「今日はすいているみたいで、嬉しい」と鎌倉駅の改札口の外で、「鎌倉見物」に来たらしい女の人がつぶやいていた。なぜ「すいている」のか、訳を考えれば喜んでばかりいられないのではと、私は思った。
「大震災」から一週間程たって、私の生活リズムはすっかり狂ってしまった。なぜか集中力がわかないのだ。もっぱらテレビに見入り、パソコン画面に見入る時間が多くなった。月内の殆どの予定をキャンセルし、家に引きこもった状態になってしまったのだ。突然降ってわいた「長期休暇」も喜んではいられない。何も心配する事がなければ、近場の海外にでもぶらっと、出て見たい所だがそうは行かない。鬱々とした気分を散じる為、1人、山を歩いてみよう、と思った。体力の低下も防止できるし、常々調べたいと思っていた鎌倉アルプスの枝道や踏み跡をしらみつぶしに歩こう、と思ったのだ。それに、こんな時、山に人は出ているのだろうか、と言う興味もあった。晴れてそれ程寒さも感じない、連休初日と言うお日柄の鎌倉、普通だったら人で溢れているはずなのだ。
最寄りの駅から電車に乗ると、お墓参りにでも行くのだろうか、何事もなかったように、沢山の人が乗っている。それでも、普段のより多いのか、少ないのかは判らない。とにかく、皆、何事も無かったような風情だ。普段なら、三日にあげず歩いている我が身にとって、一週間も歩かないと、もう体がなまった感じがする。体力も、わずかだが落ちているのだろう。やはり、山の体力は山で維持する以外ない。
鎌倉の駅前、やはり普段の「喧噪」とは違う。人は沢山いるが、普段はこんなものではない。でも、「霊園」に向かう私の乗ったバスは墓参に行くらしい人々で満員だった。目的のバス停で降りるとすぐに歩き始める。予め、解明したい枝道や踏み跡は決めてある。それにしても、普段、余り一人で歩く事は少ない。同行者がいる時、未知の枝道や踏み跡を見つけると、そこに入って見たい衝動にかられる。獲物を前にした「猟犬」の気持だ。そんな時は、踏み跡の状況を「記録」して、後日再訪する事もある。何故、それほどの衝動にかられるのか、自分にも判らないが、その道が何処に通じているのかを、知りたいと言う大いなる「好奇心」に違いない。出掛けたのが遅かったので、登山口から歩き始めて15分程、最初の分岐で、もうお昼にした。その間、目の前を通る人を観察していたら10人程の人が通過した。ほんの10数分の間だから多いな~と、その時は感じた。昼食の後、お目当ての枝道に着いて躊躇なくそこに入る。初めて歩く道は、私をわくわくさせる。早く歩けばそれだけ沢山見られる、と思っている為か、とても速足だ。だが、全ての分岐では必ず状況を記録し写真を撮ると言う作業を繰り返す。程なくしてT字分岐に着いた。大体の方向感覚で右へ行く。3分程で又T字。ここも右に行く。数分歩いてすぐに既知の分岐になったので戻る事にする。今度は最初のT字分岐に戻り左の踏み跡を下る。すぐ小さな尾根が二手に分かれる。左手の尾根を下り、すぐ右の尾根に乗換える。急な下りの後踏み跡はトラバース道となり進む。踏み跡はやがて沢に下り水流に沿って行く。最初の分岐からここまで約30分、やがて沢は本流に合流し過去に歩いた事のある一般道に出た。私が下水の様な所を歩いているのを一般道を歩いている人が見たらびっくりするに違いない。そこから、又、天園へ向け登り返した。自分にとって未知の道の発見は大きな喜びだ。今日は大きな収穫があった。
私の「枝道探検」は何時もこんな具合だ。が、殆どは徒労に終わる。今回のような「発見」はまれなのだ。天園に戻ると、行きつけの茶屋のおばさんにインタビュー。人出は、「お日柄」にしては、ちょっと少なめ、との事だった。それでも、茶店には10人程のお客さんが居た。北鎌倉に着くまで何人ものハイカーとすれ違ったが、ちょっと驚いたのはこんな時でもトレイル・ランナーが沢山走っている事だった。
帰り、私は「屋台」を引いてはいなかったが横浜駅に隣接した「デパ地下」に寄った。ものすごい数の人出で溢れていた。入口を入ってすぐにあるケーキ売り場には黒山の人だかりだ。地震の被災地の窮状と比べ、何と言うコントラストかと思い、私は愕然としてしまった。
「大震災」から一週間程たって、私の生活リズムはすっかり狂ってしまった。なぜか集中力がわかないのだ。もっぱらテレビに見入り、パソコン画面に見入る時間が多くなった。月内の殆どの予定をキャンセルし、家に引きこもった状態になってしまったのだ。突然降ってわいた「長期休暇」も喜んではいられない。何も心配する事がなければ、近場の海外にでもぶらっと、出て見たい所だがそうは行かない。鬱々とした気分を散じる為、1人、山を歩いてみよう、と思った。体力の低下も防止できるし、常々調べたいと思っていた鎌倉アルプスの枝道や踏み跡をしらみつぶしに歩こう、と思ったのだ。それに、こんな時、山に人は出ているのだろうか、と言う興味もあった。晴れてそれ程寒さも感じない、連休初日と言うお日柄の鎌倉、普通だったら人で溢れているはずなのだ。
最寄りの駅から電車に乗ると、お墓参りにでも行くのだろうか、何事もなかったように、沢山の人が乗っている。それでも、普段のより多いのか、少ないのかは判らない。とにかく、皆、何事も無かったような風情だ。普段なら、三日にあげず歩いている我が身にとって、一週間も歩かないと、もう体がなまった感じがする。体力も、わずかだが落ちているのだろう。やはり、山の体力は山で維持する以外ない。
鎌倉の駅前、やはり普段の「喧噪」とは違う。人は沢山いるが、普段はこんなものではない。でも、「霊園」に向かう私の乗ったバスは墓参に行くらしい人々で満員だった。目的のバス停で降りるとすぐに歩き始める。予め、解明したい枝道や踏み跡は決めてある。それにしても、普段、余り一人で歩く事は少ない。同行者がいる時、未知の枝道や踏み跡を見つけると、そこに入って見たい衝動にかられる。獲物を前にした「猟犬」の気持だ。そんな時は、踏み跡の状況を「記録」して、後日再訪する事もある。何故、それほどの衝動にかられるのか、自分にも判らないが、その道が何処に通じているのかを、知りたいと言う大いなる「好奇心」に違いない。出掛けたのが遅かったので、登山口から歩き始めて15分程、最初の分岐で、もうお昼にした。その間、目の前を通る人を観察していたら10人程の人が通過した。ほんの10数分の間だから多いな~と、その時は感じた。昼食の後、お目当ての枝道に着いて躊躇なくそこに入る。初めて歩く道は、私をわくわくさせる。早く歩けばそれだけ沢山見られる、と思っている為か、とても速足だ。だが、全ての分岐では必ず状況を記録し写真を撮ると言う作業を繰り返す。程なくしてT字分岐に着いた。大体の方向感覚で右へ行く。3分程で又T字。ここも右に行く。数分歩いてすぐに既知の分岐になったので戻る事にする。今度は最初のT字分岐に戻り左の踏み跡を下る。すぐ小さな尾根が二手に分かれる。左手の尾根を下り、すぐ右の尾根に乗換える。急な下りの後踏み跡はトラバース道となり進む。踏み跡はやがて沢に下り水流に沿って行く。最初の分岐からここまで約30分、やがて沢は本流に合流し過去に歩いた事のある一般道に出た。私が下水の様な所を歩いているのを一般道を歩いている人が見たらびっくりするに違いない。そこから、又、天園へ向け登り返した。自分にとって未知の道の発見は大きな喜びだ。今日は大きな収穫があった。
私の「枝道探検」は何時もこんな具合だ。が、殆どは徒労に終わる。今回のような「発見」はまれなのだ。天園に戻ると、行きつけの茶屋のおばさんにインタビュー。人出は、「お日柄」にしては、ちょっと少なめ、との事だった。それでも、茶店には10人程のお客さんが居た。北鎌倉に着くまで何人ものハイカーとすれ違ったが、ちょっと驚いたのはこんな時でもトレイル・ランナーが沢山走っている事だった。
帰り、私は「屋台」を引いてはいなかったが横浜駅に隣接した「デパ地下」に寄った。ものすごい数の人出で溢れていた。入口を入ってすぐにあるケーキ売り場には黒山の人だかりだ。地震の被災地の窮状と比べ、何と言うコントラストかと思い、私は愕然としてしまった。