筑波嶺の新桑繭(にひぐわまよ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)しあやに着欲しも 万葉集 よみ人知らず
「筑波山の山麓で取れた新しい繭から作った着物はあるけれど貴方の着物がどうしても着たくなった(貴方と寝たい)。」
この歌は、通常こういう解釈になっている。だが、それだけなのかというのが私の読みだ。新着の着物と古着とを比較しているのではなく、古着を来ている人と比較しているのか。
この歌の作者は、絹の着物を召す階級の人だ。地方豪族のお坊ちゃんでしょう。
筑波山といえば、嬥歌(かがい)が有名だ。嬥歌には、未婚、既婚に関わらず、思いを寄せた人達の触れ合い(まぐわいを含む)の場というイメージがあるが、筑波山へは箱根、丹沢以北の関東各地から男女が集まり“婚活”も行われていたということだ。
私は、離れた地域の間での政略結婚もあったのではないかと思った。
「親の言いつけで他国から妻を娶いはしたものの、絹織物で着飾った新妻はいるものの、私は、今まで慣れ親しんだあなたのことが忘れられない。どうしてもあなたの衣の中に入りたい気持ちを抑えられない。」
有能なプレイボーイだ。さあ、相手は何て答えたのだろう。
この歌と<木(こ)の間(ま)より洩(も)りくる月のかげ見れば心づくしの秋は来にけり>の共通点は、愚痴まじりの甘い囁きだ。