昨日の続き。
遅めの昼食をとり、十分休憩をとり最終目的地の三殿台遺跡へ向けて出発。
遺跡は小高い山の頂上にありますので途中から急な登り坂になります。
車もかなりアクセルを踏み込んで登っていきます。
ちょっと歩くペースを落としてのんびりと登る事にしますが、地元の人や県立外語短大に通う人はこの坂を毎日上り下りするのかと思うと頭の下がる思いがします。
何とか坂道を上り切り、県立外語短大の周囲に沿って道を進み、住宅の間を通り更に一段高くなった所に三殿台遺跡があります。
入口を入ってすぐ左手にある建物が考古館本館で縄文、弥生、古墳時代の遺物が展示されています。
考古館を出て正面には草に覆われた平らな場所が広がっており、中央付近に倉庫のような建物があります。
倉庫のような建物は住居跡保護棟で発掘調査が行なわれた後、大部分は保護のため再度、埋め戻されたそうですが展示目的のため一部建物を建ててそのままにしてあります。
下の画像は窓越しに中を撮影した物です。
住居跡保護等の奥には三時代の住居を復元したものが建っています。
復元住居と言っても当時の住居の絵が残っている訳ではないので、柱を立てたと思われる穴の形や深さや壁にはった物を押さえるために周りに掘り巡らした溝によってその時代の家の形を想像して作ったそうです。
下の画像は縄文、弥生、古墳時代の復元住居です。
住居の形も丸いものから四角い形へと変化しており、煮炊きをする窯も段々と石を積んだ炉から粘土で築いたカマドと変わって来ている事が判っているそうです。
住居内の画像は縄文期の住居です。
のどかな日差しの下、ベンチに腰掛けながらこのような景色を眺めていると古代の人々の暮らしを想像して楽しむのもたまには良いかなと思いますが、反面こんな山の上に住んでいた当時の人々は水はどうしたのか等、普段の生活は大変だったのではないかと思います。
山の下には川が流れているとは急斜面の木々に覆われた獣道のような道を水を運ぶのは一苦労だったと思います。
喫煙コーナーでタバコ2本吸いながらこのような事を考えていました。
木に一杯たかっていた虫です。
一匹二匹でしたら初めて見る虫なので珍しいと興味を持つ所ですが、撮影をしている途中、葉の上の至る所にウジャウジャといたので気味悪くなりました。
ただの空き地ではありません!
なんと貝塚だそうです。
三殿台遺跡の門を出て右から帰ろうか、左から帰ろうか考えていたら正面の金網に貝塚というプレートを発見。
磯子の海は近いんですが、どうなんでしょうか、敢えてこんな小山の上に住居を建てる必要があったのか疑問の残る所です。
時間と体力があれば、右に曲がって岡村天満宮、岡村公園を散策する所ですが、左に曲がり帰路につく事にしました。
住宅街までちょっと戻り、県立外語短大の裏に三殿台公園というバス停があり、ちょうどバスが来る時間でしたので、バスに乗って弘明寺まで戻る事にしました。
バスは210円、時間は15分ほど。
終点弘明寺は鎌倉街道側の市営地下鉄弘明寺駅乗り口近くで、このまま帰ると観音橋から鎌倉街道までの弘明寺商店街を見ていなかったんで、ちょっとぶらつこうとはじめに眼に入ったのが、ほまれや酒舗。
どぶろく、店先に並ぶ多数の日本酒!
『旬のひやおろし』という文字が目を惹きました。
説明を読みますと『厳寒の時仕込んだ酒をひと夏低温貯蔵庫で静かにじっくり熟成。
この秋口に出荷されます。
まろやかな仕上がり、旨味が凝縮された旬酒、是非今一番の酒味わって下さい。』
ハイ!味わせて頂きます!!という事で秋田清酒株式会社製の山廃仕込純米酒、刈穂を買いました。
一升瓶を持って商店街をうろつく気にならず、そのまま私営地下鉄に乗って帰宅。
夜、寝る前に飲んでみましたが、すこし酸味がありますがサッパリとした辛口でおいしいお酒でした。
では。
遅めの昼食をとり、十分休憩をとり最終目的地の三殿台遺跡へ向けて出発。
遺跡は小高い山の頂上にありますので途中から急な登り坂になります。
車もかなりアクセルを踏み込んで登っていきます。
ちょっと歩くペースを落としてのんびりと登る事にしますが、地元の人や県立外語短大に通う人はこの坂を毎日上り下りするのかと思うと頭の下がる思いがします。
何とか坂道を上り切り、県立外語短大の周囲に沿って道を進み、住宅の間を通り更に一段高くなった所に三殿台遺跡があります。
入口を入ってすぐ左手にある建物が考古館本館で縄文、弥生、古墳時代の遺物が展示されています。
考古館を出て正面には草に覆われた平らな場所が広がっており、中央付近に倉庫のような建物があります。
倉庫のような建物は住居跡保護棟で発掘調査が行なわれた後、大部分は保護のため再度、埋め戻されたそうですが展示目的のため一部建物を建ててそのままにしてあります。
下の画像は窓越しに中を撮影した物です。
住居跡保護等の奥には三時代の住居を復元したものが建っています。
復元住居と言っても当時の住居の絵が残っている訳ではないので、柱を立てたと思われる穴の形や深さや壁にはった物を押さえるために周りに掘り巡らした溝によってその時代の家の形を想像して作ったそうです。
下の画像は縄文、弥生、古墳時代の復元住居です。
住居の形も丸いものから四角い形へと変化しており、煮炊きをする窯も段々と石を積んだ炉から粘土で築いたカマドと変わって来ている事が判っているそうです。
住居内の画像は縄文期の住居です。
のどかな日差しの下、ベンチに腰掛けながらこのような景色を眺めていると古代の人々の暮らしを想像して楽しむのもたまには良いかなと思いますが、反面こんな山の上に住んでいた当時の人々は水はどうしたのか等、普段の生活は大変だったのではないかと思います。
山の下には川が流れているとは急斜面の木々に覆われた獣道のような道を水を運ぶのは一苦労だったと思います。
喫煙コーナーでタバコ2本吸いながらこのような事を考えていました。
木に一杯たかっていた虫です。
一匹二匹でしたら初めて見る虫なので珍しいと興味を持つ所ですが、撮影をしている途中、葉の上の至る所にウジャウジャといたので気味悪くなりました。
ただの空き地ではありません!
なんと貝塚だそうです。
三殿台遺跡の門を出て右から帰ろうか、左から帰ろうか考えていたら正面の金網に貝塚というプレートを発見。
磯子の海は近いんですが、どうなんでしょうか、敢えてこんな小山の上に住居を建てる必要があったのか疑問の残る所です。
時間と体力があれば、右に曲がって岡村天満宮、岡村公園を散策する所ですが、左に曲がり帰路につく事にしました。
住宅街までちょっと戻り、県立外語短大の裏に三殿台公園というバス停があり、ちょうどバスが来る時間でしたので、バスに乗って弘明寺まで戻る事にしました。
バスは210円、時間は15分ほど。
終点弘明寺は鎌倉街道側の市営地下鉄弘明寺駅乗り口近くで、このまま帰ると観音橋から鎌倉街道までの弘明寺商店街を見ていなかったんで、ちょっとぶらつこうとはじめに眼に入ったのが、ほまれや酒舗。
どぶろく、店先に並ぶ多数の日本酒!
『旬のひやおろし』という文字が目を惹きました。
説明を読みますと『厳寒の時仕込んだ酒をひと夏低温貯蔵庫で静かにじっくり熟成。
この秋口に出荷されます。
まろやかな仕上がり、旨味が凝縮された旬酒、是非今一番の酒味わって下さい。』
ハイ!味わせて頂きます!!という事で秋田清酒株式会社製の山廃仕込純米酒、刈穂を買いました。
一升瓶を持って商店街をうろつく気にならず、そのまま私営地下鉄に乗って帰宅。
夜、寝る前に飲んでみましたが、すこし酸味がありますがサッパリとした辛口でおいしいお酒でした。
では。