見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家(ふじわらのていか)
「花も咲いていない紅葉も終わってしまった入り海の海岸に建てられた粗末な小屋だけが見える秋の夕暮れだ。」と詠う。
さあ、この殺風景な景色に何を見るのか。それは、桜が見事に咲いていた俤であり、紅葉が色づいていた時の俤だ。殺風景を殺風景と見るのではなく、美しかった過去の俤をその景色に重ねているのだ。そして、それはうらぶれた貴族階級の華やかなりし頃の旧懐でもあろう。
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家(ふじわらのていか)
「花も咲いていない紅葉も終わってしまった入り海の海岸に建てられた粗末な小屋だけが見える秋の夕暮れだ。」と詠う。
さあ、この殺風景な景色に何を見るのか。それは、桜が見事に咲いていた俤であり、紅葉が色づいていた時の俤だ。殺風景を殺風景と見るのではなく、美しかった過去の俤をその景色に重ねているのだ。そして、それはうらぶれた貴族階級の華やかなりし頃の旧懐でもあろう。