ウッデイクン残日録   日残りて昏るるに今だ遠し   

歳だからという固定観念を捨て、残りの人生、やりたいことをやりたい

日本宗教のルーツは聖徳太子です

2018-09-10 | 政治


聖徳太子は何をした人でしょう?

冠位十二階を定めた、17条の憲法を作った、遣隋使の派遣をした
果ては10人の話を同時に理解できた超能力者などなど・・

しかし、最近読んだ本によれば、日本の宗教観に大きな影響を与えた人だったようだ。
以前私の宗教観として書いたことがあるが、日本人の持つ単一宗教に縛られない平和的な宗教観の元が
聖徳太子だったということを初めて知った。

当時(540年ごろ)中国から仏教が伝えられ、これと一緒に日本になかった進んだ技術情報が
もたらされ、太子は新技術に大いに触発され、自らも仏教徒になって新たな技術取得のため
中国へ遣隋使を派遣することになった。
ここで問題となるのが日本の皇族は神道の流れを汲んでおり、太子が仏教徒になるということは
一人の人間が神道と仏教の2つの宗教を同時に信じていいのかということになる。
皇族の一員、しかも当時の最高権力者である太子が、宗教にかかわる祭事にあたり、場合、場合によって
使い分けるという立場を示したことによって以降の日本の宗教感覚が今日のように形成されたという。
生まれたとき、七五三は神社へ、結婚式は神社か教会で、死んだときはお寺という使い分けで問題なし。

世界における宗教の扱いで、最高権力者でこのような混合思想を採った人は皆無であり、
キリスト教かイスラム教かという2者択一をせまることから世界の争いが生じていることを思えば
すごい貢献をした人といえる。
平和的な宗教観、宗教に左右されない自由な(都合のよい?)発想で判断できる日本人の
他に類を見ない経済発展に重なる素晴らしい精神構造の元となっていたのだ。

聖徳太子を大いに見直しましたぞ