友人のNさんから先日行われた公演の感動した話を聞かせてもらった。
内容は、次のようなものであった。
東日本大震災の時に多くの自衛隊員が捜索活動に携わったことはご存じであろう。
ある地区で、路頭に迷った婦人がおられた。
おそらく、来る日も来る日も誰かを探し、さ迷い歩いている様子だったという。
明らかに憔悴(しょうすい)しきっており、放っておけば倒れるまで探し続けることは誰の目にも明らかだった。
自衛隊員の士官が、その婦人にやさしく声をかけた。
「どうされましたか?」
我に返ったように婦人は応えた。
「息子が、息子が見つからないんです。」
「私たちが捜しましょう。休んでおいてください。」とやさしく声をかけた。
そして、士官はその婦人から息子さんの特徴や着ていた衣服の特徴を聴くと全員に伝え、捜索するよう命じた。
その捜索は簡単ではなかったという。
湿地帯のようなぬかるんだところに身体を半分以上つかりながら、重い瓦礫を取り除く作業が何日も続いた。
死臭と下水道のような臭いが入り混じった中での作業は過酷そのものであったという。
そして、それらしき子どもの遺体をがれきの下から見つけたとき、損傷が激しく、それは無残な状態だったという。
それでも、自衛隊員は水道水でその遺体をきれいに洗い、やさしく毛布に包んだ。
そして、衣服がそれとわかるように腕だけを出し、母親にその遺体を差し出した。
母親にその顔を見せるにはあまりにも忍び難かった。
母親はその衣服と遺体の大きさから、「まちがいありません、私の息子です。」と告げた。
そして、その遺体を受け取った母親は帰らぬ息子にやさしく語りかけたという。
「よかったね、自衛隊の皆さんが見つけてくれたよ。今度、生まれ変わってきたらお前も自衛隊に入り、人の役に立つ人間におなり...」と。
その周りにいた自衛隊員全員が天を仰ぎ慟哭したという。
今、国会では戦争ありきで議論がなされている。
何が正しいか、正しくないのか私にはよくわからない。
ただ、私たち日本国民はそれほど馬鹿ではない。
「平和ボケ」と言われようと、どの民族よりも平和をこよなく愛している。
そして、被爆二世として核の怖さと悲惨さを知っている。
そんな国民が戦争を望むであろうか。
戦争の道につながることを望むであろうか。
しかし一方で、たとえ戦争をしたくなくても自国の利益しか考えない隣人がいて、戦争を仕掛けてきたとしたら、いったい誰が守るのであろうか。
そういったことを日本国民として一人ひとりが真剣に向き合い考える時期に来ているのは確かだと思う。