その9 (A ending): ここで、フェルメールに会える!
ゴッホの『医師ガシェの肖像』を124億円で購入した大昭和製紙名誉会長の斉藤氏は、
「自分が死んだら棺おけに一緒に入れて焼いてほしい」と言ったそうだ。
フェルメールが愛したブルー。
このブルーの原料は、”ラピスラズリ(lapis lazuli)”という鉱物で、
ツタンカーメン王の黄金のマスクにも使われていることは前にも触れた。
確かに、
ツタンカーメン王達は、生前と同じ暮らしが出来るように、様々な財宝を埋葬して
死後の世界に持参した。
現在においても、頂点を極めたヒトに限らず
例えそれが貴重なもの・高価なものであっても、自分が愛したモノと一緒にいたい。
という欲求は、わかりやすい欲求だと思う。
遺族は、出来る限りこの遺言をかなえてあげたいと思うだろう。
ゴッホの名作『医師ガシェの肖像』を自分の棺おけに入れて焼くという発言には、
賞賛は少なく、非難が多かったそうだ。
“人類の遺産”を個人が消費・消耗していいのか?
というのが非難の論点のようだ。
さすが精神貴族だね~。などという声援は聞こえてこなかった。
結局は、斉藤氏が死亡しても棺おけの中に一緒に入れて焼かれることはなかったが、
遺族ではない社会という存在が異議申し立てを行ったのだから、
社会として、個人の自己実現と、残しておきたい社会資産の維持管理との調和を考える必要がありそうだ。
個人財ではなく公共財として保有する
“美術館“という装置が、この役割を担うようになったが
個人・家の財産管理から脱して社会の装置となったのは、
1789年のフランス革命以降であり、
フランス国立美術館(現、ルーブル美術館)が設立され、1793年から一般公開された。
フェルメールが死亡してから100年以上経過した後のことだ。
それまでも美術品を収納する場(美術室)がなかったわけではない。
ヒトラーが愛したフェルメール作『アトリエの画家』は、ナチスが略奪した美術品とともに、
オーストラリア・ザルツブルク近郊の岩塩坑に秘匿していたが、
戦後オーストラリアに返還され、現在は、ウィーン美術史美術館が所蔵している。
この美術館の出自は、
第一次世界大戦まで中世・近世の中央ヨーロッパを支配した、
ハプスブルク家の膨大なコレクションを管理するところであり、
一般公開が初めてされたのは、1891年というから
ルーブル美術館の公開から、さらに約100年も後となる。
さらに、
1764年にロシア・ロマノフ朝のエカチェリーナ2世が収集を始めたのが起源となる
エルミタージュ美術館が一般公開したのは、1917年ということだから
貴重なもの・価値あるものは、秘蔵される。
公開なんてとんでもない。
或いは、愛用品は、死者とともに埋葬され死蔵された。
美術・工芸品を蓄積する“場”が“美術館”として創られ、体系化付けられ“公開”される。
このこと自体が新しい出来事であり、人類の知恵の結晶の一つでもある。
機械には、潤滑油が必要なように、人々には、感動する優れモノが必要だ。
美術館は、感動という素晴らしいモノを生産する装置となり、
世界中の人々に潤いを与えてくれる。
1696年、フェルメールの作品33点の内21点が、アムステルダムで競売にかけられ散逸が始まったが、
以後、様々な所有者がドラマをつくり、現在は、世界各国の美術館が所蔵している。
個人所有されると公開されないということが起きるが、
フェルメール作品で本物と鑑定されている作品に関しては、全て観ることができる。
稀有でもあるし、素晴らしいことでもある。
これまで、近くに行っても、フェルメールに会いたいという目標がなかったので素通りしたのが
今となっては残念だ。
(表)フェルメール33点の絵画の所蔵先
<ヨーロッパ>
·アムステルダム国立美術館(アムステルダム) 4点『牛乳を注ぐ女』他
·マウリッツハイス美術館(ハーグ) 3点『真珠の耳飾りの少女』他
·ドレスデン美術館(絵画館)(ドレスデン) 2点『窓辺で手紙を読む女』他
·ベルリン美術館(ベルリン) 2点『真珠の首飾り』他
·ナショナルギャラリー(ロンドン) 2点『ヴァージナルの前に座る女』他
·ルーヴル美術館(パリ) 2点『天文学者』他
·ブラウンシュバイク アントン・ウルリッヒ公美術館 1点『二人の紳士と女』
·バッキンガム 宮殿王室コレクション 1点『音楽の稽古』
·エジンバラ ナショナルギャラリー 1点『マリアとマルタの家のキリスト』
·ダブリン ナショナルギャラリー 1点『手紙を書く女と召使』
·ロンドン ケンウッドハウス 1点『ギターを弾く女』
·シュテーデル美術館(フランクフルト・アム・マイン) 1点『地理学者』
·美術史美術館(ウィーン) 1点『アトリエの画家』
<アメリカ>
·メトロポリタン美術館(ニューヨーク)5点『窓辺で水差しを持つ女』他
·ニューヨーク フリック コレクション 3点『仕官と笑う女』他
·ナショナル・ギャラリー (ワシントン)(ワシントンDC) 2点『天秤を持つ女』他
·イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン) 1点『合奏』
美術品などの
“公開”は、
所有権は移転しないが、個人・家の資産管理から脱却し、
国の資産、社会の資産、人類の資産となることを意味する。
所有する財産価値だけでなく、観ることによる心の健康・豊かさ、ヒトとしての高次な欲望へのガイドなど
生き方・生き甲斐のマネジメントに貢献するようになる。と考える。
歴史的に、パトロン・戦争(略奪)・バブルなどで翻弄されてきた美術界だが
歴史のゴミを引きずっている怪しげなところを浄化し、心を豊かにする産業としての基盤をつくって欲しい。
金持ち・欲持ちの一人の人間の所有するだけの満足を満たすのではなく、
観る満足、語る満足、そこに行く満足を最大化することを事業としてもっと取り組んで欲しい。
と思った。
フェルメールとその時代のオランダ
その1:フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展
その2:近代資本主義の芽生え
その3:遠近法は15世紀に発見された!
その4:リアリズムを支えた技術、カメラ・オブスキュラ
その5:プロテスタンティズムと風俗画誕生
その6:フェルメールのこだわり “フェルメールブルー”
その7:フェルメールを愛した人々&世俗のフアン
その8:アートを描く視線、アートを欲する欲望