ここでアダム・スミスにつぐ当時の自由貿易論者であったリカードの自由貿易論と不況との関係について述べたいと思うが、1815-1820年代当時ではマルサスとの穀物法論争が有名ではあるが本稿でそれら全部を述べる事は不可能であり、また必要も無いと思われるのでここではリカードの”経済学および課税の原理”(翻訳は岩波文庫版羽鳥・吉澤訳)にそった形で述べる。この”原理”のなかで貿易論に関しては第7章外国貿易について、また第22章輸出奨励金と輸入禁止 がある。(第25章植民地貿易について は別途述べる)
ここで一般にリカードの貿易論でごく特徴的なのは所謂”比較優位による生産と貿易”と言う事がまず前提問題として掲げられるがリカードの其の立論は
①外国貿易の拡張は商品数量を増大させ、その結果享楽の総量を増大させることには、きわめて強力に貢献するだろうが、しかし直接には一国の”価値額を増大させない”。
②一国内の諸商品の相対価値を規定する同じ法則は、二国またはそれ以上の国々の間で交換される諸商品の相対価値を規定しない。
③経験の示すところでは資本は外国に自由には移動しない。
④上巻p191~では”かりにポルトガルが他国との通商関係を持たないとすれば、この国は其の資本と勤労の大部分をぶどう酒生産に投下しこのぶどう酒でもって他国の毛織物と金属類を自国用に購入する代わりに其の資本の一部分をこれら諸商品との製造に向ける事を余儀なくされ、その結果おそらく質量ともに劣ったものを獲得することになるであろう。
ポルトガルがイギリスの毛織物と引き換えに与えるであろうぶどう酒の分量はかりに両商品ともにイギリスであるいはポルトガルで製造される場合にそうであるようには各々の生産に投じられるそれぞれの労働量によって決定されるものではない。
イギリスは毛織物を生産するのに一年間で100人の労働を要し、またぶどう酒を醸造しようとすれば同一期間に120人の労働を要するような事情のもとにあるとしよう。したがってイギリスは毛織物の輸出によってぶどう酒を輸入し購入する事が自国の利益であるとみなすであろう。
ポルトガルでぶどう酒を生産するのには一年間で80人の労働しか要せず、また同じ国で毛織物を生産するのには同一期間に90人の労働を要するかもしれない。
それゆえこの国にとっては毛織物と引き換えにぶどう酒を輸出するのが有利であろう。この交換はポルトガルによって輸入される商品がそこではイギリスにおけるよりも一層少ない労働で生産されうるにも拘わらず、なお行われうるであろう。ポルトガルは毛織物を90人の労働で製造しうるにも拘わらず、其の生産に100人の労働を要する国からそれを輸入するであろう。なぜならポルトガルにとっては其の資本の一部分をぶどう酒から毛織物へと転換することによって生産しうるよりも一層多くの毛織物をイギリスから交換入手するぶどう酒の生産に其の資本を投下する方がむしろ有利だからである。”
と述べているがまた別のところではこう述べている。(p194~)”したがって、毛織物がポルトガルでその輸入先の国で要した費用よりも多額の金に対して売れない限りそれはポルトガルに輸入されるはずはない。またぶどう酒がイギリスで、ポルトガルで要した費用よりも多額の金に対して売れない限りそれはイギリスに輸入されるはずはない。”
と言う事でこれは上記④の傍線部分と矛盾した表現であるかと思われ、”比較優位”とずれた思考展開となっている。この部分の国際間の価値関係については労働価値説的立場の観点からも論争があるところとされこの部分の立ち入りは当面の問題から外れるためこれ以上は掘り下げないが、19世紀当初と違い現代では③の資本移動もかなり自由であり多国間の価値比較の相違と言うのは少ないのではと言うのが私見である。
さてリカードは上記設例は物々交換的としこれに貨幣制度がある事を述べている。
”金と銀が流通の一般的媒介物に選ばれているので、金銀は商業競争により、かりにこういう金属が存在せず諸国間の貿易が純粋に物々交換である場合に起こるであろう自然的交易に適応するような割合で世界の異なる国々の間に分配されるのである。”(上巻p194)又
第22章 輸出奨励金のところではこう述べているがこれはリカードとしての貨幣数量説論者であることを示している。下巻p138”貨幣の価値が局地的に下落すると言う事はこの意味で、全商品が高価格だと言う事である。しかし金銀が商品の最も安い市場で購買する自由を持つ限り、金銀は他の国々のより安い財貨と交換に輸出されそこで金銀の数量の減少が国内でのその価値を上昇させるだろう。諸商品がその通常の価格水準に復帰すれば、国外市場に適した諸商品が以前と同様に輸出されることになるだろう。”
ここで又リカードはその”価値論”で”機械の導入は価値規程に修正を与える”とし(第1章)それが貿易にも影響を与えるとし第7章外国貿易p200でこのように書いている。”技術と機械の改良以外にも、つねに貿易の自然の成行きに作用し貨幣の均衡と相対価値を損なうさまざまな原因が有る。輸出奨励金または輸入奨励金、諸商品に対する新税は、ある時は其の直接作用によりまた他の時は其の間接作用によって自然的物々貿易を攪乱し(disturb)その結果、貨幣を輸入または輸出する必要を生じそれによって価格が商業の自然の成行きに適応しうるようになる。そしてこの効果はたんに攪乱要因の生起する国だけでなく程度の大小はあっても商業世界のあらゆる国に生ずるのである。”
リカードの”経済学および課税の原理”は初版が1817年に出されているが、穀物法は、1815年来、80シリング未満になると輸入禁止でありました(輸出奨励金は無し)。80シリング以上で輸入自由であり、その80シリングが一定その境目であったことはあったと思われ、また1818年にはロシアからの穀物輸入が貨幣市場に圧力を与えたとされる。
つまり簡単的には穀物不作→輸入(80シリング)→急な金属流出→貨幣市場圧迫→恐慌、不況
という流れがあったのではないかとされこれと同様の批判が1830-40年代に産業資本家から穀物法廃止の要求の一理論の根拠となった。
参照:熊谷次郎 イギリス綿業自由貿易論史 ミネルヴア書房1995年 尚、穀物法の改正一覧は“美濃口武雄 マルサス・リカードの穀物法論争“(http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/16633/1/studys0170000010.pdfのP2に有る。
以下次回