長い時間をかけて準備してきた市文化財保護協会の会員研修視察が、今日実施です。
この方は、弘前市長勝寺の御本尊である釈迦3尊像の左脇におわします「達磨大師」さんです。
今回の視察の事前調査に3回出かけたのですが、ここ「長勝寺」は拝観料300円ということで当日の予約をし、実際には中には入っていませんでした
長勝寺は本堂を改修中で、御本尊釈迦3尊像や「達磨大師」他たくさんの仏像は庫裏に仮安置で、触れるほどの超間近にありました。その中でもこの「達磨大師」さんは強烈な印象でした。
ご存知の通り達磨さんは石の上にも3年、足が無くなるまで座り続けて悟りを開いた人です。
お釈迦さんのお弟子さんの中には自分の名前も覚えていれないほどに物覚えが悪い人が居り、お釈迦さんは毎日の掃除を言いつけたました。
そのお弟子さんは掃除に徹することで悟りを開くことができ、お釈迦さんの16人のお弟子さんに加えて頂いたそうです。そのお弟子さんが亡くなり、そのお墓の周りにそれまで無かった植物が育ったそうです。それが「茗荷(みょうが)」だそうです
「諦めずに頑張ること」の大切さを諭(さと)しておられると思います。
私も諦めかけている古文書解読を(仕事ではなくなったのですが)、通信教育等で学び続けて行こうと思っています。達磨さんのような顔はしないけど、頑張り続けようと思います
長勝寺御本尊釈迦3尊像です。
出番を遅らせてしまい(脇侍の達磨さんより)申し訳ありませんでした。修復工事が終わるとこんなに間近に拝ませて頂くことは出来ません。・・・工事中であったことに感謝します
ここ長勝寺は津軽家の菩提寺で、津軽の若殿様のミイラがあったお寺で有名ですが、津軽家代々の霊屋も5つあります。
津軽初代藩主、津軽為信公の奥様の霊屋(お墓)がありました。しかし津軽為信公ご自身の霊屋(お墓)はここ長勝寺にはありませんでした。
ここは革秀寺(弘前市内)です。
革秀寺の和尚様が説明をして下さっているのが津軽為信公の霊屋の内部です。中央の石造物が墓石です。
為信公は京都で亡くなったので、京都で火葬になりこの革秀寺にはお骨が、この墓石の下に埋葬されているのだそうです。
奥様のお墓は長勝寺に、旦那様の為信公のお墓は6km位離れた革秀寺にありました。
私は、長勝寺でも革秀寺の和尚様にも、何故そうなのか同じ質問をしました。
両者の答は双方全く違っていました
ここでは長くなるので控えますが、どちらが正しいのかは今後検討しなければならない課題となりました。・・・さほどは難しくないと思います。
今回の研修視察を計画し、下見に行ったりで勉強になりましたが、関わると更に課題が・・・諦めた時が終わり、諦めず楽しんで取り組みたいと思います
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます