モー吉の悠悠パース留学絵日記

この日記では、パースでの留学生活での出来事を中心に、心象風景を交えて、写真とエッセイにより、絵日記風に綴っています。

親愛なるオージーたちへ

2012-06-29 03:07:41 | エッセイ
親愛なるオージーたちへ 4月21日(土)快晴 21℃~10℃

 オージーは普段からフレンドリーだが、このスワンバレーワインツァーでは、みんなワイナリーの梯子酒が続き、ほろ酔い気分から酔いが深まるにつれて、誰彼問わず、あちこちで談笑の輪ができ、楽しい雰囲気を醸し出している。
 バスツァー客だけでなく、ワインクルーズの客も混じって、和気あいあいの状態だ。ワインクルーズの連中は少しオシャレをしている客が多い。その中の一人、ジョンはみんなの人気者だ。彼は一人でツァーに参加しているらしく、あちこちのグループに顔を出して、陽気に振る舞っている。白髪の髭を生やし、短パンをはいた、初老と思しき紳士だが。とにかく、こちらの年配の人たちは元気だ。

 














Dear John
 
 「ジョン」といえば、最近観たDVD「親愛なるきみへ」の主人公「ジョン」を思い出した。最近は、英語の勉強のため、外国映画をよくみるが、この映画の原題は「Dear John」だ。
 このジョンは、アメリカ軍の特殊部隊員であり、赴任先から父の住む故郷に休暇で帰り、そこで、ひとりの娘と恋に落ちるのだが、二週間後、再び戦地へ赴任することとなる。一年で除隊する約束をかわし、一時別れることとなるが、その間に、9/11テロが発生し、赴任が二年延長することとなる。ジョンと彼女との間にやり取りされた手紙が、この映画の主題であるが、二人の合い言葉が「I'll soon see you later!」(また、すぐ会おうね!)という言葉だ。
 映画の展開は、この言葉どおりには進まないのであるが、映画の話はひとまず置くことにする。
 
 その後も、ツァーは楽しく続き、メタボカップルの結婚式を観ると言う幸運(?)にも恵まれ、その後は、チョコレート工場のお店によることとなった。ここは、あのマーガレットリバーのチョコレート工場の支店で、この販売店は、パース市内にもあるものだ。
 我々のバスの運転手は、即席のチョコレート工場の販売員になって、販売に一役かっていた。オーストラリアでは、バスの運転手は何でも屋さんで、ガイドから一切を一人でやっていて、とにかく元気がよい。
 チョコレート好きの子供たちは、試食のチョコレートを手に一杯持って、大事そうに食べていた。







 ところで、映画の話にもどるが、ジョンの赴任中,彼女は別の男性と結婚することになる(これには深い訳があるのだが)。
 この事実を手紙で知ったジョンは自棄気味になり、戦地で危険な行動に走り、銃弾を浴びることとなる。生死の境で彼の脳裏に浮かんだものは、自閉症気味の父とエラーコインの収集を始める切っ掛けとなったエピソードと、彼女のことだった。
 戦傷のリハビリ中に、故郷にもどると、父は危篤状態で、最後をみとることになった。葬式の後、彼女に会いにいくのだが、そこでの彼女は、夫はがんで入院しており、かねてからの夢で始めた、馬による自閉症児童のセラピー牧場は破綻しているという、窮状であった。
 密かに,彼は、父が収集していたエラーコインを、骨董屋へ売って得た多額の現金を、匿名で彼女のもとへ寄付をし、また戦場へ向かうのである。その寄付金のおかげで,彼女は夫のがん治療を続けることができ、自宅で夫の最後をみとることができたのである。
 彼は、戦場へ戻り、父との唯一の思い出の品、収集を始める切っ掛けとなったあのエラーコインを戦地での占いに使っているのである。その折、夫を失った彼女から一通の手紙が届き、ジョンは、彼女の近況を知ることになる。
 その後、故郷へ帰還したジョンは、偶然通りかかったカフェの窓辺に座っている彼女と再会するという展開でストーリーは終わることとなる。
 エンドマークの後に流れる歌の一節に「Have a little fathe in me」という言葉があるが、運命に翻弄された二人を最後に結びつけたのは、「また、会おうね」という言葉と、歌の一節にある「わずかな信念」だったのだ。
 
 このツァーで、ジョンを始め親愛なるオージーたちとたくさん巡り会うことができた。彼らは、どうしてあれ程フレンドリーなのだろうか。
 それは、映画でのジョンが,自らも銃弾を浴び、穴のあいたエラーコインとなったように、この地に暮らすオージーたちも、本国の鋳造工場でその価値を刻印されることなく、エラーコインとなって、この地にやって来た者たちだからだろうか。
 帰りのバスの中で、ワインでいい気持ちになっていると、車窓からは、夕日に沈むスワンリバーがみえ、その川面に、このパースに来て出会うこととなったオージーたちの顔が浮かんでいた。
 私は,うつろな意識の中で、彼ら親愛なるオージーたちへ向かって、「 I'll soon come back. 」「 I'll soon see you later.」と声をかけていた。
   




スワンバレーのワインツァー

2012-06-16 02:31:16 | 今日を旅する
スワンバレーのワインツァー 4月21日(土) 快晴 23℃~10℃

 スワンバレーは、パースから車で北へ30分、西オーストラリアの開拓史でも最も古いエリアで、スワンリバーの上流に位置し、ワインの栽培地としても世界的にも有名で、今でも30を超えるワイナリーが点在しており、古い建物も残る歴史を感じさせる地域だ。
 今日のツァーは、五つものワイナリーを巡る感動のバスツァーだ。
 出発は、シティーのシンボル、ベルタワーからだ。


 
 30分程、スワンリバー沿いに、バスの車窓からの美しい雲の流れを観ていると、最初のワイナリー「Waters edge」に着いた。ここは、歴史ある古いワイナリーで、建物の中は古い木がむき出しになったとても雰囲気のあるワイナリーだ。バーテンダー娘がパフォーマンスを繰り広げながら、美味しいワインをふるまってくれ、我々ツァー客は大満足で、試飲は終わる気配がない状態だ。ワインを飲んではいけない運転手は、焼け気味に笑っていた。










 ワインで火照った体で、次のワイナリーへ向かった。バスの車窓からは、広大な大地と紺碧の空に浮かぶ雲が描く素晴らしい眺めを楽しむこととなった。



 
 次に訪れたのは、「Pinelli」と言う、これも古いワイナリーで、レンガ造りの貯蔵庫にはたくさんのワインが並べられ、とても雰囲気があるところだ。庭には古い鉄製の作業車が置いてあり、歴史を感じさせるオブジェとなっている。
 みんな気持ちよく、試飲に興じており、フレンドリーな雰囲気になっている。











 広大な大地に広がる葡萄畑を観ながら、まだまだワイナリー巡りは続く。
 バスの運転手の話だと、この辺りのワイナリーを最初に開拓したのは、日本人だと言うことだ。それでなのか、ワイナリーの一部には、日本風の飾り付けがしてあるところも見受けられて、どこか懐かしく感じられたものだ。
 この辺りのワイナリーが、サービスが行き届いているのはそのためなのかと、改めて、日本人の資質を見直すこととなった。
 そう言えば、西オーストラリア博物館の寄付者名簿にも、日本企業の名が連なっていたことを思い出した。