モー吉の悠悠パース留学絵日記

この日記では、パースでの留学生活での出来事を中心に、心象風景を交えて、写真とエッセイにより、絵日記風に綴っています。

時はめぐる 麒麟がくる時を願う心

2020-11-30 00:20:52 | 今日を旅する
 2020年は7年ぶりに、日本で冬の到来を迎えることとなった。
 春先から始まった、コロナ禍によるパンデミックは、この冬になっても、いまだに収束していない。それどころか、この禍は、第三波とも呼ばれるような大波になって、押し寄せてきている。そのため、私も、妻と日本とオーストラリアの隔たりの中で、独りですでに一年程生活をすることになっている。
 
 この大波は、いつになったら引いていくのだろうか、そして、穏やかな昔の日常は、いつになったら戻るのだろうか。
このコロナとの戦に勝つ手だては、今だに見つかっていない。




 そんな折、この春先から始まった大河ドラマ「麒麟がくる」に思いを馳せ、今のこのコロナウィルスと人類との戦いの状況と戦国のその動乱の時代に思いを巡らせている。
 思えば、未来の見えない今の時代、そしてコロナ禍のこの時と、応仁の乱後の戦乱の続く戦国の動乱の世は、いずれも先の見えないという意味では、よく似ているのではないだろうか。

 戦国の時、天下静謐の時がやってくることを人々は願い、そして今、平和な日常が戻ってくることを、人々は渇望している。そして、そのような時をもたらす救世主の出現を。麒麟はいつくるのかと。

 ドラマでは、戦国の一武将である明智光秀が主人公ではあるが、平和な世がくることを願い、奮闘する彼と周りの武将、人々の群像劇として、ドラマは描かれている。
光秀の半生はあまりわかっていないため、このドラマでは、平和を連れてくると言い伝えられている麒麟をキーワードとして、光秀の半生のストーリーを創り上げている。
 
 それまで、大河ドラマでは、光秀は脇役として、また、信長を倒した逆臣として描かれることがほとんどであったが、このドラマでは、彼の人間性、人となりを丁寧に描き、戦国時代に生きた一人の若き武将の人間ドラマとして、また、自ら麒麟がくることを信じて奮闘した人間ドラマとして描かれている。
 


 
 麒麟がくる時代の序章の扉は、信長の桶狭間の戦いでの勝利から開かれたが、その道のりは簡単なものではなく、長く混沌としたさきゆきだった。


 


 光秀は、麒麟の兆しを斎藤道三、足利将軍、織田信長の中に感じ、それぞれに仕えてきたが、未だ、真の麒麟はなかなか現れず、動乱の戦の時代が続いている。
 この先の見えない動乱の世の中で、彼はもがき苦しみ、戦のない平和な世を造るためには、今は戦さもやむを得ないと割り切り、戦いの泥沼の中に落ちていくのである。


 
 その時、古き良き京の都は、帝、将軍、さらには、延暦寺の宗主がいる権力の三重構造からなる、魑魅魍魎たる旧態然とした魔界のような世界であった。そこに、まだ、形の見えていない新しい世界を形作るためには、その古き悪しきものの巣食う魑魅魍魎たる世界を破壊する必要があった。とりわけ、金と女色に溺れ、世俗化した僧兵たちの支配する延暦寺の焼き討ちは必須であっただろう。

 信長から、その延暦寺の焼き討ちを命じられた光秀は、そんな僧たちの実情を知ることもあって、焼き討ちを敢行するのであるが、信長の非人道的な戦い方に違和感を感じ、信長の中にみていた麒麟の希望の光が薄れていったのであろうか。
 それと時を同じくして、足利将軍と信長の亀裂が深まっていくのであるが、二人に仕える光秀はその亀裂の狭間で葛藤し、自分の進むべき道がどこなのかと思い悩み、苦悩するのである。



 先日、久しぶりに、熱田神宮を訪れ、信長が桶狭間の戦いの折に、寄進した土塀を見ることができた。それは、瓦を重ねて築かれたシンプルな塀ではあるが、彼の荒々しくも、ピュアな心が映し出されていた。彼は、後に比叡山延暦寺の焼き討ちを挙行しているが、桶狭間の戦いの前には、この熱田の社で戦勝の祈願をしている。









 これから、ドラマは本能寺の変へと進むが、光秀も本能寺へ向かうおり、神社でおみくじを何度も引き、吉凶を占い、祈願している。

 思い巡って、歴史を振り返って見ると、現在のコロナ禍のような疫病との戦いは、古くはすでに平安時代の頃からあり、それは、祇園祭を始め、様々な疫病払いの祭りとしても存在してきたのである。それは神頼みの素朴な民衆の願いとして、現在も受け継がれてきている。


 そして、春先のこのパンデミックの第一波の折に、テレビで流れていたドラマの「仁」では、江戸の町に流行した疫病「コロリ」と戦う現在からタイムスリップしてきた医者「仁」の奮闘が描かれていた。彼は、まさに、時間を超えてやってきた未来の医術によって、江戸に平和な日常をもたらしたのだ。その医術とは、カビから精製した薬によるものであったが。
 まさに、この「仁」は、平和な世をもたらす麒麟の世、王が仁政によってもたらす平和な世に出現した救世主の麒麟として、ドラマでは描かれていた。

 この全世界に広まったパンデミックは、日本では、桜の咲く季節に始まった。
当初は、夏が来れば収束するだろうと、時の雨のごとく、阿弥陀籤のように、どうなるかわからない占いに逃げる安直な政治家も出現した。
 しかし、それとは裏腹に、季節が巡り、紅葉が落ち葉になっても、なお、この禍は第三波となって、猛威をふるい続け、新しい年が来ても、人々は麒麟の出現を祈ることになっている。
 
 このパンデミックへの人類の戦いの武器は、いまだに、人々に課している距離感、近づかない、向き合わない、話さないといった行動様式である。
 しかし古から続く人間の心の有り様、行動様式は、会いたいと思う相手に無意識にでも、近付こうとするし、触れたいと心が欲すれば、手と手をのばして距離を近づけようとする。これはパンデミックのこの時にあっても、変わることはないだろう。

 それでは、パンデミック前の日常を取り戻し、平和な日常をもたらす麒麟とは何だろうか、そして、いつ現れるのだろうか。
 それは、あのドラマのように、時空を超えて江戸の町に現れた「仁」のような存在がもたらした未来の医術に頼るしかないのだろうか。そして、ドラマのような時空を超えた奇跡が起こるのだろうか。

 そんなことに、思いを巡らしている折、日本の探査機「はやぶさ2号」が、6年の歳月を経て、小惑星「龍宮」から採取した物質をカプセルに入れ、持ち帰ったとの知らせが流れた。そして、この時空を超えて舞い降りたカプセルは、玉手箱と呼ばれることになった。
 それは、人々が、その箱の帰還が、時空を超えて奇跡をもたらしてほしいと、願っていたからだろうか。




 その玉手箱の朗報のもたらした人々の祈りが龍宮に届いたのか、そんな折、パンデミックの元凶であるコロナウィルスに対するワクチンの接種が、イギリスなどで始まることになった。
 そして、この玉手箱の帰還に始まったワクチンの接種が、今までの日常を取り戻す麒麟の世への序章であってほしいと、願ったものだ。
 
 そんな折しも、大河ドラマ「麒麟がくる」では、戦国の動乱は急激に進み、将軍と信長の対立、そして戦へと、大波となって押し寄せていた。
 そしてついに、信長は将軍との戦で勝利を収め、室町幕府は幕を閉じることになるが、未だ残存勢力との戦が続き、動乱の時は続くのである。



 この信長によって築かれる新世界は、どんな世界なのか、光秀が夢見たあの麒麟の現れる世界なのだろうか。そんな光秀の抱いた疑念と葛藤が、あの本能寺の変へと導いていくのだろうか。
 光秀は、自らがプロデュースした信長に仕え、ともに旧世界とそれまで戦ってきたのであるが。
 それにしても、もし本能寺の変がなくて、その後に信長が創りあげる世界は、どのような新世界になっただろうか、また、本能寺の変後、光秀が生き長らえ、天下を取ったら、どのような新世界を造っただろうかとも、思ってしまうのである。
 そういえば、ドラマでは、光秀の妻が亡くなるときに、彼女は、「麒麟を連れてくるのがあなたであったなら.....」と吐露してもいましたが。

 あの時代、麒麟はいつ現れたのだろうか。
 本能寺の変に乗じて、天下を取った秀吉の時代には、平和な麒麟の時代は訪れず、その後、関ヶ原の戦いに勝利した家康は、江戸に幕府を開くことになった。その後、江戸幕府が開かれ、300年ほど続く戦のない平和な時代がきたのである。それは、同時代の世界において、例を見ないものであった。その意味では、麒麟は家康とともに現れたといっても良いのではないか。
 家康は、当時、まだ魑魅魍魎たる世界の残骸が残る古平安京を遠く離れた東の地に、新たな平安の都、江戸を建造したのである。そして、現在まで、その地は東の平安京、東京として存続しているのである。

 
 この光秀が夢想した麒麟とともにやってくる平和な世を創造する道のりは、桶狭間の戦い(1560)に始まり、本能寺の変(1582)で挫折することになるが、それまでその道のりを主導してきた信長、光秀の死後、関ヶ原の戦い(1600)を経て、ようやく、光秀の夢見た平和な世は成就したのではないだろうか。

 その意味では、本能寺の変は、麒麟の世への一つの分岐点となったものではないか。
 その道のりの中で、光秀がどのように生き、本能寺の変へと突き進んだのか。
そして、その道筋の向こうに、彼は麒麟の出現を見ていたのだろうか。いや、彼の走り続けた道のりこそ、麒麟とともにあった道のりではなかっただろうか。

 そして、この麒麟の出現を願う心は、時を振り返ると、いにしえより、様々な形として記録されている。
 メソポタミアのシュメールの民は、ニビル星の出現として、ローマの時代には、その圧政に苦しむユダヤの民は、ベッレヘムの星に、救世主(メシア)の出現の予兆を見、また、古代中国の民は、まさに麒麟の出現とともに、仁政がもたらされると夢想していたのである。



 そして今、コロナ禍に苦しむ日本では、人々が、コロナウィルスを対峙する麒麟の出現を、アニメ鬼滅の刄に託して渇望しているのだろうか、人々はその映画に群がっている。
 そんなことに想いを巡らしていた折、いつものように庭に出て、空を眺めると、あのはやぶさの航跡のような雲が現れていました。
 そして、それはやがて鬼滅の刄を思わせるような雲に変わり、ついには、沢山の刄が、麒麟の姿のように変身し、浮かび流れていました。
 
 そして、私もまた、古の人々と同じように、また、戦国時代の彼らのように、このパンデミックの時に、平和な日常が早く戻るようにと、空に向かって祈っていました。













 
 
 










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