風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に

短歌や俳句の鑑賞を楽しみ、歴史上のエピソード等を楽しみます。
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比歌句 その九 右(続き)

2018年03月11日 | 和歌

私の「略奪婚」に関する知識は、折口信夫『最古日本の女性生活の根底』(『古代研究Ⅰ』角川ソフィア文庫)のみです。そして、折口信夫は、略奪婚に関してはほとんど語っていない。語られているのは、「逃走婚」についてだ。

「逃走婚」について、かいつまんで述べる。

<地方豪族の娘は、その土地の神の巫女たる者が多い。巫女(神の嫁)が、人間の男との結婚に神にすまなくもあり、その怒りが恐ろしいのである。

沖縄(久高島)の民間伝承がある。(大正の初めに島中の申し合わせで廃止)

その伝承によれば、婚礼の当夜、盃事がすむと同時に、花嫁は家を遁(に)げ出て、森や神山に匿れて、夜は姿も見せない。昼は公然と村に来て、嫁入り先の家の家の手伝いをする。男は友だちの手伝ってもらい、花嫁の居場所をつき止めるために、顔色も青くなるまで尋ね回る。もし、三日や四日で見つかると、前々から申し合わせてあったものと見て、二人の間がらは、島人全体から疑われ、爪弾きされることになる。長く隠れられたほど、結構な結婚と見なされる。(最長、七十幾日とのこと)

夜、婿が嫁を捉えたとなると、髪束をひっつかんだり、ずいぶん手荒なことをして連れ戻る。女もできるだけの大声をあげて号泣する。それで村中の人が、嫁とりが決着したことを知ることになる。>(一部、文章を端折った。興味のある方は、是非原文(といっても、新かなですが。)をお読み下さい。

 

(昨日取り上げた)柿本人麻呂の

長谷(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下にわが隠せる妻。あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも

ますらをの思ひみだれて隠せるその妻。天地に(あめつち)に徹(とほ)り照るとも顕れめやも

読んだ時に、「逃走婚」のことを思い出して、「略奪婚」の歌ではないかと推測するようになった。

と、思っているうちに、ある歌もやはり「略奪婚」の歌だと思うようになった。

との歌とは、

 

八雲やくも立つ 出雲いづも八重垣やへがき 妻籠つまごみに 八重垣作る その八重垣を  須佐之男命(スサノヲノミコト)

 

<雲が何重にも立ちのぼる――雲が湧き出るという名の出雲の国に、八重垣を巡らすように、雲が立ちのぼる。妻を籠らすために、俺は宮殿に何重もの垣を作ったけど、ちょうどその八重垣を巡らしたようになあ。

 

◇八雲(やくも)立つ 雲が数限りなく湧き起こる。和歌では普通「出雲(いづも)」の枕詞として用いられる句であるが、掲出歌は古事記によれば須佐之男命が立ちのぼる雲を見て詠んだ歌なので、実景を指すことになる。「八雲」は数限りない雲、あるいは勢いが盛んな雲をあらわすと思われるが、かつては八色の雲(瑞雲)と解するのが普通だった。◇出雲(いづも) 国の名。今の島根県東部にあたる。◇八重垣(やへがき) 何重にも巡らした垣。◇妻籠(つまご)みに 新妻を籠もらせるために。一説に「こみに」を「もろともに」の意とし、「妻と共に」と解する。◇その八重垣を 助詞「を」は前句「作る」の目的格を示すと取れるが、詠嘆をあらわす働きもしていよう。>

解説は以下のサイトから転記させてもらいました。

やまとうた

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/index.html

 

この歌は略奪した妻を厳重に守りを固めた館に匿った。奪い返せるものなら、奪い返しに来てみろ。私は妻を守り通してみせるぞ。という意気込みが込められている思うと、この歌をしっくりと理解できた。

では、誰から奪ったのか?ヤマタノオロチは退治した。でも、同族がいるかもしれない。

それとも、本来、女性は家にいて男が通うものだとすれば、妻の親から奪ったことになる。

さあどっちだろう。今は、誰から奪ったのかまでは、推理できていない。

「用心は勇気の大半なり」ということわざが思い浮かんだ。