丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「白夜の人」第1章:招待状

2010年06月30日 | 詩・小説
[前書き]
 今から40年以上も前の中高生の頃に書いた小説。
純愛小説としては2作目になるのだが、残念ながら1作目は紛失していて内容もすっかり忘れてしまっているので復活できない。
 この小説も、内容的に問題ある部分があって(気に入らない部分がどうしてもある)そのままでは復できないので、何とか修正を加えてみようと思うのだが、どこまでできるのか。
 本当はこのまま埋もれさせようかと思ったのだが、読み返してみて、けっこう名場面も多く、名場面だけ残してもよかったのだが、どうせなら全文復活させてもいいんじゃないかと思って今回復活させることにする。さて、どこまで修正できるのか。


登城人物

・相沢 圭子:本編の主人公。森本淳に好意を持っている。
・相沢美佐子:圭子の母。なぜか淳を嫌っている。
・相沢 幸造:圭子の父
・相沢 和子:圭子の妹。
・森本  淳:圭子のクラスメイト。
・森本 志津:淳の母。
・森本 洋介:淳の父。
・木下 礼子:圭子の親友。淳が好きである。

その他、登場人物は総勢10名ほど。


生きることが苦しみの始まりであるように
愛することは別れの始まりである
だが
苦しみが喜びの始まりであるように
別れはまた愛することの始まりである

昭和46年3月26日記


目次
[前書き]
第1章:招待状
第2章:クラスメイト
第3章:誕生日
第4章:初恋
第5章:友情
第6章:愛と死と(前編)
第7章:愛と死と(後編)
第8章:別れ
第9章:出発
最終章:結婚式
[後書き]


第1章  招待状

「お圭ーーー、ちょっと待ってよ」
 呼び声で圭子は振り返った。
 下校時の校門からは生徒がつぎつぎとはき出されてくる。その中に礼子の小柄な姿があった。桜は今が盛りであった。
「ひどいわよ、私をおいていっちゃうなんて」
「ごめん、ごめん。忘れたわけじゃないのよ」
「忘れてもらっちゃ困るわ。また淳君と喧嘩したのでしょ、ね、ね」
 礼子が顔をのぞき込むようにして言った。
「仲良くなってまだ1月しかたってないのよ。それなのに8回も喧嘩して……9回だったっけ?まあ「どうでもいいけど、一体どうなってんの。そのくせ翌日にはけろっとしてるんだから、あきれるわ」
 礼子は一息で言うと溜息をついた。肩まで垂らした髪の毛が静かに揺れた。
「彼ったら失礼しちゃうのよ」
 礼子はまたかという顔をした。
「いつもその出だしね。『彼ったら失礼しちゃうのよ、ほんと。今日こそはほんとに頭に来ちゃったんから……』。覚えちゃった」
「ほんとよ、今日こそはほんとに頭に……」
「ストップ。前置きは省略して中身に入ってちょうだい」
 いくぶんうんざりしている様子だった。圭子はゆっくり歩き出した。
「いい、私はもうすぐセブンティーンになるのよ。まだ16なのよ、わかってるでしょ」
「それがどうしたの?」
「彼ったら、どう行ったと思う?君は僕のお袋にすごく感じが似てるんだ、って。そんなに年取って見える?」
 礼子はフーッとまた溜息をついた。
「あーーあ、バカらしい。そんなことで怒ってるの」
「でもさ……」
「いつもこうなんだから」
 さっきままでの元気はどこへやら。圭子はすっかりしょげてしまった。
「彼のお母さんに感じが似ているからって、年取ってるってどうしてなるのよ。第一、彼のお母さんに会ったことあるの?」
 圭子は首を振った。
「きっと素敵な人かもしれないわ、圭子に似ているんだもの。例えば、あんたとこのおばさんみたいに……」
「そうね、きっとそうね」
 圭子の顔に再び笑顔が戻った。
「まあ、調子が良いんだから」
「気にしない、気にしない」
 もうすっかり元の調子に戻っていた。
「そうそう、言付け頼まれてんの淳君に」
 そう言うと礼子は四つに折りたたんだレポート用紙を取り出した。
「お圭がいきなり帰っちゃうもんだから言う暇がなかったんだって」
「だって、あの時は本当に頭に来てたんだから……」
「いいから、いいから。早く読みなさいよ」
 せきたてるように礼子が言った。本当は自分が読みたかったのだ。
「何て書いてあるの?」
「いい、読むわよ。えーと、今度の日曜日は僕の誕生日なので、僕の家で17回目の誕生パーティーを行います。よろしければ来ていただけませんでしょうか。母もぜひにと言っています。だって」
「へぇー、彼、あんたを両親に紹介する気なのかしら」
「冗談じゃないわ。そんな関係じゃないわよ、ねえ」
「まあ、今のところはね。ところで今度の日曜日っていったらいつかな。えーーと。ちょっと待ってよ。19日じゃない!」
「そうね、19日ね」
「のんきなこと言ってる場合じゃないわ。4月19日よ」
「ひょっとして私の誕生日だったかな……」
「ひょっとしてじゃないわよ。偶然ってあるものなのね」
「図々しいったらありゃしないわ」
圭子の頬は割れんばかりにふくれていた。
「何もよりによって私の誕生日に生まれなくってもいいじゃない」
「いいじゃないの日本人は1億人もいるんだから、同じ年齢の人がその100分の1としても100万人でしょ。1年は365日だから100万人を365日で割ったら、いくらになるのかな。えーっと、だいたい3000人の人が同じ日に生まれたってことになるんじゃない?彼がその3000人のうちの一人であっても、別におかしくはないんじゃない?」
 圭子がそういう数字の話を苦手としているのを、礼子はよく知っていた。
「で、どうする?もちろん行くんでしょ」
「どうしよう。礼子はどうする?」
「招待されているのはあんたでしょ。私には関係ない話よ」
「そんなこと言わないでよ。礼子も行くんだったら行ってもいいかな」
「そう?じゃあ一緒に行こうか」
 本当は礼子の方が行きたがっているのを圭子は知っていた。

 その晩、圭子は淳の招待状をいつまでも眺めていた。
 『母もぜひと言ってます』か。彼のお母さんってどんな人なんだろう。彼、私のことを何て言ってるのかしら。きっとお転婆で怒りっぽくて、手の付けられない、なんて言ってるのかも。チクショー、あのヤローめ。
「どうしたの?お姉ちゃん」
 同じ部屋に寝ている妹の和子が尋ねた。
「えっ?何か言った?」
「かなり物騒なこと言ってたわよ。チクショー、あのヤローめって」
「そんなこと言ったかしら」
 あぶない、あぶない。気づかないうちに声に出していたんだ。圭子はしまったとばかりに舌をぺろっと出した。
「嫁入り前の娘がそんなこと口に出すんじゃありませんよ」
「お母さんみたいなこと言って。妹のくせに少々生意気だぞ」
「えへっ。でもどうかしたの?」
「子どもには関係ないの」
「子どもじゃないわ私。ははーーん、さてはまたふられたのかな」
「また、って。私がいつふられたって言うの。第一恋愛話なんて中学生には関係ないでしょ」
「おあいにく様。私はもてて、もてて、困ってるくらいなんだから。なんだったら一人くらいお譲りしましょうか。この前だって下駄箱にラブレター入っていて迷惑してたんだから」
「和子、それほんと?大変なことになってたりしてない?」
 心配そうに尋ねたが和子はいたって平気な顔で言った。
「大丈夫よ、軽くあしらっておいたから。バレーボールをやってるってのも困りものね。ただでさえこの美貌でもてるというのに、エースアタッカーで運動神経抜群なところを見せつけちゃうんだから。それに加えて知性と教養は言うまでもなく、料理も抜群、女らしさに満ちあふれていて、これでもてないはずがないのよね。それに比べて言っちゃなんだけれど、お姉ちゃんは料理も勉強も運動も恋も不器用なんだから。あーーあ、こんな姉を持って私も苦労するわ」
 そこまで言って、さすがに言い過ぎたと和子はあわてて口をふさいだ。
「えーーえー、どうせ私は不器用であんたは優秀ですわよ。あーあ、どっちが姉だかわかんないわ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。そんなつもりで言ったんじゃなく……」
 突然和子の声のトーンが落ちた。
「ごめんなさい、勝手なことばかり言って。ほんとにごめんなさい」
「一体どうしたのよ。ほら、全然気にしてないから。どうしたの、えらく神妙になったりして」
 圭子は突然の妹の神妙な様子に面食らってしまった。和子はそれ以上何も言おうとはしなくなった。
「どうしたのよ、ほんとに。和子らしくないわよ」
 それでも反応はなかった。確かに妹の方が何でも出来て、自分は不器用なんだけれど、こういうのもふざけていつも言い合っていることで、別に妹が自分のことを誇らしげに自慢して言っているのではないことはよくわかっていることなのに、なぜか今日の和子の態度はやけによそよそしく感じてしまった。それ以上聞いてもしかたがないので、圭子はあきらめて寝ることにした。

 朝は寝坊者にとっては一番忙しい時であった。圭子も急いで味噌汁を胃に流し込んでいた。
「なんですか、圭子。落ち着いて食べないと体に毒ですよ」
 母の美佐子が注意した。
「いいから、いいから。ご馳走様でした。さて、今何分かな?」
 圭子は柱時計をながめた。時間はまだまだ十分あった。
「そうそう、お母さん、明後日お友達の誕生パーティーに招待されたんだけど、行ってもいい?」
「ええ、いいけど」
 何の気無しに母は即答した。食事を終えた和子が近寄ってきた。
「それって、お姉ちゃんの彼氏?明後日って言ったらお姉ちゃんの誕生日じゃないの?」
 母には聞こえないくらいの小さな声で耳元でささやきかけた。
「そうなのよね、かなり図々しい奴で、誕生日まで私と同じらしいのよ。今度和子にも紹介してあげるわね、森本淳君って言うんだけれど」
「森本……淳」
 和子が確かめるようにゆっくりつぶやいた。
「さあ、行くわよ」
 そう言って和子の方に目を向けた時、圭子はドキッとした。そこにあったのは和子の突き刺すような瞳だった。
「「どうしかしたの、和子……」
 後の方は声にならなかった。
「えっ?ううん、何でもない」
 正気に返ったように和子が言った。
「あなた、昨日からちょっとおかしいわよ。熱でもあるの?」
「ううん、ちょっと考え事していただけ。さあ行きましょう」
 和子はさっさと玄関に出て行った。圭子はどうにもすっきりしない気分だった。