モー吉の悠悠パース留学絵日記

この日記では、パースでの留学生活での出来事を中心に、心象風景を交えて、写真とエッセイにより、絵日記風に綴っています。

コアラの叫び オーストラリア火災

2020-01-14 02:32:55 | 今日を旅する
コアラの叫び オーストラリア火災
 
 先日、Cityの街に行ったら、ここパースでは珍しい大規模な集会が行われていました。
 それは、今、オーストラリア全土に広がっているBush fires、山火事の危機を憂えて集まった人たちの集会でした。
 ショッピイングモルの一つである、歩行者天国になっている、マーレストリートが、人で埋め尽くされていました。
 私は、その場所で、よく写真撮影をしていますが、このようなことは、初めてです。






 昨年の末に広がった火災は、未だ衰える気配は見せていません。
 Bush firesは、オーストラリアでは、夏のシズンに限らず、乾燥が続くといつでも、発生しています。しかし、今回の規模は、過去最大で、ストラリア全土で発生しており、ここパースの近辺でも発生しています。それは、例年になくひどく、街が煙で霞むことも何回かありました。
 特に、大陸の東側の位置するNSW地方と南のビクトリア地方が深刻です。NSW地方の大都市シドニーは、その影響をもろに受け、その煙で、視界不良の日が何度かありました。ビクトリア地方のメルボルンでも同じような事態を招いています。




 この火災の鎮火には、どれぐらいかかるかも、検討が立たないようで、その沈静化のめどは、未だ立っていません。
 被害は、深刻で、火災により焼失した面積は、以前あったアマゾンの規模を上回っています。それにもまして、動物たちへ及ぼしたダメジは、さらに深刻になっています。何億もの生命が奪われています。その中には、コアラ、カンガルも含まれており、逃げ足の遅いコアラの被害は、深刻です。大げさではなく、絶滅の危機さえ懸念されています。この火災によって、固有種の多く生息するオストラリアの生態系そのものが危機に直面しており、事態は、深刻な状況を呈してきています。
 コアラに関していえば、12月に流れたニュスは衝撃的なものでした。
一人の女性が、激しくもえる森に近づくと、動物の叫び声が森に響き渡っており、そこに近づくと、木にしがみついているコアラを発見しました。コアラはおとなしい動物で、ほとんど声を出すことはありません。彼女は、そのコアラを救出し、毛布にくるんで連れ帰りました。それで、彼は、安心したものか、一時、少し落ち着いた模様でしたが、火傷がひどく、苦しみだしたので、最後には、安楽死させることになりました。そのコアラの叫び声と、その火災の映像が、ニュスで流れ、人々は、その火災の酷さを知ることになりました。






 このように火災が拡がった原因は何なのかと、いろいろ取りざたされていますが、Climate Changeが大きな原因ではないかと言われています。
 気温の上昇は、ここパースでも実感しています。今まで、12月に40℃を超えることは、ほとんどありませんでしたが、去年の12月にはすでに何度かありました。
 ここオーストラリアでは、自然発火による山火事は、毎年起きてきました。それに拍車をかけたのが、気温上昇ではないかと取りざたされています。
 コアラの主食であるユカリの葉は、テルペルという物質を含んでおり、それは大変引火性の高い物質で、気温の上昇によって、放出されたテルペルが自然発火して火災を招いたのではないかと推測されています。過去にもそう言われていたこともあったそうです。
 さらにカリの木はカリ油と言われる油を大量に含んでいるため、火災に拍車をかけることになります。
 何れにしても、カリの木は、この大陸には、昔からあるわけですから、やはり、一番の原因は、気温の上昇ではないだろうかと、思っています。





 集会には、先住民アボリジニの姿も多く見かけました。
 アボリジニの集会にはいつも見かける哲学者のごとき風貌をした翁の姿もありました。
一人のアボリジニが、"我々の自然を壊したのは、誰だ。"と。彼らの暮らしていた土地に、後で植民してきた白人を、暗に糾弾していました。




 彼らは、"この大地は、みんなでShareしているのだ。"との世界観を持っています。これは、以前に、ブログにも書いたように、日本人の、自然も含めて、すべての生きとし生けるものは共存して生きていくべきだ、との世界観にもあい通じるものがあります。
 Shareとは、日本語で言えば、すべてのものがが融和、調和して生きることを意味しており、それは、まさに和を重んじる世界観そのものです。

 今回の集会には、普段陽気なオーも、さすがにこのCrisisを強く感じているようで、たくさんの人が、それぞれのプラカドを掲げて参加していました。









https://www.bbc.com/japanese/video-50969978


もしかして  A dog's journey

2020-01-10 03:00:27 | 今日を旅する
もしかして A dog's journey

 先日、いつも行く近くの公園で体操をしていた時のことです。
 私の近くで、オージーの男の人が、一匹の犬を連れてベンチに座っていました。携帯を操作している彼の傍らで、一匹の犬が動き回っていました。

 その時、その犬が、私に気がついて、猛然と私の方へ駆け出しました。私は、だんだんと近づいてくる犬に、少し恐怖感を感じていました。
 しかし、その犬の様子は、私のそばまでくると尻尾を振って、後ろ足で立ち、前足で私の体に抱きついてくるような仕草で、明らかに親愛の情を表していました。ついには、私の体を舐めてくるような仕草を始めました。
 私は、犬を嫌いではなく、むしろ好きですが、その犬は、ブルドックですごい形相をしていたので、私は、逃げ回りましたが、一向に離れる気配はありませんでした。、
 そこで、私は、大声で、その主人に声をかけました。彼は、その声に気づき、大声で犬を呼び寄せました。一旦、犬は、主人の元に戻りましたので、私は、安心して、体操を再開しました。しかし、すぐさまその犬が、また私の方へ猛然と駆け寄って来ました。そして、前と同じような振る舞いでしたので、また私は、犬の主人に声をかけました。
 それが二回、三回と続きましたので、私は、やむなく、体操をやめ、アパートメントに帰ることにしました。
 帰りすがら、私は、その犬の振る舞いを不思議に思いつつ、初めは、単に私の犬好きを察ししての振る舞いなのかと思いましたが、歩いているうちに、ふと別の考えが、頭によぎって来ました。

 もしかして、あの犬は---





 数日前、妻の誘いで、久しぶりにDVDを見ることにしました。
 その映画は、"A dog's journey"という題でした。

 そのストリーは、一人の少女Gと一匹の犬Bの、度重なる出会いと、心温まる交流を綴った、長い長い物語でした。少女はシングルマザーと一緒に、祖父の家で暮らしており、その祖父が飼っていた犬がBでした。
 祖父は、彼女の不幸な境遇を考えて、彼の愛犬に、いつも、そして、いつまでも、Gを守っていきなさいと、マインドコントロールするように伝えていました。
 忠実な犬Bは、三度の転生をえながら、姿かたちが変わっても、その度に、彼女を見つけ出し、守っていきました。
 そして、祖父の教えの通り、彼女を守るという約束を、三回の転生を経ながらも、やり遂げたBは、最後には、亡くなった主人の墓に安らかに眠ることになりました。そして、彼の転生の長いJourneyは、ようやく幕を閉じたのでした。

 この映画は、人間の命の長さと、犬のそれとが違うところを、うまく使い、命の短い犬が、転生を繰り返すことによって、一人の人間の命に寄り添いながら、その使命を達成するという、心温まる物語となっています。

 この映画を見ながら、妻とともに、目頭を熱くし、思わず涙ぐむこととなりました。
 このストリーは、ありえない話ではありますが、私は、一方では、このような物語は、きっとあり得るような気がするとともに、そうあってほしいとも、、その時思っていました。そして、今では、その気持ちは、さらに強くなり、確信へと変わって来ました。
 
 振り返ると、私も、幼少期から犬と親しんで来ました。




 五人兄弟の末っ子であった私は、当時、自分に従い、、ともに遊び合うことのできる下の子の存在を望んでいたかもしれません。一番上の兄は、10歳も歳が離れていたということもあったからかもしれません。
 そんなことを考えてか、親父が、私に子犬をあてがってくれました。




 その犬は、ゴンという名で、雑種の秋田犬だったように記憶しています。彼は、私によくなつき、いつも一緒に遊んでいました。





 当時は、まだ、家の周りには、田畑が広がり、自然が残っていましたので、その自然に包まれて、ゴンと一緒の楽しい時間を過ごしていました。



 そして、当初の遊び相手としての存在から、、成長するにつれて、わたしを守るガード犬のような存在になり、わたしを守ってくれたことが何度かありました。
 彼は、周りの人たちからも、ヒーロー犬のように扱われており、彼が人に噛みつき、危害を加えても、彼を責め立てる声はいつもなく、噛み付かれた人が批判を受けていました。彼の機嫌を損ねるような振る舞いがあったからだと。

 彼も、寄る年波には勝てず、また、折しも始まった車社会の到来によるアクシデントに見舞われることとなりました。
 わたしは、道路脇に横たわる年老いた彼の体を、窓越しに眺め、涙していた記憶があります。



 そして、今、わたしは、あの時、公園で何度となく、必死にわたしを追いかけ回ったあの犬は、
もしかして、あのゴンの生まれ変わりでなかっただろうかとの、考えがよぎりました。

 ゴンに与えた親父のメッセージ、使命がなんであったのか。
 あの映画の中の祖父がBに伝えたメッセージと同じようなものであったのかと、思いをめぐらしていました。
 そして、公園の犬が、ゴンの転生した姿であったとしたら、彼は、自分の使命を、まだ成し遂げてはいないから、この世に再び現れ、探し求めて来たわたしを見つけて、あのような振る舞いをしていたのか、と思ってもいました。
 それで、今度、公園で会った時には、彼を抱きしめてやろうと、今思っています。



 そして、"もしかして---"という思うに至ったのは、以前に"写真の友K君に捧げる"や、"亡き母に捧げる"などの記事で書いたような、カモメの不思議な行動にも、何回か遭遇していたからです。


 



Smilling Cinderella 渋野日向子

2020-01-05 15:26:11 | あの日を旅する
Smilling Cinderella 渋野日向子

 去年の8月5日、英国BBCのニュースを見ていると、"Smilling Cinderella Japanese Hinako Shibuno Win Women's British Open!"とのニュースが流れ、アナウンサーの興奮した声とともに、彼女のウイニングパットの時の映像が流れていました。



 その時、私は、びっくりしてそのニュースに見入っていました。彼女のその時の映像の中の素晴らしい笑い顔を見て、"Smilling"の言葉は大いに納得していました。

 それでは
 なぜCinderellaなのだろう?
 その時、私は、素直にそう思っていました。
なぜなら、私は、その時、彼女の名前さえ知らず、初めてその名前、Hinako Shibunoを知ったからです。
 私も、ゴルフの経験もありましたので、ゴルフ選手の名前はある程度は、知っていました。女子ゴルフでは樋口久子、岡本綾子、宮里藍などなどでした。
彼女の優勝は、日本人では、42年ぶりメジャー優勝だとも流れていました。



 それで、早速、私は、その全英女子オープンの映像と、彼女の国内での戦いぶりなどをネットで調べてみることにしました。

 彼女は、その時、若干20歳で、去年のプロテストを通り、今年から、日本のプロ女子ゴルフツァーに参戦した新人であることを知りました。全英女子オープンまでに国内で2勝をあげ、なんとか、全英女子オープンへの参戦資格を得て、初めての海外の試合に望んだ、正に新人であったことを知りました。
 それで、BBCが"Smilling Cinderella"と呼んだ意味を知ることになりました。
 その後、彼女のあの笑い顔とゴルフスタイルに惹かれ、彼女の試合は全て見るようになりました。




 海外メディアも、観衆も、こぞって彼女のゴルフスタイルとギャラリーへの応対を絶賛していました。それは、ゴルフ場、ギャラリーへの応対、マナーといった多くの点で。
 そして、何よりも、人々を惹きつける彼女の笑い顔、それが人々の心を和らげ、癒していたのだろうと思いました。
 そして、私も、彼女のプレースタイルや、その笑い顔に大いに癒された一人になりました。

 それは、私の前のブログ"微笑みのSheriie"の中で書いた、彼女の"微笑み"とあい通じるものがあり、私は、この異国の地で、彼女たちの笑い顔に接することによって、大いに癒されてきたものと実感しました。




 言語は、人々をSeperateし、人種間の理解を阻害していますが、笑い顔は、人々とCommunicateし、彼らとの間を繋げる橋であり、それは世界共通です。
 まさに、それは、Unversal 言語そのものです。
 
 このことは、イメージ、写真にも通じるものがあり、私は、いつも、この地のオージーたちに、そのことを伝えていました。

Language separates people, but image never separates.
Your mind create your images.
So, image is just universal language.