モー吉の悠悠パース留学絵日記

この日記では、パースでの留学生活での出来事を中心に、心象風景を交えて、写真とエッセイにより、絵日記風に綴っています。

楽園都市パース

2012-03-30 12:15:42 | エッセイ
楽園都市パース 3月25日(日)  快晴 16℃~27℃

 日本人向け現地情報誌「パースエクスプレス」には、パースについて「世界で最も美しい街、世界で最も孤立した街、そして世界で最も暮らしやすい街として知られ、自然と文明が上手に融合した理想郷「パース」。人口約170万人のパースは、1827年にイギリス人による開拓が始まってから、金や天然ガス、鉄鉱石などの天然資源の発掘により大きく発展してきたオーストラリア最大の州、西オーストラリアの州都。中心部は、近代的なビル群がそびえ立ち、パースの人々のライフスタイルを表すかのようにゆっくりと流れるスワン川を望む。オーストラリアで最も晴天日が多い街と言われ、地中海性の温暖な気候により、1年を通して過ごしやすい。抜けるような真っ青な空に映える美しい街並、蒼く輝くインド洋と真っ白な砂浜、そして地平線から昇り水平線に沈む太陽。まさにパースは「楽園都市」。」と記している。
 
 この記述は、ここパースで2週間余りを過ごしたモー吉からしても、あながちオーバーすぎる表現とは感じられない。それ程ここパースは魅力のある楽園都市なのだ。




 しかし、ここパースにも地球温暖化の兆候は、忍び寄っているようだ。この夏の異常気象による40℃を超える高温化と、東オーストラリアの洪水、オゾンホールの拡大などなど。
 旧約聖書のアダムとイブがエデンの園から追放され、エデンの園も消滅したように、現代のアダムとイブたちも、この楽園から追放され、この楽園も消滅するのだろうか。
 この地球温暖化、世界的な異常気象が、人間の社会活動によるものであれば、あの先人(星の王子さま)たちの警告に耳を傾けることによって、楽園の消滅をくい止めることができるだろう。しかし、この原因が、太陽活動の活発化によるものであれば、ちっぽけな人間にとっては、楽園の消滅は、避けることのできない運命だろう。
 
 そんなことを考えながら、今、私は、西オーストラリア博物館の大展示ホールに立っている。





 

 今、このホールでは、西オーストラリアとパースの歴史についての展示が行われている。
 大英帝国の宗教に反感をもつプロテスタントたちは、新大陸アメリカを目指して新しい国を建設したが、自国で改革を目指した人たちは政治犯として、このオーストラリア大陸へも送られ、その彼らが、この国の建設に寄与することとなった。彼らが建設した建物が、現在このパースにも沢山残っている。あのシンデレラの鐘の音を聞いた時計塔(市公会堂)もその一つだ。 
 今私がいるこの大展示ホールも、囚人たちが入れられた刑務所を再利用した建物だ。

 荒涼とした大地の中、スワン川のほとりにワイルドフラワーが咲き乱れる地があった。その地が、パース誕生の始まりとなった。











 この国も、先住民アボリジニを征服し建国された国で、当初は、白豪主義と言われる白人優先の人種差別が行われていた。アボリジニと白人の混血も黒人といわれ、差別がひどかった。
 その辺りの現実は、映画「オーストラリア」で描かれている。オーストラリア人女優ニコールキッドマンが、オーストラリア版「風とともに去りぬ」の主人公英国人貴婦人を演じている。
 現在は、この白豪主義も改められ、政府が先住民アボリジニへの謝罪を正式に宣言し、移民を積極的に受け入れる政策に転換されている。そのため、このパースにも様々な人種のたくさんの人々が集まり、人種差別もなく、フレンドリーに暮らしている。
 私は、この大ホールの展示を観ながら、荒涼とした大地であったパースの地が、先人たちの汗と涙と血によって、楽園都市に生まれ変わった時の結晶を感じながら、この楽園がいつまでも続いてほしいと、願っていた。












 
 ミュージアムの外に出ると、透き通った青空の下、様々な人種の人々が、フレンドリーに交流する姿が目に入り、とても幸せな気持ちになり、永遠にこの時間が続いてほしいと、先人たちに感謝をしながら、想ったものです。



ハーバータウンへ

2012-03-27 22:32:28 | 今日を旅する
3月18日(日) ハーバータウンへ 快晴 16℃~31℃

 昨日、スピアゴで買った食材で、妻がおいしい料理をつくっている間に、私は、ホテルのフロントで、パソコンの無線LANのWifiのチケットを買いにいった。
 少し落ち着いてきたので、今日からプログの記事にとりかかろうかと、一日券を5ドルで購入したものだ。毎日30分の無料サービスチケットはあるが、日本のニュースを見るだけで終わってしまうので、これから、一日券、二日券を利用することにしたものだ。
 日曜日なので、朝ゆっくりしていたため、食事はブランチとなつた。
 休みのため昨日も泊まった娘も、一緒に楽しい団らんとなった。


 食事後、すぐ向かえにある西オーストラリア唯一のアウトレットストァーという、ハーバータウンへ買い物に行くことにした。ここは何でもそろっていて、とても便利だ。すぐ前にあるのでこれからも利用できそうだ。









 日曜日とあって、たくさんの人がきていた。ここの店員も親切で、品物を探していると親切に教えてくれる。妻は、台所の備え付け包丁が小さくて使いにくく不便だったので、少し大きな良く切れる包丁を買った。
 娘には妻が衣類を買ってやり、ホテルへ包丁をおいてから、娘をアパートに送りがてら、シティにも買い物に出た。





 買い物後、先週木曜日に行ったノースビレッジのイタリア料理店で、食事をすることとした。そのときに比べれば早い時間帯であったので、まだ、静かでした。店の前でのギター演奏と歌声を聞きながら、今日もおいしいパスタとピザをいただくことができました。









 食事後、娘をアパートに送りましたが、帰りはバスの最終便(8:57)に乗ることができました。
バスの運転手は、年配の女性で、とても親切なひとで、客も他に一人だけだったのか、ホテルの前で止めてくれました。
 オーストラリアでは、年配の人たちも元気に働いており、うらやましい限りです。我々も見習わなければならないと、考えさせられた一日の終わりでした。


スビアゴへ

2012-03-25 20:05:24 | 今日を旅する
3月17日(日)    スビアゴへ 快晴17℃~31℃

 昨夜のフィバーのため、目が覚めたのは10時近かった。今日も、空はぬけるような青空だ。
 今日は、娘の案内で、トレインで二駅目のスピアゴのマーケットに行くことにした。


ホテルから5分程ののウエストパース駅


ドーム屋根の下に吹き抜けのホームが広がるスピアゴ駅


マーケットの近くに佇む巨大な木


近くの町並み

 そこは、果物、野菜などのマーケット市場があり、あらゆる食材が豊富に集まっていることで有名で、シティからも三駅目とあって、新鮮な食材を求めて人々が集まるところだ。
 近年は、ファッション、雑貨物、飲食店などのオシャレな店が軒を並べる、若者に人気のスポットで、ロカビリー通りとも言われている通りが続いている場所だ。日本で言えば、原宿といったところか?
 この街の名「スピアゴ」とは、その名のとおり、イタリア名であり、イタリア系移民の人々が最初に開拓したことに由来していると聞く。






 今日は、食材を買うため、マーケット市場の方へ赴くことにした。
 市場に足を踏み入れると、まずその品物の多さに圧倒された。中にはあらゆる人種の人たちが、思い思いの出で立ちで食材を求めて集まっていた。みんな顔が生き生きとしている。客は、子供連れから若者のカップル、老夫婦など様々だ。我々は、気の良さそうなベトナム人がやっている店で買うことにした。日本名の「フジapple」も山のように積んであった。タスマニア産だという。
 ここでは、積み上げられた品物を、客が勝手に選んでビニール袋に入れてレジに持っていけば良いことになっている。





 買い物後、近くのイタリアカフェでティラミスを注文し、休憩してから、別の店でオージービーフを買って、帰りの電車へと向かった。駅のホームでは、ロカビリー通りで買ったであろう緑の帽子をかぶった若者たちがはしゃいでいた。



 






 ホテルへ帰った後、妻が早速仕入れてきた食材を使って、オージビーフの料理を作ってくれたので、私はホテルの横にある酒屋で、マーガレットリバー産のクラッシックワインを買ってくることにした。スペシャルプライス5ドルで、おいしいワインを買うことができました。
 スピアゴの話で盛り上がって、みんなでおいしい料理に舌鼓をうち、妻の料理とオーストラリアの食材に感謝をした一日でした。
 




キングスパークへ

2012-03-23 11:53:15 | 今日を旅する
3月21日(水)快晴 15℃~26℃

キングスパークへ
 今朝は、2、3日前と比べると一段と涼しくなっており、ここパースでも秋の気配を感じるようになってきました。日射しは相変わらず厳しいですが、風が気持ちよく、木陰は本当に涼しいです。
 昨夜、娘が泊まり、朝、学校へ行くため、8時に家を出るとのことで、我々も散歩がたら、一緒に出かけることにした。
 学校は、このホテルから歩いても10分ほどの、近いところにあるということで、妻がこのホテルを選んだのでした。
 シェァーハウスはイーストパース、このホテルと学校はウェストパースに位置している。学校の周辺は、とても良い環境で、しゃれた飲食店も多いが、静かな環境だ。




 途中、美しいシティの高層ビルが佇んでいるのが見えました。


 学校からホテルへもどったが、妻は洗濯をするといい、キングスパークを見てきたらどうか、と勧められたので、初めてひとりでキングスパークまで散策に出ることにした。15分程で奇麗なキングスパークロードの並木道へでることができ、その広さと景観に圧倒されるばかりだ。



美しい並木が続くキングスパークロード


リムジンで乗り付けたセレブなお嬢さんたち


戦争のモニュメント


 花が咲き乱れるサークルの向こうには、戦争記念碑が立っています。
 シティの絶景三点です。








記念碑とシティの絶景を眺め、くつろいでいる女性カップル

 キングスパークは、原生林も残る広大な公園で、パースの一番の名勝地だ。ここからのシティの眺めは、かつて、兼高かおるさんが、絶賛した眺めだ。昨年来たときには、高層ビルが建設中であったため、景観を損ねていたが、今年は、そのビルも完成しており、一段と美しい眺めを見せていました。
 
 見学に夢中になっていて、途中サングラスを落としてしまい、諦めかけていましたが、念のため、近くにあった観光インフォメーションに尋ねると、そこの白人の老スタッフが、わざわざロストセンターまで探しにいってくれました。
 数分後に戻ってくると、手に私のサングラスを持っていましたので、大喜びでその旨を告げると、私以上に喜んでくれ、大きな体でハグをされました。少し驚きましたが、お礼を言い、その老スタッフの写真を撮って、今度あった時にお礼をしようかと思いながら、別れを告げました。
 異国でのこのような親切は、ほんとうに嬉しいものです。オージは普段は大雑把ですが、ここぞというときには、心優しく、大変親切です。


老スタッフのMr.サングラスさん

 その後、嬉しい気分で見学をしていると、そんな気分が伝わったのか、若い二人連れの白人の娘さんから写真を撮ってほしいと言われ、数枚の写真を撮り合い、片言英語で楽しい交流をすることができました。




オージースタイルにはまだほど遠いモー吉
真性オージーは、上下何を着ても、足元はゴム草履、ビーチサンダル
 
 まだ時間があったので、無料バスでシティの近くまで行き、街角のスナッブ写真を撮ってホテルに帰りました。
 シティの街角には、フォトスポットがいっぱいで、被写体には事欠きません。人々も個性豊かですので、人物スナップも面白く、今度は挑戦してみたいと思います。












 今年完成予定の「パースアリーナ」。エンターテイメント用競技場です。







ロングステイの第一歩 

2012-03-21 23:55:14 | 今日を旅する
3月16日 ロングステイの第一歩

 昨夜のシンデレラの余韻のため、目覚めたのは10時過ぎであった。
 早速、昨日から気になっていた、トイレの水道管からの水漏れ、時計のストップ状態などの修理を、フロントに片言の英語で依頼することにしました。
 オージースタイルとは裏腹に、30分程で修理にきてくれ、手際よく直してくれました。さらに、調子の悪かった電気ポットも新品を持ってきてくれました。とても感じの良い若者で、これがシンデレラ効果なのか、あの若者が王子様なのかと、勝手に想像していました。ならば、お妃になるのは娘なのか?と。
 まだパースに来て二日目なのに、昨日買ってきた食材で、妻が早速遅めのブランチを作ってくれました。ここオーストラリアは食材の宝庫と言われるだけあって、トマト、果物、パンなどすべて美味しいものでした。料理好きの妻は、ここの食材がますます気に入ったようです。
 食事中に、ホリデー中の娘が自分で作った料理を持参して訪ねてきてくれたので、二人でごちそうになり、大変嬉しい気持ちになりました。日本では、そんなことはほとんどなかったので、これもシンデレラ効果なのかと喜んでいました。
 食事後、シティへ生活用品、食材を買いにでることにしました。
シティの中心街は、金曜日とあって人が沢山集まっていました。広場では、カフェテラス風にBBQ(バーベキュー)も催されており、活気づいていました。ここへ来ると、いつも沢山の人種の人たちが集まっており、我々は地球人なんだという感覚を覚えます。


広場でのバベキューに集まる人々

ひとり読書をしている彼女


お父さんに肩車をしてもらい喜んでいる男の子

クラッシックな郵便局と人々


 パースの街には建物の狭間の路地が多く、いい雰囲気を醸し出しており、好きなスポットのひとつです。ひとり路地裏を歩く女の子を見つけました。


 今度は、寄り添う恋人のカップルがいました。


パフォーマンスをする若者


広場の前に集う人々


傾いた日を浴びて人影の伸びる歩道

 地球人気分のモー吉たちも、買い物後、イギリス風のパブ喫茶でイングリッシュマフィンを食べて休憩しました。ここのウェイトレスは、いつも感じが良く、親切な接客態度で気持ちよく休めることができる場所です。
 食事後、食料品を再び買って、娘のシェアハウスへ向かうと、既に暗くなっており、スワン川では花火をあげており、ちょうど花火を見ることができ、幸運なひとときをもつことができました。娘が、週末泊まりたいというので、準備をして我々のアパートまで行くと、時間は既に22時を廻っていたので、またノースビレッジまで行くことにしました。
 ノースビレッジは、金曜日とあって昨夜以上に人々が集まって、大騒ぎの状態で、クラブの前は、若者たちが、思い思いの服装で行列をなしていました。
 11時過ぎとあって、さすがに飲食店は閉まっているものが多く、台湾料理の店がやっていたので入ると、「0nly drink」と言われたので、困って店長の台湾人に聞きにいくと、親切な人で、裏口から中華街に入る道を教えてくれました。中華街は朝方までやっているよということなので、言われた裏道を行くと中華街に出ることができ、名の知れた「UNCLE BILLYS」に入ることにしました。
 店内は気さくな作りになっており、親しみやすく、にこやかな店長夫婦が経営している家族的な雰囲気の店でした。人気の酢豚、お粥、麺類は、大変美味しく、深夜に食べても胃にもたれないような味付けになっていました。壁には、店長夫婦が、かのスティービー・ワンダーと並んでの写真が飾ってあり、人気の程がうかがわれました。
 0時を過ぎていましたが、ノースビレッジはまだ沢山の人で盛り上がっており、、まだ上映している屋外シアターの横を通り、タクシー乗り場に急ぎました。
 我々が乗ったタクシードライバーは、髪とひげが伸び放題で、腕中にはタトゥーをしている、見るからに強面の大男でしたので、横のシートに緊張して乗っていましたが、降りるとき、細かいコインがなかったのか、余分のおつりくれましたので、お礼を言うと、とてもかわいく、優しい矢顔で別れの挨拶をしてくれました。
 オージースタイルの大雑把で、心優しい人となりでした。
 
 今日、二日目も楽しく、無事に終えることができました。