時に私は毒舌と言われる.
しかも,できるだけ本人の前で毒づくことにしている.
前に出られない時でも,メッセージを送るようにしている.
そうすることで,別の誰かから私に愚痴られることがなくなるんじゃないかな?
そんな淡い期待を持ったりしている.
今日は回り回って後輩への愚痴を,ある人から聞くことがあった.
きっと彼は私と後輩の関係なんか想像もしていないのだろうに.
びっくりした.
歯がゆかった.
反省した.
お客様,ごめんなさい.きっと彼には甘っちょろい先輩がいたからご迷惑をかけることになったのでしょう.
もっと追い込んでおくべきだったかな.
嘘にまみれた世界にいても,気付かなければ反吐もでない.
「知らぬが仏」とも言うし,とショックから守ってあげたつもりで放置した例外だった.
今から思えば,愛情が足りない行為だった.
そして私はとことん疲れてたなぁ.
良いことじゃないので,懐かしいとも感じない.
私が戻ることのない道に,私が関係した地雷が仕込まれていっているような嫌な気分だ.
地雷除去というのは立派な仕事.
しかし地雷を埋め込むのもまた仕事である人もいる.
でも地雷の馬鹿らしさに気づくことは,単にその危険性を認識できることだけでなく,人間が上のクラスに昇ることに繋がる.
私はこの世から地雷がなくなれば良いと願う.
何をするべきか?
ひとつずつ目の前の地雷を除去すべきか?
心の中で「ゴンベが種まきゃ,カラスがほじくる」と聞こえる.
きっと違う答えがあるのだろう.
でもそれは絶望が隠れた希望だとしても,愚直に持ち続けなくてはいけないと思う.
きっとそれが「準備」というものなのだろうと思う.
英語の方がわかりやすい表現だなぁ.
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