・牡丹、柳、蕨、躑躅など多くの植物、月、霞、露から暴風、閃雷など自然の活力を感じさせる自然現象など、様々な形の生命力への関心と同情を以て詠んだ。
「風物詩」…風俗を極めて重視し、元旦から大晦日迄一年中の殆ど全ての節目で詠んでいる。又、農民などへの愛情など、人間の生活に対する優しい視点を持っていた。
「写景詩」…京都市中及び近郊の風景や、数少ない旅行中の風景を丁寧に美しく描き出している。仁斎はしばしば京都郊外の青山緑水の中に身を遊ばせ、幽静な詩境が描かれている。
『古学先生詩集』には、五言律詩55首、五言古詩4首、七言律詩83首、五言絶句6首、七言絶句253首の計401首が掲載されている。
今回紹介しているのは五言律詩「即興」の詩の後半部分で、律詩は次の詩である。
焔焔孤燈影(焔焔たり孤燈の影) 寥寥艸閣中(寥寥たり草閣の中)
川鳴知夜静(川鳴りて夜の静を知り) 気冷識天空(気冷めて天の空を識る)
持志藉書力(志を持するは書の力に藉り) 消憂依酒功(憂ひを消するは酒の功に依る)
儒生貧亦好(儒生貧亦た好し) 幸得道心濃(幸ひ道心の濃やかなることを得)
「即興」だから、日常生活の中で思わず詠じた心の表白の詩である。仁斎はひっそりさびしい草ぶきの建物の中で、燃え盛る灯火の下に居る。夜の静寂の中、川の音だけが聞こえて来る。空気も鎮まり澄んで天の空なる事が実感される様になる。仁斎は思う、自分が志を持ち続ける事が出来ているのは、対面し続けている書物の力によるのだ、憂いがあっても酒を飲めばその効力で忘れる事も出来る、と。更に思う、儒学者の自分は貧しい生活をしているが、それも亦良い事だ、そのおかげで道を求める心が濃やかに磨かれて来ているのだ、と。
豊かさは人を堕落させ、心を蝕みやすいが、貧しさの中で己が分を持して精一杯生きれば、心は濃やかに豊かに磨かれて来る。出仕も断り、生涯市井の一教師として清貧の中で道を求め続けた仁斎の静かな喜びが表されている漢詩であり、私は大いに共感している。