他の同族の本家仲右衛門、分家安五郎が、組頭伝兵衛と新田の国之丞を通して、
三右衛門に是非徳の後見になって欲しいと頼んだ。
三右衛門は村役人も同意ならば承知しましょう、と返答した。
そこで一同はその足で名主弁次郎を訪れる。そこでは村用で居合わせた宇忠太、初太郎まで、
加わって、後見となるよう、よろしく頼むと頼まれた。
其れを示す手紙は下記の内容である。
「五目牛村お徳殿本家仲右衛門殿・向分家安五郎殿よりお徳殿後見ヲ我等江同村伝兵
衛殿・同村新田国之丞殿両人ヲ相頼、右後見仕呉候様被申入候、我等相答族は村役人中も
同様之儀族ハヾ承知可仕旨及挨拶、然ル処伝兵衛殿・国之丞殿・仲右衛門・安五郎殿、名
主弁次郎と申方江罷出候、(中略)折節小割勘定とか申、居合族人宇忠太殿・初太郎殿此三
人之方より後見被頼之旨申入ル、何れ宜敷く頼と抜頼族」
続く